2012年10月29日

火星のプリンセスはもっと色っぽくなくっちゃ

もうすぐ10月が終わっちゃう!
2012年もあと2カ月。また、年賀状を考えないといけないなんて・・・あー、めんどくさ。

ディズニーが莫大な資金で製作した「ジョン・カーター」を観賞。
バロウズが原作を書いてからちょうど100年!
スターウォーズやアバターの元になったようなSFの古典傑作。
武部本一郎氏の表紙イラストが、当時中学生ぐらいだった私を、ロマンチシズムとエロチシズムの両方で強烈に刺激した思い出の本でもある。だから、ロードショーのときから気になっていた映画だけれど、評判はすこぶる悪くて、ディズニー最大の失敗作だとか、浪費だとかさんざん。で、すっかり忘れていて、TSUTAYAで見つけて、思わず手が伸びた。
結果は、そんなに悪くなかった。が、しかし、デジャー・ソリスがイメージと違うじゃないか!

感想はそれに尽きる。

それ以外は、さすがディズニー。よくぞ映画化したものだと思う。
ジョン・カーターは、あまり知性が感じられないけれど、そんなに気にならなかった。というか、どうでもいい。
この話は、デジャー・ソリスを誰が演じるのかにすべてがかかっていると言っていいのだから。
米国の人たちがどんなイメージをもっているのかは知らない。
でも、日本のバロウズファンのイメージは、たぶん全員が武部プリンセスのはず。

ありゃ、違うよ。

例の本はまだ持っているから、読み直してみようかな。
武部本一郎氏の画集を購入したいという欲望がむくむく…。

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2012年10月25日

「「作りすぎ」が日本の農業をダメにする」のかな

先週の月曜日に喉がひりひりしはじめ、熱が出て、咳が出て、ようやくおさまったと思ったら、左耳がこもるという置きみやげ。もうっ!3年ぶりの風邪に振り回されている。

けほけほ咳込みながら、読んだのが川島博之氏による「「作りすぎ」が日本の農業をダメにする」(日本経済新聞社刊 2011年8月)
川島氏は前著「食糧危機を煽ってはいけない」から、一環してレスター・ブラウンの予測がいかにはずれているかと統計を駆使して検証している。
今回の本も、同じ路線のもの。

レスター・ブラウンがは1995年に「誰が中国を養うのか」を刊行し、世界の食糧難を惹き起すなど、いろいろ暗い未来を「予言」していたっけ。
そういえば、2005年ごろ、エタノールを作るためや中国の消費拡大で大豆やトウモロコシがなくなるといって、ブラジルの大規模農家との契約に奔走する大手商社の動きをレポートするNHKの番組があったりしたけれど、その後、どうなっているのか。
つい最近では、アメリカの旱魃による穀物の生産量が激減するとしきりに報道されていたけれど…。

食料自給率をわざわざカロリーベースで出しているのは日本と韓国だけということを知って以来、国の自給率で物事を考えるのは危ういぞ、と気がついた。
川島氏は、食糧は過剰供給されているから、TPPで交渉しなければならない。要するに余った食糧の押し付け合いだという。廃棄されている量も、大量だから、川島氏の言うことも一理あるなあ。

日本の農業の歴史的、構造的問題点も的確に指摘。結局、農協と農地の保有のあり方など構造が変わらないかぎり、日本の農業の未来が暗いとした ら…TPPという外圧に壊してもらうしかないのか、とさえ思う。

それにしてもレスター・ブラウンの予測は、同氏が検証しているようにことごとくはずれているなあ(笑
2000年ごろのあの熱気はなんだったんだろう…。
川島氏いわく、レスター氏の著作は日本で一番よく売れるとか。
資源のない国というレッテルを自ら貼ってしまっているから、資源が枯渇するとか、飢饉になるとかいわれると、日本人はスイッチが入っちゃうのかも。

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2012年10月22日

やっぱりブログ 10月前半に観た映画

SNSにちょっとお疲れ気味。
毎日、ここに行った、あそこに行った、これした、あれした、これ食べた、あれ食べたと報告されてもなあ。
って、自分もしてるくせに。

まあ、私の場合はすぐに物事を忘れるので、メモのつもりでやっていたけれど、FBは読み返すのが大変。
カテゴリーわけにもできないし、検索もできない。
なら、ブログであーだこーだ言っている方が自分のメモとしてはいいわけで…。
どうせ読まれたとしても数人だろうし、でも、その誰が読むかわからない緊張感があるから、書こうという気にもなる。

一人静かに書き込みまする。

というわけでブログに復帰!

今まで観た映画の感想を列挙しておこうっと。
いろいろ使ってみたけれど、やはりブログに入れておくのが移動も削除も訂正も全部簡単だから。

10月8日
スティーヴン・フリアーズ 監督「クィーン」
交通事故で他界したダイアナ元妃をめぐって、揺れ動く英国王室の内実を描いたドラマ。マスコミがつくりあげていくイメージにいとも簡単に左右される「大衆」は、大衆の期待する反応をしない当事者、すなわち女王を糾弾し続けていく。ダイアナ妃を追いかけまわしたパパラッチと、女王を追い詰めていくマスコミと大衆は同じもの。本質的なもの、大切にされてきたことがどんどんどこかに置き去りにされていく。「大衆」の一人として、さまざまに考えさせられた。脚本がとてもよくできている。また、観たくなりそうなので録画は消さずにおこう。

10月5日 試写会
今日は、ドキュメンタリー映画「よみがえりのレシピ」の最終試写会に行ってきました。在来作物と種を守り継ぐ人々の物語です。
観ようによっては、鶴岡市ならびにアルケッチャーノのプロモーションフィルムなんだけど、風土と食と人を真正面から捉えた深い内容になっていて、ちょっと予期せぬ感動を味わいました。

在来種の種を地域で引き継いでいくことの意味。それは、地域再生のためのここにしかない価値を見出すことなんだけれど、先人たちの感性を知ることでもある。この言葉にぐっときました。
それがなけ
れば、地域なんて存続していかないでしょ。
奥田シェフを鶴岡が輩出した背景には、そういう先人たちの感性を奥田シェフが受け継ぐ下地があったのかなあ。今に生かす人がいてこその在来作物ですもんね。
以前、アルケに行ったときにお話しさせたもらったら、テーブルに座って、さらさらと味の構成はね?なんて図を示して説明してくれました。
本物は出し惜しみなんてしないのだ。。。

前半は、在来種の野菜をつくる生産者の人たちとその現場の様子(ここでもおじい、おばあががんばっています。そして孫の世代がその後姿を追いかけつつあります。いいシーンです)、
後半はそれを使った奥田シェフの料理が中心で、食べてる人がそれはそれは幸せそうな顔で「おいしい〜」を連発。
甘い根っこをもつほうれん草、アクのないごぼう、ほんのり苦味のあるキュウリ、今や有名になって生産が追いつかないほどの宝谷かぶ・・・
それらをシェフが「えっ、そういうとりあわせ?」とか、「なるほど、そーゆー料理法…」と意外な展開で鮮やかに調理していく。
観ているうちに「また、行かねば…」とそそられまくりました。だって、鶴岡でしか採れない食材だから、鶴岡に行くしかないでしょ。
地域活性化、食育、環境、農業・・・すべてが詰まった映画です。
ちなみに一口1万円で資金を寄付する「市民プロデューサー」たちによって制作が実現したそうです。
というわけで、すっかり鶴岡市とアルケにはめられました。恐れ入りました。
(会場は立ち見が出るほどの満席でした。でも、前の人も、斜め前の人も、隣の人も、上映中ほぼ爆睡(笑) 忘れないうちの感想メモ。
お粗末さまでございました。m(_ _)m

10月3日 試写会
昨日、ドキュメンタリー映画「タケヤネの里」の試写に行ってきました。
カシロダケという福岡県八女市周辺にしか自生しない竹の皮は、地元の人でさえ、知る人が少なくなったもの。今では群馬県高崎市在住の前島美江さんただ一人がその竹皮編の伝承者。

ところが、その竹皮の歴史、暮らしとの関係をひもといていけば、さまざまな用途に利用してきた長い暮らしの歴史が見えてくる。今回の映像化により刺激を受けた地元の人たちが、その「宝」に気づき、地域固有の文化や財産を見直す楽しさに取りつかれているそうで
す。かぐや姫プロジェクトが立ち上がり、竹林が整備され始めています。手仕事と自然のつながりの奥深さをまたしても思い知る映像でした。

道路際に落ちているカシロダケの竹皮を、プロジェクトの女性たちが嬉々として「あら、これもいいわ」「この皮もきれいね」と拾って集めるシーンがとても印象的でした。知らなければ、ただの落ち葉なのですから。地域の宝って面白いなあ…。
地域の資源とは?を考えるうえでも、ぜひ、お薦めします。

10月1日 BSプレミアム
BSプレミアムの「グラン・トリノ」観ちゃった。やることあるのに意思がよわい〜。でも、観てよかった。傑作です。深いです。C.イーストウッド監督、すごいです。☆5つです。
まだ観ていないけれど、観たいという方は、こちらを読んでからだと、ウォリスの気分がすごくよくわかります。

10月前半の映画はこんなとこかな。

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2012年10月21日

9月以前に観た映画

9月1日
ずーっと観たかった「ハード・ボイルド 新・男たちの挽歌」ジョン・ウー監督(1992年)をついにBSプレミアムのおかげで観れました。アンドリュー・ラウ監督の「インファナル・アフェア」(2002)は、傑作と名高いこの映画へのオマージュという意味もあったのね!深い謎が解けたようなすっきりした気分。あたり前だけど、トニーさんも、ユンファ兄ぃ、そしてアンソニー・ウォンも若い!

8月22日
ポーランド映画「木洩れ日の家で」DVD 91歳のダヌタ・シャフラルスカ主演のR60指定と話題になった映画。こんな最後がいいなと多くの高齢者が思ったことでしょう。実話がベースだけど、息子と孫娘の描き方があまりにもステロタイプでちょっと興ざめ。なんと原題は Pora umierac(死んだ方がまし) そりゃないでしょ(笑)

8月19日
「1911」DVD チャン・リー監督 辛亥革命から、孫文の中華民国臨時大総統辞任までの流れを追うのが精いっぱいの教科書的映画。清国が弱体化して、日本を含めた列強諸国に領土を奪い盗られていく。国家が弱いとこうなる運命なんですね。革命に多くの血が流れたのは事実で、こういう映画を観て中国の人々は熱くなっちゃったりするんだろうな。☆は2.5個ぐらい。ジャッキーのアクションシーンは蛇足。
http://1911-movie.jp/
大ヒットなんてしなくて、観に行こうと思っていたら、すぐに終わっちゃった映画。

8月19日
「シャーロック・ホームズ シャドウゲーム」DVD ガイ・リッチー監督
映画版のシャーロックものの最新作。ちょっとインディー・ジョーンズ風。状況を瞬時に分析するシャーロックの思考回路の映像化が、BBC制作のテレビ版「SHERLOCK」と似ている。テレビ版のシーズン2の最終回、映画の2作目とも、モリアーティとの死闘により、シャーロックがビルの上と滝から落ちるという原作をアレンジしたものになっていて、設定とか終わり方の比較が面白い。BBC制作の方が、最終回は内容が濃い。シャーロックは何度も映像化されるのに、どうしてルパンはされないのだろう。ルパン派としてはさみしい。

8月17日
ハリウッド版「ドラゴンタトゥーの女」DVD。D・フィンチャー監督を観賞。
猟奇的事件とバイオレンスなストーリーで2時間半があっという間。ダニエル・クレイグとルーニー・マーラー、第2作、第3作と楽しませてくれるらしい。スウェーデン版のオリジナル「ミレニアム ドラゴンタトゥーの女」と比較したいような、したくないような。。。原作も読んでみたいような…。スウェーデンの人の名前が覚えられなくて困る。

5月5日
テレビ放映された「ウォーリー」。予想外によかった。ロボットにすべてお任せの未来の人間たちがペンギンみたいな体系になっている設定が妙に現実的。笑って、最後にはうるっとさせられました。

4月23日
BSプレミアムで放映された「マイティ・ハート -愛と絆」。☆☆☆☆☆
ウォールストリート・ジャーナルの記者が9.11直後、パキスタンで誘拐されて殺害された実際の事件をドキュメンタリータッチで描いた作品。主演はアンジェリーナ・ジョリー。アンジーは、お化粧ばっちりの映画よりも、「チェンジリング」など、こうしたシリアスな映画の方がいい。とても完成度の高い映画で、テロに立ち向かう人たちの信念「マイティ・ハート」がよく伝わってきました。ただし、この題名はイマイチ。こんな甘っちょろい内容じゃないかった。

3月26日
「マリリン 7日間の恋」
マリリンにとっても会いたくなりました。細部にまで神経が行き届いたよい映画でした。ケネス・ブラナー、おじさんになっちゃったなあ。☆☆☆☆☆

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2012年10月20日

6月〜9月に読んだ本

「藻谷浩介さん、経済成長がなければ、僕たちは幸せになれないのでしょうか?」学芸出版社2012年7月刊
地方の暮らしを見て、感じていたことを藻谷さんが経済的な視点から、ものすごーくわかりやすく説明してくれて、はー、すっきり。地方のストック、日本の国のストックを考えると、いろいろな謎も解ける。メディアの報道では、日本はもう先がないような気さえするけれど、この65年間のストックは半端なものではない。ただ、有効に使えていないだけというのにとっても納得。日本は65歳の高齢者うつ病っぽくなっているそうです。対談なので、懇談会に行く行き帰りでほぼ読めちゃいました。
読んでいて、対談相手の山崎亮さん、兵庫県家島で会った人だとやっと気がついた。家島のおばちゃんたち、どうしているかな。

8月18日
「雪国」 川端康成著
生身の女と、その女に触発されないと生きている実感が得られないオトコ島村との数年間にわたる雪国での関係を描いた川端康成定番の小説。じっくり読んだのは初めて。ひょっとしたら、冒頭の「長いトンネルを抜けると…」があまりにも有名で読んだ気になっていたのかなと思うぐらい新鮮だった。
冒頭、「左手の指が女を覚えていて…」というくだりから、列車の窓ガラスを使った女との出会いの描写から、もうめくるめく川端ワールドががんがん展開していく。
たわいもないオトコとオンナの会話をつなぐのは、雪国を構築する名文の数々。
雪国というこの世の外にあるように美しい(大量の雪でさえ、川端にかかると美しい存在になる)世界で、抜けきれずに生きざるを得ない女の哀しさ、美しさが丹念に描かれます。駒子だけに重い荷物がどんどん増えて行く。川端はドSなのかも。いや、きっとそうだ。。。

8月16日
仕事もせずに、川端康成の「千羽鶴」(昭和26年刊)にのめってしまった。なんというエロチシズム!源氏物語と呼応する日本文学の真髄。まさしく文学だ・・・。「雪国」からもう一度読みなおそう。

7月26日
三澤勝衛著作集の「風土の発見と創造」シリーズの第1巻「地域個性と地域力の探求」を読了。まさに地元学です。手法も同じです。昭和3年に南信日日新聞に寄稿された論文の見出しを見ただけでもすごいです。
「都市優位論の誤り」
「都市には都市、村には村の使命がある」
「使命を決めるのは「地域」の個性と力」
「地域個性の自覚と発揮で共存共栄」
「世界に一つしかない「地域」の力で地方振興を」
「地理学の役割は「地域の力」を明らかにすること」
「地域の力の源は自然力」
「科学とは自然を礼賛し、合致するためにある」
ひたすら驚きです。地域学をきちんと学んだ方にとって、三澤氏はあたり前の方なのでしょうか。地域調査の手法もアプローチの仕方も分析も、すべてここにあった。まさに地元学そのものなんです。
三澤氏がこれを書いたころは、生糸が全盛のころで、綿の産業が急速に衰退していた時代。製糸業の成功で地域を肯定して第1巻は閉じられています。昭和12年に永眠されておられ、その後の日本の有り様をどの思われたでしょう。
ものすごく考えさせられる本でした。人間とは、いくらよい指南書があっても、同じことを繰り返す動物なのかしら。大きな戦争を経験して、国土が焦土となった中から立ち上がり、今また、焦土へ。それでも小単位地域の発展に力を合わせ、その小単位が融合していく・・・考えがまだまとまらないですが、結局、そこなのかなあ。
師匠、こんな本があったのなら、教えて欲しかったです!
http://shop.ruralnet.or.jp/b_no=01_4540082047/

7月26日
三島由紀夫が昭和26年に書いた小品「夏子の冒険」を読了。
周囲のオトコがつまらない人ばかりだからと北海道の修道院に入ると言い出したブルジョアのお嬢さま夏子が主人公。貴族趣味で三島を育てた祖母の名前が夏子。これはイヤミで書いた小説なのか。人生を熱く生きたい夏子なのに、なぜか修道院という志向。小品だけれど、三島らしい謎が漂う。なでしこジャパンの活躍を見ていると、こんな時代もあったのね、という隔世の感、ひとしお。

6月21日
「会長はなぜ自殺したか―金融腐敗=呪縛の検証」 読売新聞社会部著 (2000-09) 新潮社
野球のことはよくわからないので、清武の乱の清武氏がどういう人か知らなかった。この本が出版された1998年当時、読売新聞社会部次長で第一勧銀、野村証券など大手金融会社の不正を厳しく追及していた人だったのね。これだけ総会屋や政治家への巨額の利益供与、すなわち不正が数十年にわたって行われてしまうことに驚き。漠然とした「恐れ」だけで、いとも簡単に不正が「仕事化」する企業社会。原子力ムラも同じ構造かも。当時の東京地検特捜部は不正にしっかり切りこんでいる。原発関連も、刑罰化しないと、構造にたまった垢は浄化されないのじゃないかしらね。廃刊されていたけれど、今年5月に緊急復刻。今だからこそ、ますます身に滲みる一冊。 廃刊されていた同書は、今年、5月に復刊。今こそ、身に滲みる一冊。

6月10日
「獣の戯れ」読了。先日、お仕事で行った西伊豆町安良里が舞台。
「…船が湾内に入るにつれて、あたかもその凝固した絵が湯を注がれて融かされたように、砕氷塔や製氷工場や火の見櫓や家々の屋根のあいだに、みるみる距離感が増し、遠近がほぐれ、入江のまばゆい水面もひろがって、埠頭のコンクリートの白い反射も、もう凝った白蝋の一線ではなくなった…」
一瞬でも集中力が途切れたら、物語についていけない。必死についていっているうちに三島ワールドに引き込まれ、頭の中をかき回されているような気分になり、それがクセになってしまう。このワナには二度とはまるまいと思っていたのに、また、はまってしまった…。今度行ったら、文学碑を訪問しよ。
文子さま主演の映画も観なくっちゃ。

6月2日
金閣寺 三島 由紀夫著 (2003-05) 新潮社
40年ぶりに再読。高校生のときにこの作品に出会い、三島にわしづかみにされた。この作品を受け止める感受性が当時はあったことに今になって我ながら驚いた。再読してみれば、主人公の感受性になかなか寄り添えず、年をとって退化したみたい。ストーリー、文体、語彙の豊富さ、テーマ性・・・本来の文学とはこういう作品をいうのだろう。「ヒタメン」を読んだ直後なので、付き合っているときに、恋人がこんな作品を書いているというのは、やはり相当めんどうな気もした(笑)貞子さんが触発した部分と、三島が本来持っていた感性の部分を思わず探してしまった。昭和34年に祖父が購入してくれた日本文学全集のうちの1冊なので(なんと旧かなづかい、旧字体!)、売れっ子作家になった三島の近影が扉に掲載されている。その写真には、その後の運命を占うものは見当たらないけれど、「私の肉が、いつかこの甘味の迸りに酔う日のことを、私は愉しく考えた。死の空は明るくて、生の空と同じように思われた」などという文には行きあたる。


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2012年10月19日

5月以前に読んだ本

5月27日
「動物と人間の世界認識 イリュージョンなしに世界は見えない」日高敏隆著。☆☆☆☆☆
やっとじっくり読めた。これも面白すぎ。動物のイリュージョンは、想像力を駆使すれば、少し垣間見ることができるけれど、イリュージョンを持たない植物の世界はまったく未知の世界。でも、その世界が一番宇宙とつながっている、ようなのだ。だから植物と一緒にいると心が落ち着くのかな。何度も読み返したくなる本。

三島由紀夫著「宴のあと」 ☆☆☆☆
三島って、こんなに面白かったっけ?20代にほぼ小説は読破していたけれど、今、読み返すとまったく印象が違う。ただいま、「金閣寺」読書中。

5月10日
忙しいと読書熱が高まる。なんてこった。
松本清張の「けものみち」をふと手にとったら、惹きこまれてしまった。映画化されたり、テレビドラマ化されているのは、骨組みだけ一緒でずいぶんアレンジされているのね。好色な政財界のフィクサー鬼頭老人の年齢設定が60代半ばで、しわくちゃの歯のない老人で、ヒロインに「おじいちゃん」と呼ばれたりしている。発表されたのは昭和39年。今から50年ほど前は、60代だと「よれよれの老人」だったのか。。。

5月6日
「見出された恋 金閣寺への船出」岩下尚史著
一晩で一気してしまった。今から60年前の、戦後復興期の日本が日本らしさを捨て、ひたすら貪欲に新しいものを取りこんでいる時代の三島由紀夫の恋を美麗な文章で描いた小説。彼が愛した、日本の文化そのもののような恋の相手に納得。アメリカンファーマシーでの最後のひとときにすべてが象徴される。三島らしい恋だなあ。岩下氏の語彙の豊富さに脱帽。私の日本語のなんと貧困なこと!さて、次は「ヒタメン」。

4月29日
「ブラックアゲート」
ほぼ一気読了。ストーリーテラーなんだけど、途中、先が読めてしまう。殺人蜂の猛威をどう収束するのかと思ったら、新薬というすごく現実的な終わり方。よくできているんだけど、2時間ドラマを見せられているような気がしないでもない。殺人蜂の繁殖を許してしまう構造が原発事故を招いた構造と似ている。人間社会を描くとこうなるということなのでしょうかね。

4月14日
「世界屠畜紀行」
「部落解放」の雑誌に連載されたものだったのね。著者の屠畜に対する嬉々とした取材がちょっと鼻についた。幼いころ、母に連れられて行った市場でバケツの中でうごめく生きたウナギを選んで買って、その場で見事な手さばきでさばいていく様子を見るたびに、子ども心に「あざやかな手さばきだ〜」と感心したことを思い出す。そこにはかわいそうもなにもなかった。食べ物とは、こうやっていただくものなんだなと自然に思ったっけ。いのちをいただいているという実感を持つためには、暮らしの中でそうしたものが息づいていくことが一番必要なことなんでしょうね。でも、現実は屠ることさえ、機械化されていく。いのちをそんなふうに扱うことに未来はあるのかなあと、読みながら思いました。たぶん食文化なるものも、その中で薄れて、平均化や一律化されていくのかなと。いろいろなことを考えさせれる一冊でした。

4月10日
「赤朽葉家の伝説」桜庭一樹著
終戦直後から現代まで女三代記。まるで漫画の原作本を読んでいるような不思議な感覚の小説だった。一つひとつの印象的なシーンが漫画のコマにありそうな劇画的な描写。第一章の「最後の神話の時代」が一番面白かった。やはり神話のない世界はつまらない。今は単なるデマがまかり通る時代。

3月3日
「サラの鍵」タチアナ・ド・ロネ著 ☆☆☆☆☆
二戸往復の新幹線の中でほぼ読了。「現在はいつでも過去の土壌の上に枝を揺らす樹木だ」という帯に惹かれて。ドイツにパリを占領されていた時代、フランス警察がパリとその近郊在住のユダヤ人13000人以上を検挙し、アウシュヴィツに送ったヴェルディヴと呼ばれるフランス人が語りたがらない歴史的事実をテーマに過去と現在をつないだ小説。忘れてはいけないことを、過去の歴史の1コマにしていない構成が素晴らしい。映画化されている。小説でなら読めるけれど、視覚化されてしまうとつらすぎる内容。観る勇気がないなあ。新幹線の中で時折読みづかれて、車窓を見ると雪景色。ああ、ここは暖かい新幹線の中、と思うとほっとした。それぐらい引きこまれてしまう小説でした。

2月7日
村の伝統芸能が危ない 星野 紘著 (2009-05) 岩田書院
農山村の生業と遊びが激変することで祭の本質が変化していく。 伝承の度合いの悪化 後継者を地域外の人に頼らざるを得ない状況 学校の統廃合によるダメージ 集落戸数の減少によるダメージ 今や、伝統文化の継承は女性と子供にかかっている。 調査の裏付けができ、すべて納得。

1月31日
女優  瀬戸内 晴美著 (1978-04) 文藝春秋
林真理子と瀬戸内寂聴を続けてよんだら、作風が酷似していることを発見。みんな、知ってたか(笑)
前後して読むと、ふとどちらの作品を読んでいるのかわからなくなる。嵯峨三智子がモデルの小説ということで読んでみた。今の若い人は知らないよね。期せずして、まるで女版光源氏だった。登場する男たちのなんと繊細なこと。それに比して、ヒロイン未来子や母親の鳳しのぶ(もちろん山田五十鈴がモデル)の生命力の強いこと。一般人の世界なら、不倫だなんだと騒がれることも、役者世界なら、芸の肥やしになる。倫理観よりも、動物としての感覚が優先される。いわば原始的な世界。人間は実はこういう生き物なのかもしれないなあ…と。みんながみんな、こんなふうだと秩序が保たれない(笑)だから、一般社会では倫理観でお互いを縛っている。男女間だけでいえばの話だけど。瀬戸内寂聴、やはりすごいです。深夜、やめられなくなって、目が疲れた〜。

1月29日
六条御息所 源氏がたり 二、華の章  林 真理子著 (2011-03-25) 小学館
六条をあえて語りにして運ぶ真理子さま流源氏物語。女の本音満開のどろどろ小説になるから面白い。恨んだり、悲しんだり、憎んだり、感謝したり、忙しいことこのうえなし。源氏物語好きの女友達と共通の感想は「これって、ある意味エロ本」でした。女性作家にしか書けない描写ゆえの、女性にしか読み取ることができないエロチシズムが全編に漂っております。真理子さま版光源氏は、観た目は美しいかもしれないけれど、権力と出自を嵩にきたひたすら女好きの自分勝手ないやーなヤツと描かれています。男に頼るしか生きる術がなかった時代、女はどんな扱いを受けても、耐えるしかなかった。そんな時代だから、光ることが許された男だった。これからの時代は無理でしょうねぇ。そのうち逆バージョンの光源氏女性版が出てくるかも。さて、六条御息所の魂はどのように昇天するのか。3巻目がたのしみです。

1月21日
昭和が明るかった頃 関川 夏央著 (2002-11) 文藝春秋
以前から、吉永小百合の映画って、面白くないなー、と思っていたら、冒頭いきなり「長年、不思議に思っていることがある。それは吉永小百合の出る映画は、なぜつまらないかということである」から始まったので、かなりうれしくなって読んだ。 吉永小百合と石原裕次郎を軸に日活映画の興亡から、戦後社会を俯瞰したアプローチがとても面白い。吉永小百合は苦労人だったのね。一家と事務所の経済を背負わせられつつも、女優として向上心を失わず、常に努力し続けた。にもかかわらず、全盛だったのは1963年、64年と短い。高度成長期前期、世に認められた「キューポラのある街」から、石坂洋次郎の(懐かしいなあ。今、読まれることはあるのだろうか)原作映画、川端康成で紡いだ「吉永小百合物語」という固定したイメージの中で疲れ、羽ばたけずにいた小百合さんを解放したのが岡田太郎氏との結婚だったとは。そして、「夢千代シリーズ」で彼女は「原爆」というテーマを得、戦後へと回帰を果たす。 小百合さん主演の日活映画が少しずつ時代とずれていき、斜陽となる経過が面白くて、つい時間を忘れて読んだ。急激に移ろう「時代」の中で生き抜くことができるスター、今は誰なんだろう。


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