2011年08月31日

たまにつぶやくくらいなら…

たまにつぶやくくらいなら、ツイッターでいいのよね。
ブログの位置づけが微妙だなあ。
ツイッターとmixiまではついていけているけれど、フェースブックは相変わらずよくわからない。

寝起き2

目覚めてすぐに本を読もうとすると、よく読めない。
検眼ついでに目医者に行ったら、「かるーーーーい白内障です。でも、年齢的なものですから、気にしないで大丈夫です」と。

気にするよ。

マスコミの「野田さん、庶民派 ドジョウないい人」みたいな報道がウザイ。
まったくろくな報道しない。
なにかあったら、すぐコメントをハトとかコウモンに求めるのはいい加減にしてほしい。
誰も聞きたがっていない。
コウモンと原発のつながりでも言及すればいいのに。

と、ツイッターでつぶやいてみようかな。

そうか。ブログでつぶやくより、今や、ツイッターでつぶやく方がつぶやきがいがあるということなんかな。


posted by 風土倶楽部 at 09:35| Comment(0) | TrackBack(0) | カレイなる日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月30日

寝起き

40代後半のころ、寝起きに足が痛くて困った。
ベッドから降りて、歩き始めの3,4歩がつらいぐらい痛かった。
この数年は、ほとんど感じなかった痛みをまた、この数カ月徐々に感じ始めている。
これって、また一段と身体が変化したということなのかしら。

5つぐらい若い友人が、そう、それ、それ!なんて同感してくれるところをみると、みんな辿る道、なのかなあ。


posted by 風土倶楽部 at 10:07| Comment(0) | TrackBack(0) | カレイなる日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月29日

タイトル変更と文子さま

こそっとタイトルを変えました。
スロー&スモールビジネスは、放射能のおかげで風前の灯火。
だからこそ、どう対処するんだってことだけれど、対処しようがありません。

前期のものはほぼ完売。
例年なら10月から新物を出していくわけだけれど、まずは検査が必要。
数字が検出されなかったとしても、東北というだけで敬遠される。
微量の数字が出たとしたら、まったく影響ない数値でも、アウト。

大文字焼きのときの反応をみてもわかるでしょう。
検出された数字は情報として出てこなかった。
影響はないといっても、ダメなものはダメだった。

検査費用はいるし、売上は確実に下がるだろうし、
東電に賠償請求したいです。

というわけでタイトル変更。
どんどん物忘れが激しくなる一方のカレイなる日々だから、その備忘録ということに。
スロー&スモールビジネスの愚痴も書くけど。どうせだれも読んでないしね。

昨日から池袋の新文芸座で始まった若尾文子特集。どうしても見たい映画が2本立てだったので初日に行って来た。「夫は見た」と「妻は告白する」両方とも増村保造監督。
文子さまは大好きな女優。20代の文子さまのあまりの妖艶さにオンナが見ても、ぞくぞくする。どちらも、「私を愛して。愛しているなら、すべてを捨てて」とすがる文子さまにオトコが翻弄されていく。すぐ後ろに断崖絶壁が迫っているのに、気がつかずに前だけをみて駆け抜けるオンナの情念。文子さまならでは。

会場は、60、70代の男性が9割を占めていて、男性トイレに長蛇の列だったのは笑えた。
11月にNHKBSで文子さまのドキュメンタリーかなにかがあるらしく、取材カメラが入っていた。

こういう文子さまもいいけれど、「女は二度生まれる」のなんにも考えていない芸者役の文子さまもいい。かと思えば、「しとやかな獣」の計算高いオンナの冷たさも。「卍」の光子菩薩の妖しさ。

60年代の映画は、映画が一番元気だったときだから、映画からエネルギーがほとばしっているように感じる。「妻は告白する」のように「妻は夫に従うべき」「一緒に死なないのはおかしい」といった今だと考えられないような価値観でストーリーが展開する場合もあるけれど、そういう価値観の中でこそ、オンナの情念はますます妖しいオーラを醸していく。

60年代の映画は、だいたいストーリー展開が読めない場合が多く、よく言えば意外性に満ちているし、悪く言えば、はちゃめちゃで破たんしている。でも、そこが好き。

BSあたりで映画特集してくれないかなあ。

新文芸座は初めてだった。かつての場末の映画館が、ミニシアターとしてきれいに変身していた。来月は原田芳雄追悼特集なので、また、行こうっと。
追悼特集が楽しみになるなんて、まさに中高年、カレイなる日々だなあ。
posted by 風土倶楽部 at 07:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々あれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月23日

夢芝居

2011年の夏が終わろうとしている。
戦後65年、大きな分岐点になる年の夏が。

先行きの不透明さは増すばかりのこの数日で、3回も「この世界は舞台。すべての男も女も、その役者にすぎない」というシェークスピアの「お気に召すまま」のセリフを耳にした。

政治の世界は下手な役者ばかりで、だれも筋書きを書けないみたい。
筋書きといえば、ストーリーテラーの浅田次郎著の「日輪の遺産」が映画化され、試写会で観た。
原作を読んでいないので、できるだけ情報がないままに観てみた。
映画の感想は☆3つ。軍国少女の描き方が中途半端で、マッカーサーとの絡みなど甘すぎだなあと、映画だけでは解せない部分があったので、試写会の帰りに本屋で立ち読みして、ようやく腑に落ちた。役者たちはうまいし(串田和美は蕎麦屋のおやじにしか見えなかったけど)、少女たちもかわいい。なのに、どうして原作の最後の部分を映画に取り込まなかったのだろう。原作に書かれたセリフをそのまま映画で言っているのに。映画では泣けなかったのに、本屋で立ち読みしながら、そこだけで涙が出てきた。

とまあ、ネタばれになるので奥歯にもののはさまったような書き方しかできないけれど、浅田さんが書きたかったのは、こんな思いで命をかけて日本という国を守った人たちがいる。それを忘れてはならないということ。「終わらざる夏」もそうだったしね。
私も、今こそ、昭和の前半をきちんと学び、省みるときだと思う。というか、私の興味はどうしてもそこに戻っていくから、この関連の本や映画ばかり読んだり観たりになってしまうのだけど。

NHKのETV特集「霊魂を撮る眼〜写真家・江成常夫の戦跡巡礼〜」で観た江成さんの眼差しが衝撃的だった。
江成常夫氏の写真展が、東京都写真美術館で開催中です。

世界を舞台に、時代が役者をつくるのか、役者が時代をつくるのか。
こういう時代、時期だからこそ、文化の力って大きいなあと思う。

posted by 風土倶楽部 at 18:48| Comment(0) | TrackBack(0) | カレイなる日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月12日

お盆の憂鬱

寺のことを思うと憂鬱になる。
昨年の今日、うちの菩提寺がお参りにきた。幼稚園と小学校1年の孫を連れて。
孫たちは、祖父と親が経を唱えている間、後ろに座って、足をぶらぶらさせながらいた。一応手を合わせてはいたけど。

お盆はお寺にとってレジャーなのか。
次の世代に、こうやってお布施は稼ぐのだよ、ちょろいだろ、って教えているつもりなのか。

おまけに経を唱えている息子は、戒名のところでつまってしまい、祖父を振り返って、指示を仰ぐ始末。

それでもプロか。
お布施を出さないぞ…と私は思ったけれど、親たちは慈悲の心でちゃんとあげていた。

後日、父が孫を連れてくるというのはどうしても納得がいかないと丁寧な手紙を寺に送ったが、梨のつぶて。その後、一切、連絡なし。
寺は礼儀も知らない。

今回は、朝の8時にお参りに来ると連絡があった。
母は、8時からお参りに来るなんて、とあきれて、友人に言ったら、最近、みんな、文句を言っているわよ、とのことだったとか。
稼ぎどきの寺のスケジュールに檀家は合わせさせられるものらしい。

昨日、うちは9時に来ると変更の連絡があった。
さて、あと15分でやってくる。今年は孫連れなんだろうか。

墓をほかのところに移したい衝動に何度も駆られているが、費用を思うとたじろぐ。
先祖を人質に取られているから、寺のやりたい放題にどうしようもない。

地方で広い庭の一角に先祖伝来の墓が並んでいるのを見るたびに、ものすごくうらやましいこのごろだ。坊さんを換えればすむのだから。

ちなみにうちは浄土宗とやらです。


posted by 風土倶楽部 at 08:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々あれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月04日

奇数日は危険?

ブログを更新するエネルギーがなくなってしまった。
これって、劣化なんだろうか。

秋にコンサル仕事で八重山の祭事の調査に行く予定。
そういえば、2003年9月に西表島の節祭に行ったっけ…と当時の画像データを見ようとCDを引っ張り出したら、なんとなんと劣化して読み取れない。

ショック…。

修復に出せば、3万円ぐらいかかるみたいで、もっとショック。

ミルク様のステキな笑顔の画像には、もう会えないんだろうか…。
だから、今回、また、同じ祭事にミルク様は呼んでくださったんだろうか…。

ミルク様というのは、八重山の島々で行われる祭事の中心的役割をする神様。
西方から、弥勒菩薩が伝わるときに、どこでどうなったのかミルク様という福々しい神様になったらしい。

なんでも劣化は避けられないのね。
いや、むしろ劣化して、風化して、やがて塵となって消え去るものの方が真っ当なのだ。
原発の廃炉には、いったい何千年かかるのやら。
こういうものに依存していた我々の暮らしは、砂上の楼閣だったのね。

ところで奇数日が要注意だとか。
なぜか大きな天変地異は奇数日に起きている。

今回の地震は、3.11、関東大震災は、9.01、阪神淡路大震災は、1.17、昭和三陸地震は、3.03、新潟県中越地震は、10,23…

なんだか3とか、1とかが目立つ。

まあ、地震が奇数日だからって、揺らしてやる〜と思うわけじゃないから、偶然だけど。
首都圏直下型、やだなー、コワイなー。

あ、9.11もだ…。
今年も、また、もうすぐやってくる…また、一つ劣化が進む日なのよね。私にとっては。








posted by 風土倶楽部 at 22:51| Comment(0) | TrackBack(0) | カレイなる日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする