2012年01月17日

暖流

山田洋次監督が選んだ日本の名作100本:増村保造監督「暖流」1957年 ☆☆☆☆
岸田國士原作。先が読めないストーリー展開が面白い。何度も映画化、テレビドラマ化されている理由がよくわかる。

1937年にも、吉村公三監督で映画化されていた。この時代は孤児というのが主役になる時代だったのね。近年最後に映画化されたのは2007年。現代に時を移しての映画化だったそうだけれど、どんなふうになったのかしら。

左幸子の石渡ぎんの妙な押しの強い明るさと、野添ひとみの自立志向の強いお嬢さんの対比が物語をとても面白くしてくれる。
ラーメン屋で、お嬢様が日疋と結婚してもよいのかとぎんに仁義を切りに来るシーンが秀逸。ぎんは強がりながらラーメンを食べる。でも、内心は勝負がついていると思っている。このあたりの左幸子の演技がすごい。ただ、ぎんみたいな女が周囲にいたら、うっとうしいなあ。
37年製作のものは、もっと陰湿な女にされていたらしいから、時代によって、ぎんは変化する役なんだろう。いろいろな時代の「暖流」を観てみたくなる。
海辺の別荘の周囲に海と砂浜しかない、なんともさみしい風景が印象的だった。57年は、海岸にはまだなにもない時代だったんだなあ。

岸田國士といえば、30年ほど前に「道遠からん」という戯曲を観た。女が社会と経済の主導権を握っている漁村という過去なんだか、未来なんだかわからない設定の不思議な芝居で、なんの事前情報も得ずに観たため、上演中、ずっと「これはなんなんだ?」と思いながら観ていた強烈な記憶がある。当時、OLをしていた私の一番重要な職務はお茶入れと清書だった。そんな時代に観た戯曲だったから、女尊男卑の社会が心地よかったのかもしれない。おかげで戯曲の狙いそのものはかすんでしまい、その部分だけがすごく印象に残った。
岸田氏によると、「両性はそれぞれ、両性にふさはしい習慣のいくらかを失つてゐるかもしれないが、それにも拘はらず、男は男、女は女にすぎぬことをしばしば立証する」部分を観せようという戯曲だったようだ。
脚本はこちらにアップされていました。

そして増村保造監督といえば、若尾文子様主演の「」(1964年)を忘れてはなりませぬ。☆☆☆☆☆
新藤兼人脚本の本作のすごさは、ひたすら文子様と岸田今日子様です。エロっぽいことこのうえなし!83年に樋口可南子と高瀬春奈の組み合わせでリメイクされているけれど、触手がまったく動きません。
テレビに出るようになったころには毒気が抜けてしまったけれど、映画の中の文子さんほど妖しく、かわいく、憎たらしい女はいない。
光子菩薩、この役は文子様しか考えられないです!
夫婦の両方と愛人関係にある光子が真ん中に寝て、心中するシーンで「光子菩薩の脇仏に私たちはなるのよ」と岸田今日子と船越英二の夫婦がいう。脇仏!
文子様だからこそ成立するシーンですね。

愛されることに対して貪欲な光子を、愛することに溺れる園子を、文子様、今日子様が見事に体現している。女優とはこういうものだというのをはっきりとわからせてくれる。
岸田今日子のあやうさ、激しさの表現もすごいです。
ひたすら二人の女優の美しさに溺れる映画です。

このコンビは増村監督の「「女の小箱より」夫は見た」(1964年製作)でも競演していて、このときの対比も両者にすごみがあって、素晴らしいです。ネタばれになるから言えないけれど、田宮二郎との3つどもえの最後のシーンは、長く記憶に残ります。今日子様のねっとりからみつくような視線、田宮二郎の悪と純が同居した表情、文子様の「愛して!」という魂の叫び。最近の女優や男優にはない存在感、なんですよねー。

同じく増村監督の「妻は告白する」(1961年)の文子様も、モノクロ画面に女の情念がめらめらと赤い火、青い炎となって立ち上ってくるような演技で、男性ならずとも、くらくらします。
こんな女に魅入られたら、誰も逃れることはできないです。

文子様を語り出すときりがありません。
暖流の感想だったのにいつの間にか文子様賛歌に…。





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2012年01月11日

桃花流水

陳舜臣著「桃花流水」(1987年刊)を読了
神戸出身で本籍は台湾という陳氏が、日中戦争前夜から突入時期の日本と中国を舞台に日本で育った中国人の女性を主役に中国側から見た日中戦争を描いたという、視点が珍しい小説だった。

昨年、2010年に上海万博で展示された「孫文と梅屋庄吉展」が東京国立博物館で開催されているのをたまたま見ることができ、この時期の日中関係が面白いなあと思っていたので、つい手にとってみた。資産家の梅屋さんが、孫文を資金面でサポートして、辛亥革命を後押ししていたんですよね。
この小説はちょっと不親切で、中国の人の名前や地名にルビをふってくれていないので、目で字面を覚えるしかなかったのがちょっと大変だった(笑)
題名の「桃花流水」は、李白の詩の一部。
主人公の父親で、抗日の志士が
「・・・桃の花びらがゆっくりと水に流れて行く風情を描写している。…それはなにやら手の届かなぬ理想の世界、いや、手が届かぬどころか、そんなものは存在しないという気さえする。けれども、あきらめてはならないのだよ。宋の詩人だが、理想の世界は空想のなかやあの世とやらではなく、げんにわれわれの生きているこの現実のなかにあるとうたっている。…桃花流水は人世に在り。…」と娘に、日中戦争が激しくなっていく中で、民族の存亡をかけて戦おうという決意を語る。
「桃花流水の理想郷は、人びとが自分でつくり出すものだよ」

うーん…今の現状を思うと、なかなか素直に「そうね」とは言えませんなあ。永遠にそれを追いかけるのが人間ということでしょうか。それが生きるモチベーションになるということで。

中国では、「「光」はその土地の景色のこと。「風」とは、その土地の風俗や人心のこと。観光は景色をみることで、それにたいして人間の営みや心をみるのを中国では観風と称している」という文章に出会い、なるほど〜。
私たちは、地域外の人間を「風の人」と言っているけれど、ところ違えばまったく別の見方になる。

読んでいて、中国が近代に踏み出したときと、今の共産主義社会を経験した中国では、中国人の気質というのは変わったのだろうかとふと思った。世界第二位の経済大国になった中国は、今、先祖がえり中なんだろうか。

佐野眞一氏が書いた紀伊国屋書店名誉会長故松原治氏の追悼文によると、松原氏は満鉄調査部出身だったとのこと。へえ〜っと思って、ググってみたら、満鉄調査部の影響を強く受けてできたのがアジア経済研究所だった。満鉄調査部は、元祖シンクタンクみたいなものだったそうで、1943年には軍部に解体させられてしまった。
知らないこと多すぎだわー。

mixiのレビューに本と映画の感想を入れて100冊(本)以上になったけれど、もうmixiはいつやめるかわからないので、少しずつこっちに入れていこっと。私の備忘録なので勝手なことばっかり書きます。あしからず。

RIMG0327.jpg


我が家のリビングです。
ウソです。
芦屋にあるヨドコウ迎賓館です。
Organic Arcitecutreを標榜したフランクロイドライトの設計による建物です。
どこがどうオーガニックなんだかよくわかんないけど、なんとなく納得。
大谷石がふんだんに使われていて、コンクリートと石と木の見事な融合建築だと思いました。

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2012年01月03日

年末年始の映画

新年あけまして、おめでとうございます。
昨年はシンプルな暮らしを新年の目標に掲げましたっけ。
3月11日以来、夏は節電、節電で、このままシンプルな暮らしに国をあげて突入するのかと思ったら、そうでもない。もうすぐ原発はすべて止まるということだけれど、けっこうこのままの状態でやっていけちゃう?としたら、原発ってなんなんだ?なんだったんだ?
なにがなにやらわからない世の中。やっぱり身辺と暮らし方はシンプルにしておくにこしたことはない、というわけで今年も昨年の目標を踏襲することにします。

年末から、映画三昧中。

園子温監督「愛のむきだし」上巻、下巻 
素晴らしい!こんな勢いのある映画は久しぶり!母親が亡くなる前に「あなたのマリア様を探しなさい」と言った一言に忠実に生きるユウを通して、現在の愛の不条理が暴かれる。痛々しくも可憐な愛の彷徨者のヨーコの存在が際立つ。ユウ役の西島隆弘、ヨーコ役の満島ひかり、二人とも輝いています。4時間という上映時間をまったく感じさせない。
紅白歌合戦にAAAが登場。西島くんを観れてよかった〜。
☆☆☆☆☆

園子温監督「恋の罪」 2011年 映画館で。
「愛のむきだし」がよすぎたので、ものすごく期待して行ったら、最悪。東電OL殺人事件がベースになっているということだけれど、場所と売春が同じなだけで、どこがベースなんだかちっともわからない。「愛のむきだし」のベースにされていたオウム真理教事件の方は、説得力あったのに。女優たちも、せっかく裸になってがんばっているのに、なんだかなあ…でした。



川島雄三監督「女は二度生まれる」
1961年製作
友人がDVDを貸してほしいというので貸す前にチェックと思ったら、そのまままた観てしまった。若尾文子様が色っぽいのなんのって。オンナが見ても「惚れてまうやろ!」です。
こんなに艶めかしい女優はほかにいるでしょうか。裸にならなくても、存在だけで十分。
以前、観たときにはラストシーンが唐突だと思ったけれど、今回は納得。戦災孤児で生きる術を持たず、三文芸者になった文子様が新しい人生を歩みだす生まれたてのシーンだったのね。
傑作です。☆☆☆☆☆
ついでに言えば、同じく川島監督の「雁の寺」「しとやかな獣」「幕末太陽傳」も素晴らしいです。

大庭秀雄監督「君の名は」1953年製作 BSプレミアム
「忘却とは 忘れ去る事なり。忘れ得ずして 忘却を誓う心の悲しさよ!!」というフレーズを当時の人はみんな言えたというぐらい大ヒットした菊田一夫のラジオドラマを映画化したもの。岸恵子が美しすぎる。そりゃあ、空襲の夜にこんな美女と一晩防空壕で過ごしたら忘れられなくなるでしょ。「会えそうで会えない」の典型的なドラマ。やっと会えたら、人妻。やっと一緒に生きようと思ったら、妊娠…いやはや。ヒロイン真知子が、後見人の叔父やマザコンの夫、義母に案外言いたいことを言っているのが面白い。でも、私にとって一番面白いのは、街の風景。生まれる直前の都会や地方の風景を観ることができるってすごいことです。
☆☆☆

森田芳光監督「武士の家計簿」2010年製作
森田監督の訃報に接し、本作を観てみました。正直言って、冴えがまったくないです。猪山家の変遷を家族の絆といった面を強調して描いてしまったので、家計簿が詳細に残っていたことの面白さがまったく伝わってこなかった。彼らが借金のために家財道具を売り払ってしまうあたりも、そのためにどんなふうに工夫したかが旬のたらの食べ方だけ取り上げられていて、これにもがっかり。地元学をやっていたときに、今と特定の昔、この地と首都圏などの必要経費の比較をしたら面白いと何度か話題に出ていたのでとても興味があったのに。「武士の家計簿 ―「加賀藩御算用者」の幕末維新」というのが新書で出ているので、そちらを読みますかね。☆☆


山下敦弘監督「天然コケッコー」
2007年製作
島根県浜田市の山間部に暮らす中学生がヒロインの話。脚本が「カーネーション」の渡辺あやさんということで観てみた。ただ、原作が少女漫画なのであまり関係がなかったかも。親たちのいろいろな事情に翻弄されるかに見えて、それぞれがちゃんと自分ながらの視点をつくっていく過程がのんびりした山村の風景の中で描かれていく。天然ボケキャラの夏帆がとてもよい。
☆☆☆

石井裕也監督「川の底からこんにちは」2009年製作
どんづまりのOLが、父の病気で家業のしじみ加工工場を引き継ぐ話。高校卒業と同時に駆け落ちし、そのまま5年間、次々と男を変え、捨てられ、転職を重ねたヒロインが故郷に帰ってくる。そこから大活躍が始まるのではなく、相変わらずぐじぐじと「しょうがない」を連発する。でも、気が付いたら、みんな失敗まみれの人生を送っている。男に捨てられ、女に捨てられ…みんな中の下なんだから、がんばらないと!ラスト近くのおばちゃんたちのシーンがめっちゃよかった。
☆☆☆☆


映画を観たり、本を読んだりするのは、自分の人生を肯定したいため、なんだろうか…。

ついでにFacebookには感想をアップした本も。
メモっておかないと、観たことも読んだことも忘れちゃうのだ。

「検証 大震災の予言・陰謀論 “震災文化人たちの情報は正しいか”」(文芸社刊 2011年11月)
武田邦彦、小出裕章、田中優など、原発事故ですっかり登場が多くなった“文化人”の言論をしっかり検証。武田氏は罪深いなあ。原子力安全委員会専門部会の記録がちゃんと残っているのを忘れているのかしら。よくここまでウソがつける。
震災は地震兵器によるものだと真剣に言っている人に出会い、情けないやら、腹立たしいやら、だったけれど、この本を読んだら、どう思うのかしら。それでも、この本こそ陰謀だって思うのかな。情報発信源の一つである某シンクタンクの会長は、無責任すぎる。その陰謀論で地震を起こしたとされた地球深部探査船「ちきゅう」の震災当日船内で何が起きていたかというインタビューや、海外の“怪しい文化人”や情報源など、とても丁寧に検証されています。こういう検証をテレビ番組でもっとやればいいのに。

「エドガー・ソーテル物語」を読了。730ページの大作。ストーリーは、犬のブリーダー一家の現代版ハムレット。米国で人気の本紹介番組で絶賛され、無名の作家の本が140万部のベストセラーになり、世界25カ国で刊行されることに。というのを知っていたわけではなく、なんとなくページを開いてしまった。途中で止めさせない力量はあると思うけど、どの登場人物にも心を寄せられず。人間に対してよい犬をつくるのではなく、その犬にふさわしい人間になれるかどうか、という視点は新鮮だった。犬を飼いたくなる、いや、一緒にいたくなる物語でした。

ついでにBSプレミアムのオペラも。
年末から5夜連続で放映していたミラノ・スカラ座シリーズの中から「カヴァレリア・スルティカーナ」 有名な間奏曲から知ったオペラだったので、全編を通して舞台を観たのはこれが初めて。ストーリーは三角関係のもつれというとてもシンプルなもの。
かつて愛し合った二人が戦争により引き裂かれ、男が戻ってきたら、女はすでに結婚していて、男はあきらめるために自分に思いを寄せる女と婚約。男はかつての女とすぐに寄りが戻ってしまい…と物語はここから始まる。ほんの1時間半ぐらいの上演時間。群衆の中で物語が始まり、終わるというスカラ座の演出がとてもよかった。嫉妬するぐらい愛してしまう、いいなあ。このオペラを聴くたびに胸は騒ぐけれど、もって行き場がない(笑)

春を待つ桜のつぼみ。気合いが入っているよね。

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今年も、よろしくお願いいたします。


posted by 風土倶楽部 at 10:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々あれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする