2012年04月22日

庭というより、畑よね

3か月も更新していなかった。
facebookをやるようになったら、あちらでどんどん人とのつながりができてしまい、ついブログがおろそかになる。といっても、風土倶楽部とみつばち百花のブログは更新している。

相変わらずショーバイの方は、在庫の底が見えていて、日々ため息。
一方、ミツバチの方は、昨年からやっていた花畑を引き続き、地主さんと一緒に庭づくりすることになった。
なんと350坪!
駅から歩いて7分ほどのところにこの広さ。

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遺産相続で億単位の相続税のために、農地は開発業者に売られてしまう。
都会でも空家が目立つようになっているのだから、これ以上宅地開発はいいでしょ。
それよりも防災の観点からも、空間を残すことが必要。
ヒートアイランド東京を冷やすのは、アスファルトで覆われていない大地しかない。

でも、農地法が邪魔をする。

今年も、農水省で都市農業の保全活用で予算がついていて、調査事業が実施されるようだけれど、調査ばっかりやって前に進まない。

私たちの庭づくりは、いつ終わらざるをえなくなるか不透明極まりないけれど、地主さんはブルーベリーやバラの苗を自ら植えている。ちゃんと花を愛でたり、実がたわわになったりするのには最低2年はかかりそう。

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ブルーベリー、早く食べたいなあ。
野バラ、早く咲かないかなあ。
ハーブガーデンで、ドライハーブを作りたいなあ。
ルッコラ、シソ、バジル、ミズナ、カボチャ、トウモロコシ、ゴマ…
これは今年食べられそう。
蜜源植物じゃないけど、ジャガイモも植えた。

仲間の女性養蜂家のミツバチの巣箱が、5箱置いてある。
なので、農作業をしていると、ミツバチの羽音がいつも聞こえている。
豊かさの象徴だな(と思うのは、私たちだけかもね)

大地があると、夢が広がる。
食べる夢もだけれど、いろいろな人との新しいつながりのリアルな場になればいいな。

みつばち百花のブログでも、随時庭づくりはアップしていますが、くにたち蜜源ガーデンというブログを別に立ちあげました。

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2012年01月17日

暖流

山田洋次監督が選んだ日本の名作100本:増村保造監督「暖流」1957年 ☆☆☆☆
岸田國士原作。先が読めないストーリー展開が面白い。何度も映画化、テレビドラマ化されている理由がよくわかる。

1937年にも、吉村公三監督で映画化されていた。この時代は孤児というのが主役になる時代だったのね。近年最後に映画化されたのは2007年。現代に時を移しての映画化だったそうだけれど、どんなふうになったのかしら。

左幸子の石渡ぎんの妙な押しの強い明るさと、野添ひとみの自立志向の強いお嬢さんの対比が物語をとても面白くしてくれる。
ラーメン屋で、お嬢様が日疋と結婚してもよいのかとぎんに仁義を切りに来るシーンが秀逸。ぎんは強がりながらラーメンを食べる。でも、内心は勝負がついていると思っている。このあたりの左幸子の演技がすごい。ただ、ぎんみたいな女が周囲にいたら、うっとうしいなあ。
37年製作のものは、もっと陰湿な女にされていたらしいから、時代によって、ぎんは変化する役なんだろう。いろいろな時代の「暖流」を観てみたくなる。
海辺の別荘の周囲に海と砂浜しかない、なんともさみしい風景が印象的だった。57年は、海岸にはまだなにもない時代だったんだなあ。

岸田國士といえば、30年ほど前に「道遠からん」という戯曲を観た。女が社会と経済の主導権を握っている漁村という過去なんだか、未来なんだかわからない設定の不思議な芝居で、なんの事前情報も得ずに観たため、上演中、ずっと「これはなんなんだ?」と思いながら観ていた強烈な記憶がある。当時、OLをしていた私の一番重要な職務はお茶入れと清書だった。そんな時代に観た戯曲だったから、女尊男卑の社会が心地よかったのかもしれない。おかげで戯曲の狙いそのものはかすんでしまい、その部分だけがすごく印象に残った。
岸田氏によると、「両性はそれぞれ、両性にふさはしい習慣のいくらかを失つてゐるかもしれないが、それにも拘はらず、男は男、女は女にすぎぬことをしばしば立証する」部分を観せようという戯曲だったようだ。
脚本はこちらにアップされていました。

そして増村保造監督といえば、若尾文子様主演の「」(1964年)を忘れてはなりませぬ。☆☆☆☆☆
新藤兼人脚本の本作のすごさは、ひたすら文子様と岸田今日子様です。エロっぽいことこのうえなし!83年に樋口可南子と高瀬春奈の組み合わせでリメイクされているけれど、触手がまったく動きません。
テレビに出るようになったころには毒気が抜けてしまったけれど、映画の中の文子さんほど妖しく、かわいく、憎たらしい女はいない。
光子菩薩、この役は文子様しか考えられないです!
夫婦の両方と愛人関係にある光子が真ん中に寝て、心中するシーンで「光子菩薩の脇仏に私たちはなるのよ」と岸田今日子と船越英二の夫婦がいう。脇仏!
文子様だからこそ成立するシーンですね。

愛されることに対して貪欲な光子を、愛することに溺れる園子を、文子様、今日子様が見事に体現している。女優とはこういうものだというのをはっきりとわからせてくれる。
岸田今日子のあやうさ、激しさの表現もすごいです。
ひたすら二人の女優の美しさに溺れる映画です。

このコンビは増村監督の「「女の小箱より」夫は見た」(1964年製作)でも競演していて、このときの対比も両者にすごみがあって、素晴らしいです。ネタばれになるから言えないけれど、田宮二郎との3つどもえの最後のシーンは、長く記憶に残ります。今日子様のねっとりからみつくような視線、田宮二郎の悪と純が同居した表情、文子様の「愛して!」という魂の叫び。最近の女優や男優にはない存在感、なんですよねー。

同じく増村監督の「妻は告白する」(1961年)の文子様も、モノクロ画面に女の情念がめらめらと赤い火、青い炎となって立ち上ってくるような演技で、男性ならずとも、くらくらします。
こんな女に魅入られたら、誰も逃れることはできないです。

文子様を語り出すときりがありません。
暖流の感想だったのにいつの間にか文子様賛歌に…。





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2012年01月11日

桃花流水

陳舜臣著「桃花流水」(1987年刊)を読了
神戸出身で本籍は台湾という陳氏が、日中戦争前夜から突入時期の日本と中国を舞台に日本で育った中国人の女性を主役に中国側から見た日中戦争を描いたという、視点が珍しい小説だった。

昨年、2010年に上海万博で展示された「孫文と梅屋庄吉展」が東京国立博物館で開催されているのをたまたま見ることができ、この時期の日中関係が面白いなあと思っていたので、つい手にとってみた。資産家の梅屋さんが、孫文を資金面でサポートして、辛亥革命を後押ししていたんですよね。
この小説はちょっと不親切で、中国の人の名前や地名にルビをふってくれていないので、目で字面を覚えるしかなかったのがちょっと大変だった(笑)
題名の「桃花流水」は、李白の詩の一部。
主人公の父親で、抗日の志士が
「・・・桃の花びらがゆっくりと水に流れて行く風情を描写している。…それはなにやら手の届かなぬ理想の世界、いや、手が届かぬどころか、そんなものは存在しないという気さえする。けれども、あきらめてはならないのだよ。宋の詩人だが、理想の世界は空想のなかやあの世とやらではなく、げんにわれわれの生きているこの現実のなかにあるとうたっている。…桃花流水は人世に在り。…」と娘に、日中戦争が激しくなっていく中で、民族の存亡をかけて戦おうという決意を語る。
「桃花流水の理想郷は、人びとが自分でつくり出すものだよ」

うーん…今の現状を思うと、なかなか素直に「そうね」とは言えませんなあ。永遠にそれを追いかけるのが人間ということでしょうか。それが生きるモチベーションになるということで。

中国では、「「光」はその土地の景色のこと。「風」とは、その土地の風俗や人心のこと。観光は景色をみることで、それにたいして人間の営みや心をみるのを中国では観風と称している」という文章に出会い、なるほど〜。
私たちは、地域外の人間を「風の人」と言っているけれど、ところ違えばまったく別の見方になる。

読んでいて、中国が近代に踏み出したときと、今の共産主義社会を経験した中国では、中国人の気質というのは変わったのだろうかとふと思った。世界第二位の経済大国になった中国は、今、先祖がえり中なんだろうか。

佐野眞一氏が書いた紀伊国屋書店名誉会長故松原治氏の追悼文によると、松原氏は満鉄調査部出身だったとのこと。へえ〜っと思って、ググってみたら、満鉄調査部の影響を強く受けてできたのがアジア経済研究所だった。満鉄調査部は、元祖シンクタンクみたいなものだったそうで、1943年には軍部に解体させられてしまった。
知らないこと多すぎだわー。

mixiのレビューに本と映画の感想を入れて100冊(本)以上になったけれど、もうmixiはいつやめるかわからないので、少しずつこっちに入れていこっと。私の備忘録なので勝手なことばっかり書きます。あしからず。

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我が家のリビングです。
ウソです。
芦屋にあるヨドコウ迎賓館です。
Organic Arcitecutreを標榜したフランクロイドライトの設計による建物です。
どこがどうオーガニックなんだかよくわかんないけど、なんとなく納得。
大谷石がふんだんに使われていて、コンクリートと石と木の見事な融合建築だと思いました。

posted by 風土倶楽部 at 20:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 晴耕雨読のお供 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月03日

年末年始の映画

新年あけまして、おめでとうございます。
昨年はシンプルな暮らしを新年の目標に掲げましたっけ。
3月11日以来、夏は節電、節電で、このままシンプルな暮らしに国をあげて突入するのかと思ったら、そうでもない。もうすぐ原発はすべて止まるということだけれど、けっこうこのままの状態でやっていけちゃう?としたら、原発ってなんなんだ?なんだったんだ?
なにがなにやらわからない世の中。やっぱり身辺と暮らし方はシンプルにしておくにこしたことはない、というわけで今年も昨年の目標を踏襲することにします。

年末から、映画三昧中。

園子温監督「愛のむきだし」上巻、下巻 
素晴らしい!こんな勢いのある映画は久しぶり!母親が亡くなる前に「あなたのマリア様を探しなさい」と言った一言に忠実に生きるユウを通して、現在の愛の不条理が暴かれる。痛々しくも可憐な愛の彷徨者のヨーコの存在が際立つ。ユウ役の西島隆弘、ヨーコ役の満島ひかり、二人とも輝いています。4時間という上映時間をまったく感じさせない。
紅白歌合戦にAAAが登場。西島くんを観れてよかった〜。
☆☆☆☆☆

園子温監督「恋の罪」 2011年 映画館で。
「愛のむきだし」がよすぎたので、ものすごく期待して行ったら、最悪。東電OL殺人事件がベースになっているということだけれど、場所と売春が同じなだけで、どこがベースなんだかちっともわからない。「愛のむきだし」のベースにされていたオウム真理教事件の方は、説得力あったのに。女優たちも、せっかく裸になってがんばっているのに、なんだかなあ…でした。



川島雄三監督「女は二度生まれる」
1961年製作
友人がDVDを貸してほしいというので貸す前にチェックと思ったら、そのまままた観てしまった。若尾文子様が色っぽいのなんのって。オンナが見ても「惚れてまうやろ!」です。
こんなに艶めかしい女優はほかにいるでしょうか。裸にならなくても、存在だけで十分。
以前、観たときにはラストシーンが唐突だと思ったけれど、今回は納得。戦災孤児で生きる術を持たず、三文芸者になった文子様が新しい人生を歩みだす生まれたてのシーンだったのね。
傑作です。☆☆☆☆☆
ついでに言えば、同じく川島監督の「雁の寺」「しとやかな獣」「幕末太陽傳」も素晴らしいです。

大庭秀雄監督「君の名は」1953年製作 BSプレミアム
「忘却とは 忘れ去る事なり。忘れ得ずして 忘却を誓う心の悲しさよ!!」というフレーズを当時の人はみんな言えたというぐらい大ヒットした菊田一夫のラジオドラマを映画化したもの。岸恵子が美しすぎる。そりゃあ、空襲の夜にこんな美女と一晩防空壕で過ごしたら忘れられなくなるでしょ。「会えそうで会えない」の典型的なドラマ。やっと会えたら、人妻。やっと一緒に生きようと思ったら、妊娠…いやはや。ヒロイン真知子が、後見人の叔父やマザコンの夫、義母に案外言いたいことを言っているのが面白い。でも、私にとって一番面白いのは、街の風景。生まれる直前の都会や地方の風景を観ることができるってすごいことです。
☆☆☆

森田芳光監督「武士の家計簿」2010年製作
森田監督の訃報に接し、本作を観てみました。正直言って、冴えがまったくないです。猪山家の変遷を家族の絆といった面を強調して描いてしまったので、家計簿が詳細に残っていたことの面白さがまったく伝わってこなかった。彼らが借金のために家財道具を売り払ってしまうあたりも、そのためにどんなふうに工夫したかが旬のたらの食べ方だけ取り上げられていて、これにもがっかり。地元学をやっていたときに、今と特定の昔、この地と首都圏などの必要経費の比較をしたら面白いと何度か話題に出ていたのでとても興味があったのに。「武士の家計簿 ―「加賀藩御算用者」の幕末維新」というのが新書で出ているので、そちらを読みますかね。☆☆


山下敦弘監督「天然コケッコー」
2007年製作
島根県浜田市の山間部に暮らす中学生がヒロインの話。脚本が「カーネーション」の渡辺あやさんということで観てみた。ただ、原作が少女漫画なのであまり関係がなかったかも。親たちのいろいろな事情に翻弄されるかに見えて、それぞれがちゃんと自分ながらの視点をつくっていく過程がのんびりした山村の風景の中で描かれていく。天然ボケキャラの夏帆がとてもよい。
☆☆☆

石井裕也監督「川の底からこんにちは」2009年製作
どんづまりのOLが、父の病気で家業のしじみ加工工場を引き継ぐ話。高校卒業と同時に駆け落ちし、そのまま5年間、次々と男を変え、捨てられ、転職を重ねたヒロインが故郷に帰ってくる。そこから大活躍が始まるのではなく、相変わらずぐじぐじと「しょうがない」を連発する。でも、気が付いたら、みんな失敗まみれの人生を送っている。男に捨てられ、女に捨てられ…みんな中の下なんだから、がんばらないと!ラスト近くのおばちゃんたちのシーンがめっちゃよかった。
☆☆☆☆


映画を観たり、本を読んだりするのは、自分の人生を肯定したいため、なんだろうか…。

ついでにFacebookには感想をアップした本も。
メモっておかないと、観たことも読んだことも忘れちゃうのだ。

「検証 大震災の予言・陰謀論 “震災文化人たちの情報は正しいか”」(文芸社刊 2011年11月)
武田邦彦、小出裕章、田中優など、原発事故ですっかり登場が多くなった“文化人”の言論をしっかり検証。武田氏は罪深いなあ。原子力安全委員会専門部会の記録がちゃんと残っているのを忘れているのかしら。よくここまでウソがつける。
震災は地震兵器によるものだと真剣に言っている人に出会い、情けないやら、腹立たしいやら、だったけれど、この本を読んだら、どう思うのかしら。それでも、この本こそ陰謀だって思うのかな。情報発信源の一つである某シンクタンクの会長は、無責任すぎる。その陰謀論で地震を起こしたとされた地球深部探査船「ちきゅう」の震災当日船内で何が起きていたかというインタビューや、海外の“怪しい文化人”や情報源など、とても丁寧に検証されています。こういう検証をテレビ番組でもっとやればいいのに。

「エドガー・ソーテル物語」を読了。730ページの大作。ストーリーは、犬のブリーダー一家の現代版ハムレット。米国で人気の本紹介番組で絶賛され、無名の作家の本が140万部のベストセラーになり、世界25カ国で刊行されることに。というのを知っていたわけではなく、なんとなくページを開いてしまった。途中で止めさせない力量はあると思うけど、どの登場人物にも心を寄せられず。人間に対してよい犬をつくるのではなく、その犬にふさわしい人間になれるかどうか、という視点は新鮮だった。犬を飼いたくなる、いや、一緒にいたくなる物語でした。

ついでにBSプレミアムのオペラも。
年末から5夜連続で放映していたミラノ・スカラ座シリーズの中から「カヴァレリア・スルティカーナ」 有名な間奏曲から知ったオペラだったので、全編を通して舞台を観たのはこれが初めて。ストーリーは三角関係のもつれというとてもシンプルなもの。
かつて愛し合った二人が戦争により引き裂かれ、男が戻ってきたら、女はすでに結婚していて、男はあきらめるために自分に思いを寄せる女と婚約。男はかつての女とすぐに寄りが戻ってしまい…と物語はここから始まる。ほんの1時間半ぐらいの上演時間。群衆の中で物語が始まり、終わるというスカラ座の演出がとてもよかった。嫉妬するぐらい愛してしまう、いいなあ。このオペラを聴くたびに胸は騒ぐけれど、もって行き場がない(笑)

春を待つ桜のつぼみ。気合いが入っているよね。

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今年も、よろしくお願いいたします。


posted by 風土倶楽部 at 10:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々あれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月23日

2カ月も更新してなかった…

2カ月も更新していなかった、と気づいて、ちょっと愕然。
時の経つのが早すぎる。

10月上旬にうちの今期新物商品を検査に出したら、放射性物質の数値が検出されてしまい、ショック状態。生のりんごからは不検出だったから、大丈夫だとたかをくくっていました。が、しかし、乾燥させることで凝縮されてしまい、数値が出てしまう。
結局、不検出のりんごのみ販売することにしたため(検出されたといっても、ごく微量)、例年の2割程度しか販売できない。ということは収益は例年の2割あるかないか。
どないしてくれるッちゅうねん!!!
(カーネーションを連日、楽しんでいるうちに先祖返りしつつあります。私は岸和田出身ではありませんが、関西人の心は一つっちゅうことで)

持っていき場のない怒りを持てあましている日々です。
原因をつくった会社の社員にはボーナスは出る。
東京新聞によると、年率8%以上の社内預金まである。
手厚い福利厚生。

もう、なんじゃ、それ、です。

東電社員にボーナスが出るのは「おかしいやろ!」のデモがあるなら参加しようと思っていたら、それもなし。と、人任せな自分が情けない。

東電の本社の前で、ボーナス全額寄付しろ!のシュプレヒコールをやりたい。
(やったら、ええやん! と自分の内なる声)

と、まあ、怒れば怒るほど、自分の情けなさに自虐的にさえなる今日このごろ。
ブログを軽やかに更新していた日々は、今から思えば、幸せな日々でした。

最近は、Facebookで愚痴やら、ため息やら、文句やらを毎日言うてます。
よかったら、そちらにお立ち寄りください。
知人友人の方のみを認証していますのであしからず、です。

放射性物質の数値が、暫定基準値から思い切り下がりました。
格差大きすぎ。
1950〜60年代に育ちざかりの子どもで、放射能をたっぷり浴びている私は、まあ、どーでもえーわ、です。
この社会をつくってきた私たち以上の年代が、この大地で作られる作物をすべて引き受けて、このからだで除染していくしかないやないですか。

posted by 風土倶楽部 at 09:55| Comment(0) | TrackBack(0) | カレイなる日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月22日

8年ぶりにミルク様に邂逅

ご無沙汰しています。
すっかりFacebookにはまってしまい、あちらでばかりアップしています。
もし、入っている方がおられましたら、名前で検索してみてください。
なぜかやたらと知り合いが入っていて、おいおい、みなさん、どうしちゃったの?というぐらい情報交換を活発にやっています。

2003年に西表島の節祭りにひょんなことから参加させてもらい、とてもいい思い出になっていたのだけれど、なんと8年ぶりの今年、今度は文化庁のお仕事で八重山諸島の節祭や結願祭を取材させていただくという、すごいご縁に恵まれました。

2003年のときの画像を見て復習しようと思ったら、CD-ROMが劣化していて読み取れない!

ものすごいショック…たらーっ(汗)

節祭や結願祭は、島々でほぼ同時に行われるため、今回の私の担当は小浜島だった。
ほかのところを見ると比較ができて、とっても興味深かった。

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上は小浜島。ミルク様ご一行のご来場。豊年豊作の神様で、弥勒から来ているようです。

下は西表島の祖納。8年前のもの。このショットだけが、このパソコンにあったので助かった。とほほ。

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形態は同じでも、細部が異なります。
芸能の披露の仕方も、コスチュームもまったく違う。
たとえば、小浜島の男性は、みんな藍染の着物とクバの葉の団扇を持っていて、とってもおしゃれ。みーんな、ステキに見えちゃう(笑)

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ずらっと並んだおじいたちのかっこいいこと!
小浜島の結願祭はとても洗練されていました。

今回は、島に住んでいたことがあるOさんと一緒だったので、次々に披露される芸能をやっている人たちが、普段、何をしている人かの解説付きで見るというすごい恩恵に浴し、祭の本質を知ることができました。

商店のおばさんがとてもステキに舞を舞ったり、普段はやんちゃな男性が、とても重要な口上を述べる役だったり。。。このお祭りは、集落の人々がそれぞれの存在を確認し合う、とても大切で、楽しいひとときなのだということを実感させてもらいました。
ハレの日に、ハレの日を協力してより華々しくすること。
本番の日だけでなく、前日にはリハーサルが、本番終了後には再度集落の人たちだけで芸能を復習する。繰り返して行うことで身体で覚えていく。
そのひとときを共有することで、結束を固め、次の世代に継続し、集落の存続を図っていく。
島の祭の真髄に触れることができた貴重な体験でした。

この後、祖納も訪問し、旧交を温めてきました。
8年かあ…10年ひと昔とはよく言ったものです。

八重山で出会った食のことは、風土倶楽部のブログに、花については、みつばち百花のブログにアップしています。

posted by 風土倶楽部 at 18:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月26日

ネットと獅子舞

熊に遭遇しそうになってから、早10日以上経ってしまった。
最近、facebookを始めたら、友人知人がかなり入っていることが判明。
こうなると、ブログの位置づけがよくわからなくなってきた。
facebookで書いていることと、ここで書いていることの違いがだんだんなくなってきてしまった。
ツイッターは140字という制限があるし、データとしてそんなにたまっていくものじゃない。
情報の断片を収集したり、発信したりするには便利だけれど、あまり奥行きはないツールだと思う。
mixiは、限られた人だけでやっているので、連絡事項を伝達するにはよい手段。

facebookは、ツイッターとmixiとブログが合わさったみたいなもので、やり始めたら、面白くなってきた。
ツイッターでつぶやけば、facebookに反映されちゃうし、こうなるとこのブログは中途半端だなあ。

こういうソフトには、寿命というものがある。
最初にやったブログは5年前に消えていったし、mixiだって、facebookができて、今後、どうなるかわからない。そうなると、ここに入れていった情報はどこかにインポートして保存しておかないと消えてしまうかも。mixiに入れた100の本や映画の覚書はどうしたらいいんだろう。

いやー、参ったなあ。年頭にシンプルライフをめざすと書いて、情報もシンプルに、なーんて思っていたけれど、あちこちに書き散らしていて、だんだん混沌としてきてしまった。

facebookは、今のところ友人に限ってやっている。
人数が増えると、ツイッターと同じで見るのが大変になるだけだから。

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今年は、三重と八重山諸島で伝統文化の調査の仕事をやっています。
というと、十中八九、「いいなあ…」と羨望の眼差しで言われる。

うん、まあ、いいかな。
でも、私、お祭って、あまり好きじゃないのよねぇ…
なんだけど、上の写真の獅子舞7地区競演は、なかなかよかったです。

獅子舞という数百年続いてきたことと、数年で入れ替わるネットの勢力図。
この溝の中でオタオタしている今日このごろの私でございました。


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2011年09月14日

熊の宴に遭遇か

9.11は、世界中の人が祈りを捧げる日になって、なんとなく誕生日なんです〜と言いづらくなってしまった。
今年は、河口湖の友人の別荘でお月見をしようということに。
別荘でたらふく飲んで食べて、飲むのを我慢したエライ友人が新車のアウディを運転して、さて、お月見はいずこへ?

別荘の管理人が「お月見なら、全国植樹祭記念公園!」と言ったとかで、そこをめざすことに。
ところが道をよく知っているはずの別荘の持ち主のMが、すっかり酔っぱらっていて、公園に辿りつくまでに走りまわる羽目に。
ようやく辿りついた公園は、シーン…とした人の気配のないところ。
駐車場に止めて車のヘッドライトを消しても、明るいお月さまのおかげで足元はばっちりだった。

全国植樹祭記念公園と看板にあるけれど、赤松の林に囲まれていて、さて、公園は?…と見ると、カーブした歩道の先らしい。
酔っぱらいMは、さっさと歌を歌いながら、芝生をめざして、曲がりくねった道を行く。
赤松の木々に遮られて、さすがに月の光はあまり届いていない。すなわち暗い。

酔っぱらいとは勇気のある人のことを言うのか、と思わず感心してしまった。

私は、さきほど迷って走っていたどきに「熊に注意」の看板をちらっと見ていたので、ちょっとコワイかも〜、富士山に熊なんている〜?
と思いつつ、Mの後ろを歩いていたら…

あ!芝生があるよ!わーい!

とかなんとかいいながら、芝生のあたりに差し掛かり、駆け足になっていたMが、急にきびすを返して足早に戻ってきた。

熊がいる…

どこに!

反対側あたり。月の光を浴びて青白い熊が、子どもを連れて林に逃げ込んだ。

やばっ!

ということで、急ぎアウディに乗り込み、発信。
残念なことに私は見ていない。
見たのは酔っぱらいMだけ。
果たして本当に熊だったのか…。

翌日、お昼ごろ、同じ場所を訪れてみた。
芝生には、鹿やら、たぶん熊やらの糞だらけ!!!

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熊のいたところは、この写真のど真ん中あたりで、そこから私たちの方を見れば、富士山と月がばっちりの絶好のロケーション。
熊一家もお月見をしていたのかなあ。
月明かりが妖しすぎて、熊も人も、今日ばかりは「いい月ですなあ…」なんてわかりあえそうな夜だった。

酔っぱらいMの見た、月下の幻だったかもしれないけれど。
だからこそ、もっとそぉーっと公園に入っていったら、私たちも、宴に入れてもらえたかな。

ツキノワがそんなフレンドリーなわけないか(笑)

駐車場には、この看板。ここにもあったのね。昨夜は気がつかなかった〜。

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なんとこの全国植樹祭記念公園とやら、ヤフーやグーグルの地図に掲載されていない!
お手植え公園なのに?
写真に切り替えたら、ようやく森の中にぽっかり円形ハゲみたいにあるではないの。
周囲はゴルフ場が一つあるだけで、ほぼ山の中。
人と熊の世界の境界線あたりだった。

こら、管理人、簡単に「お月見なら、全国植樹祭記念公園ですよ」なんていうな!

芝生でお月見しているときに、熊一家が現れなくてよかったです。ほっ。






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2011年08月31日

たまにつぶやくくらいなら…

たまにつぶやくくらいなら、ツイッターでいいのよね。
ブログの位置づけが微妙だなあ。
ツイッターとmixiまではついていけているけれど、フェースブックは相変わらずよくわからない。

寝起き2

目覚めてすぐに本を読もうとすると、よく読めない。
検眼ついでに目医者に行ったら、「かるーーーーい白内障です。でも、年齢的なものですから、気にしないで大丈夫です」と。

気にするよ。

マスコミの「野田さん、庶民派 ドジョウないい人」みたいな報道がウザイ。
まったくろくな報道しない。
なにかあったら、すぐコメントをハトとかコウモンに求めるのはいい加減にしてほしい。
誰も聞きたがっていない。
コウモンと原発のつながりでも言及すればいいのに。

と、ツイッターでつぶやいてみようかな。

そうか。ブログでつぶやくより、今や、ツイッターでつぶやく方がつぶやきがいがあるということなんかな。


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2011年08月30日

寝起き

40代後半のころ、寝起きに足が痛くて困った。
ベッドから降りて、歩き始めの3,4歩がつらいぐらい痛かった。
この数年は、ほとんど感じなかった痛みをまた、この数カ月徐々に感じ始めている。
これって、また一段と身体が変化したということなのかしら。

5つぐらい若い友人が、そう、それ、それ!なんて同感してくれるところをみると、みんな辿る道、なのかなあ。


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