2013年07月31日

観劇日記 7月X 溺れる金魚…暗いよ

アヴァンセプロデュース公演「溺れる金魚」を観劇。
1週間に2回も下北沢で芝居を観るなんて思いもしなかった。
それも150席程度の小劇場!30年ぶりぐらいかも。

「ブスと仕事がキライ」と公言してはばからない坂上忍氏が脚本・演出の舞台。どんな脚本を書くのかと好奇心で出かけた。そう、完全に好奇心。どうみても不健康そうな外見に似合わず、ものすごい潔癖症らしい。なのに犬を多頭犬飼いしているのだとか。

さて、そのお芝居とは…。
医者夫婦の息子が遊園地で誘拐された。両親がちょっと目を離したすきに神隠しにあったごとく、消えてしまった。誘拐犯からはなんの連絡もなく、刑事たちは焦る。担当の部長刑事は、この事件と重なる部分が多い大きなキズを抱えていて…。やがて、小さなほころびから、犯人像が見えてくる。

昨日が初日だったのでネタバレしないようにします。満席だった。
題名の「溺れる金魚」とは、「金魚はもうダメだ!と思ったら、潔く自ら溺れる」という習性があるとか。
さて、人間はそう簡単にあきらめるわけにはいきませぬ。

お話としては、2時間ものドラマスペシャルを観ているみたいで、展開が読みにくく、最後までぐいぐいひっぱっていかれました。役者のみなさん、初日のせいか、肩に力が入っていて、ちょっと噛み合わない部分もあったけれど、みなさんお上手。特に意外にもといったら失礼かもしれないけれど、たけし軍団のお宮の松さん、よかったです。

事件の引き金になった病についての部分が、あまり説得力がなく、あの選択には無理があると思った。逆ならまだしも…。役者の人は、それで納得して演じることができるのかしら。

ラストがあまりにも暗くて、坂上さんて、根暗なのか?と思ったりして。
もうちょっと希望を残して欲しかったなあ。
坂上流「罪と罰」は少々荒っぽかった。

と、まあ、勝手なことを言っているけれど、1時間45分、眠くならずに、そして、あまり余計なことを考えずに観られました。
45歳を過ぎたころからは、睡魔が一つのバロメーターになっちゃった(笑

どこかハッピーになれる小劇場ってないのかなあ。
かつての自由劇場みたいに。ブランクが長すぎて、よくわかんない。なので、好奇心の赴くままに雑食化が進んでいる。基本ヅカだけど(笑

それにしても、毎回渡される公演ちらしの多いことといったら。
でも、これが演劇ファンに到達する一番の近道でもあるのかな。
チラシですでにそそられるものと、情報が少なくてなんだ?これ?みたいなのといろいろ。
わかる人がみれば、脚本、演出とか、出演者だけで判断できるのかもしれないけれど、にわか演劇再びファンにとっては、現役復帰の道は遠い。


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2013年07月29日

観劇日記 7月W 宝塚歌劇団星組「ロミオとジュリエット」

未だに頭の中で数々のナンバーが鳴りまくっている〜!
月組で昨年観劇。ロミジュリとしては2回目で、初の星組観劇。
今年、GWに雪組の「ベルサイユのばら フェルゼン編」の役替わり公演で、柚希礼音のアンドレを観て以来、絶対、星組のロミジュリを観る!と決意。が、超人気公演のため、チケットがなかなか思うように取れず。おまけに宝塚大劇場で一度取ったチケットを日程が合わず、譲渡するというハメに。
ようやく8月に東京宝塚劇場のチケットをゲットするも、フラストレーションがたまり、待ち切れず、昨日、ようやく観劇に至り、やっと気持ちが落ち着いた〜(笑

期待にたがわず、ちえねねのロミジュリはなんと新鮮なこと!再演で、二人ともアラサ―とは思えない。
原作は15歳と13歳という設定らしい。まあ、そこまではいかなくても、20歳までの若いカップルが、大人のしがらみをすべて振り切って純粋に恋に走るというほんの3日間のお話が十分納得させられる舞台になっていた。最後の天国でのデュエット・ダンスと、フィナーレでのデュエット・ダンスのイメージの違い、お見事です。ちえちゃんのフィナーレでの色気たっぷりの大人ダンスも。まさに役者やのう…。

このロミジュリをつくったジェラール・プレスギュルヴィックのナンバーの美しいこと!どの曲も、すべて心に残る。今回、気づいたこと。レミゼラブルは、英語でも聴くからなのか、日本語の訳詞が岩谷時子さんにもかかわらず、どこか説明的。音楽に無理に合わせている感がある。でもないかなあ。岩谷さんは越路吹雪のシャンソンなどの訳詞を手掛けているし、宝塚の職員だった人。音楽に合わせるのはお得意なはず。うーん、なぜだ・・・4月下旬に帝劇で観たときに、特に感じたということは、映画で英語の歌詞がなめらかに歌われるのを目の当たりにしちゃったから?そういえば、英国で何度も観て、帰国後に日本で観たときも、実は英国で観たときほど感激しなかったっけ。英国で開催された25周年の特別バージョンがBSで放送されたときには、やっぱり感激した…(笑 宝塚のメイクに慣れちゃって、単に平たい顔族に見えちゃうから、という説もある(爆)
が、このロミジュリは歌詞がすっと頭に入ってくるのも事実なのだ。エリザベートのときもそうだから、これって、小池修一郎氏による訳詞がすごいってことなのかしら。「潤色」というのがポイントなのかも。ちゃんと宝塚に合わせた歌詞になっているのかな。フランス版を観ていないから、なのかな?
メロディに見事に歌詞がのっていて、翻訳劇っぽくない。
お正月の星組公演の「ナポレオン」は同じく小池氏とプレスギュルヴィック氏がタッグを組んだ初の新作ミュージカル。すごく楽しみ〜。また、チケットが大変そう。

星組の過去の演目をDVDとかで観ると、脇がちょっと物足りなくて、今回もどうかなあ…と思っていたら、生徒さんたちのがんばり方がすごくて、レベルアップしていて、その姿にも感動。
ちえねねがいいのは当たり前ですもん。ちえちゃんのひっぱる力がすごいから(まさにスター)、脇がかすんでしまう。正直に言えば、どうでもよくなってしまう。でも、それだと作品としては残念なものになってしまいがち。今回のロミジュリの完成度はすごく高い! 特に礼真琴の歌唱力。95期生!これからが楽しみですな。
昨日はAパターンだったから、8月のBパターンが楽しみ。特にすずほのティボルト。期待しちゃうなあ。


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2013年07月27日

観劇日記 2013年7月 V 小劇場系はお気に召さない?

本多劇場でトラッシュマスターズの「極東の地、西の果て」を観劇。
芸術が世界を救うか、というテーマでの近未来のお話。農業をしながら芸術を学び、切磋琢磨する芸術学校ができて、そこから優秀なアーティストが数多く輩出され、その人々が学校を支え、巨大化した学校は九州に拠点を移し、その収益で九州が日本から独立を果たす。が、数年後にアメリカなどの介入により、挫折して、再び九州は日本に。最後の抵抗をするテログループのお話。芸術礼賛、芸術の力を信じようというのがメッセージ。3部構成でなんと3時間15分ぶっ通し。頼むから休憩入れてよ。観る側のことも考えてほしい。

残念ながら、第3部の物語回収地点で説明セリフがやたらと多くなり、最後にすべてはアメリカの陰謀になっちまって、そりゃないだろう、、、でした。TPPを持ちださなかったらよかったのに。食料自給率の話も、戦後の小麦をアメリカが日本に持ち込んだ話も、アメリカの陰謀といった話で片付けるのは違うと思うんだけどなあ。食の西洋化は日本だけじゃないし、逆にアメリカで日本食が浸透していった部分もある。豆腐と納豆と醤油(だっけ?)と言う日本の食文化を代表するものが失われていくことを表現した「悲しみの食卓」という絵がモチーフになっているのだけれど、踏みこみ型がやはり中途半端。安く大量に食糧を供給するためには、国産だけでは無理。背景はもっと複雑。いろいろ詰め込みすぎなんじゃないかなあ。彼らが、テロ集団に至る過程がよくわからない。芸術学校が急速に力を得て、九州を独立させることができるほど芸術の力が強かったのなら、芸術で戦うべき。血族にこだわってみたり、反原発だったり…。
食文化を守りたいなら、彼らの暮らしぶり自体がもう少し食を中心とした描かれ方をするべきじゃない?
この劇団は社会問題をテーマにエンターテイメント化している劇団ということらしいけれど、世の中はもっと複雑だと思う。地域づくりから農業を見てきた私としては都会的な捉え方だなと終始思った。かわいがっていた鶏の首を泣きわめきながら切るというシチュエーションも、ありがち。一度も自然の光や風に当たることもなく、命を終えるブロイラーたちの現状を知ることの方が重要かも。イチゴハウスの中で酷使されるミツバチとかね(笑

しかし、世の中、うまい役者は多いとつくづく思う。ほんの7人の出演者なんだけど、レベルは高かった。ただ、ヨーグルトを足に塗って、それをなめさせるシーンには辟易としたけど。

先日の東京芸術劇場のセミナーでの講師扇田氏によると、つかこうへいは、「見るー見られる」関係に支えられた劇場型マゾヒズム。つかが描く男たちは多くの視線にさらされる最大の屈辱の場として「劇場」」を捉えていたとのこと。つか芝居は多くの演劇関係者に影響を与え、つか前、つか後と言われている部分もあるぐらいだから、小劇場の作品にはこの傾向があるのかも。役者はさらけ出したいという欲望をもったマゾ、なんですかねぇ。
ヅカの元娘役の女優が、「演出家にきれいな型をすべて捨ててくれと言われ、困った。ヅカではどのようにしたら美しく見えるかが一番重要だったから」と言っていたのがとても印象的。小劇場系は、さらけだし合戦だね(笑

タバコを吸うシーンが多くて、タバコ嫌いの私としては匂いだけでもいやだった。小道具としてタバコは必要なんだろうけれど。

私、小劇場系は、好きじゃないのかも…(笑

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2013年07月26日

観劇日記 2013年7月 U シェイクスピアなど

吉祥寺シアターにて「ヴェローナの二紳士」を観た。
吉祥寺にこんな公共のシアターがあるなんて知らなかった。
キャパが200名ぐらい。

DSC_0003.jpg

シェイクスピアの最初の戯曲といわれており、20代後半ごろに書いた作品らしい。
ヴェローナからミラノへ勉強のために行くことになったヴァレンタイン。親友のプローテュースには、ジュリアという恋人がおり、留学など行く気はなかったが、父の命令でヴァレンタインの後を追うことになり、ジュリアと愛を誓いつつ、泣く泣く別れてミラノへ。

ヴェローナに着いてみれば、ヴァレンタインはミラノ大公の娘シルビアと恋仲になっていた。これがすごい美女。この美女を狙っているのが、金持ちだけれど、アホで冴えないシューリオ。ミラノ大公はシューリオに嫁がせるつもり。プローテュースは、シルビアの美しさにひと目で参ってしまい、親友との友情の誓いも、ジュリアとの愛の誓いも忘れ、横恋慕し、ヴァレンタインを陥れようとする。プローテュースの諫言で立場が危うくなったヴァレンタインは、森へ逃げ込み、なぜか盗賊たちの頭に。(このあたりがかなりいい加減。盗賊たちに頭になって〜と懇願されちゃう)そんなときにジュリアが恋人プロテュースの後を追って、ミラノへ男装してやってくる。そして、ジュリアも森の中へ…。
シルビアは、プローテュースのウソを見抜き、ヴァレンタインを探すために家出をし、森の中へ…。
森の中でシルビアを襲おうとしているプローテュースを止めたのがヴァレンタイン。ジュリアもその場に居合わせ、プローテュースの不実を嘆く。よくやく目が覚めたプローテュースをヴァレンタインは許し、ミラノ大公はシルビアのヴァレンタインへの気持ちが真剣なのを知り、結婚を許す。めでたし、めでたし。

って、ラストがあれっ?というぐらい簡単にめでたし状態になってしまった。
ウィリアムくんも、駆け出しだったから、そのあたりの詰めは甘かったのかな。

シェイクスピアの戯曲は、セリフがやたらと長く、もってまわった言い方が多い。
よくこんなに長いセリフを覚えられるものだと思う。三島由紀夫よりもマシか?(笑
時間内に終わらせる必要があるためか、やたらと早口だった。言っている意味が理解できないまま、次から次にセリフが出てくる。シェイクスピアの作品って、日本語でやるとこんなふうになるの?
わけのわからないたとえとか、ジョークをすべてセリフとして言わないといけないのかしら。
もう少し整理したら、と思うけれど、それだとシェイクスピア作品じゃなくなるし…。

従者が連れている「犬」という役があって、これがなんともわけわからなくて、そこはかとなく可笑しい。セリフはもちろんぜんぜんなし。ウィリアムくんのセンス、面白いです。


サンモールで「カリオストロ伯爵夫人」
これは月組公演の「ルパン!」の予習のつもりでゲット。
が、「ルパン!」は日程が合わず行かないことに…なんのこっちゃ。
こちらは男性ばかりの劇団。したがってカリオストロ伯爵夫人も男性なのだ。

話は、100年以上若さを保っている不思議な悪女カリオストロ伯爵夫人と、若き日のルパンであるラウールが恋に落ち、ともに財宝を探すというもの。まあ、いうなれば夫人は峰富士子なのだ。だから、いつ裏切るかわからないという緊張感もはらんでいる関係。
隠された秘宝をボーマニャンたちの秘密結社、ラウール、ジョセフィーヌ(伯爵夫人)が3つどもえとなって抜きつ追われつしながら探す。

舞台がとてもよく考えられていて、時空と場所を自在に表現しているのに感心した。
音楽も、メロディアスで、ワクワク感をそそられる。
役者の方たちも、歌の上手な人が多くて、十分見ごたえがあった。
が、しかし、途中、睡魔が…。

モーリス・ルブランのルパンシリーズは、高校生のときにはまってしまい、ほぼ全部読破。実はかなりご都合主義のストーリーで、けっこうはったり的なことも多い。要するにルパン・ワールドにどれだけ入りこめるか。今回はほぼ40年ぶりのルパン・ワールドで、子どものころの、あのワクワク感はなんだったのだろう…と思いだしながら観た。

映像を使って秘宝の隠し場所の暗号や謎解きをすごくわかりやすくしたり、演出はとてもよいのだけれど、お話の荒唐無稽さにどこかついて行けなくて、ああ、年をとったなあ…。

それとシアターサンモールの座席の並び方は平面なので、すごく観にくい。前から8列目のセンターという悪い席ではないのに観にくい。前の座席のおかげで舞台の足元が見えない。よって役者の動きが半減してしまう。今度は、もう少しいい舞台で観たいなあ。もったいない。

男性が扮するカリオストロ伯爵夫人。なかなか色っぽかった。メイクをもう少し丁寧にしたら、もっとよくなると思う。見るからに女装風のメイクなんだもん。
でも、最近、宝塚を見慣れているから、帝劇のレミゼを観たときに「平たい顔族」のおフランス革命…と少々白けたのだけれど、その点、女装メイクながら、おフランスの雰囲気が出ていたのにはちょっとびっくり。
あまり平たい顔族が気にならなかった。

役者の組合せが3パージョンあって、私が観た日は、Tチームでラウールが松本慎也さん、ジョゼフィーヌが関戸博一さんのバージョンだった。
松本さんは小柄ながら、元気なラウール、関戸さんは大柄な骨太伯爵夫人でした(笑

ラウールは、クラリスを捨て、ジョゼフィーヌと秘宝探しの旅に出てしまうのに、秘宝が見つかったら、ジョゼフィーヌを捨て、クラリスの元に帰ってしまう。勝手なやつ。その罰が当たったのか、いろいろ不幸が襲い、やがて怪盗ルパンに。

そうだったけ・・・すっかり忘れていました。
私のルパンは、最初に読んだ「奇岩城」がやはり一番ステキかな。






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2013年07月24日

観劇日記 2013年7月T ストリッパー物語

今月はストレートプレイなど、最近、足が遠のいていたお芝居に挑戦しました。

東京劇術劇場の「ストリッパー物語」が出ていて、気になったのでサイトに行ってみたら、事前レクチャーなるものが2回も開催される。それもチケットを持っていたら、1000円を500円に!
1回目は「つかこうへい、1970年代の表現者」講師:扇田昭彦(演劇評論家)
2回目は「20世紀後半の現代演劇」講師:星野高(早稲田大学坪内博士記念演劇博物館助手・近現代日本演劇史研究者)

お芝居そのものもだけど、このレクチャーにそそられてました。最高のお席。前から3列目のど真ん中。

レクチャーは1回目のつか演劇の解説がとても面白かった。当時のVANホールで開催されたバージョンの録画を見ることができた。画質はひどいけれど、今でも会場の熱気が伝わってくるほど。あのころ、小劇場の空間は熱かったのよねぇ…。三浦洋一を久々に観て、懐かしかったこと!早世されて残念です。今、生きていたら、三国連太郎に次ぐとんでもなく個性的なじじぃ役者になっていただろうなあ。
私は杜夫ちゃん派だったけど。
根岸季衣のストリッパーの、なんだか言葉にならない存在感もすごかった。ほんの十数分録画を観ただけなのに。このときが最初の舞台だとかで、演技になっていないはずなんだけど。

さて、今回のストリッパー物語は、新進気鋭の三浦大輔という演出家によるもの。つか時代の舞台は、ほとんどなにも置いていないような空間。ところが今回はリアルなストリップ小屋の内部と舞台がつくられ、観客はまさにストリップ小屋にいるようなつくりになっていた。
セリフは、以前は声をはりあげ、笑いを誘うような言い方だったのに、つぶやくようなリアルな物言いになっていた。

要するに以前のつか版とはぜんぜん違うのだ…。

実はストリッパー物語は初見。熱海殺人事件は紀伊国屋ホールで観た記憶が…。
リリー・フランキー演ずるシゲ、渡辺真起子演ずる盛りをすぎたストリッパーの明美、その存在感に釘付けにされる。レクチャーをしてくれた扇田氏によれば、あえてみじめなどん底に下降することによって、逆に精神の高みに上がる。どん底のカタルシスとのことだった。

堕ちて行くカタルシス、ねぇ…。

つか芝居は、「見るー見られる」関係に支えられた劇場型マゾヒズム。つかが描く男たちは多くの視線にさらされる最大の屈辱の場として「劇場」が舞台にされているとも。

屈辱にもだえる行き場のない二人とその周辺の人々の人生を息を詰めてみた2時間半。
人間の業と性のすさまじさ、悲しさがしっかり表現されていました。
それはストリッパーとヒモというだけでなく、役者としての業も。
あのさらけ出しっぷりはすごいですよ。うらやましく思えるほど。

真起子さんが、いや、明美がシゲに娘がいることを知り、その娘を支援しようとする心情に至るまでのシーンの心の動きが切なすぎる。明美は堕ちて行く理由が欲しかったのだろうな。やはり時代は変わっても、カタルシスは不変で、普遍なのね。

でも、明美亡き後、シゲはどうするのかしら。彼独りでもっと堕ちて行くにしても、もう堕ちようがない。案外普通に戻っちゃったりするかも。明美がいてこそ、気持ちよく堕ちて行けたわけだから。

ヒドイ妻から逃れたくて、家を出て、ストリップ一座の座長をしているでんでんが、女性がダメになって、オカマになっちゃったという設定に妙にシンパシーを感じてしまった。やはりそういうものなのね(笑

今回の公演はすごく充実した内容だとは思うけれど、もし、もう一度観られるなら、画質の悪いビデオでいいから、VAN99ホールの公演を観たいです。やはりあれが、つか芝居だと思うから。

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2013年07月21日

観劇日記 2013年6月

お芝居を見ても、なにか残しておかないと、すぐに記憶が彼方へ〜。
なので、簡単にでも書いておこう。
ついでに映画も。

6月
まずは「グランドマスター」映画です。
ウォン・カーウァイ監督の新作。トニー・レオン主演、チャン・ツイィーが共演。ときたら、行くしかないでしょ。目にしたときから、そわそわしてしまい、ロードショーの翌日に行ってきました。なぜ香港映画(今は香港映画じゃないけど)とカンフーものに血が騒ぐのかは我ながら不明。
それぞれの流派の達人たちが日中戦争から、香港と中国が国交がなくなるときまでの激動をどう生き抜いたかという系譜のお話。宣伝の仕方が闘い合うようなイメージで展開されているので、香港映画や王監督を知らない人にとっては肩透かしになること間違いなし。
ただ、王監督の映画が好きな私にとっては至福の時間でございました猫

トニーとのカップルのときにツィイーはなぜかいつも恋が成就しない役。トニーさん相手に片思い。その切ない表情がたまらない。そう、実は恋の話なのです。王監督の作品の中の恋の切なさは、たまりません!恋する惑星、花様年華、2041…を思い出すなあ。
ツイィーの黒の毛皮のコートがすごくステキだった。
チャン・チェンの理髪店のお話を今度は映画化してほしい。チャンも、めちゃくちゃカッコイイ!

ここに描かれている中国(香港)なら、大好きなんだけどな。


金子修介監督「100年の時計」
高松琴平電気鉄道開業100年を記念して制作されたご当地映画。
この映画を観賞する映画会に参加し、終わってから、監督や出演者と飲むという機会に恵まれました。で、映画そのものよりも、強烈に印象に残ったのがミッキー・カーチス扮する画家の若かりしころを演じた近江陽一郎クンの華のある風情。映画の中よりも、実物の方が輝いていて眼福でございました。要するにイケメンなんです。
映画は、開業記念なので、電車の中で100年を追憶するというのがクライマックス。ちょっとこじつけ気味。悪くないんだけれど、やっぱり実物の近江クンですっとんじゃった。ゴメン。

「天翔ける風に」シアタークリエ。
元宝塚の朝海ひかるが主演。彩乃かなみも出演。原作が野田秀樹の「贋作 罪と罰」で、それをミュージカル化したものというのに、ものすごくそそられたので観劇。おけぴでとてもよいお席が値下げで出ていたのもご縁かと。ちゃんと「罪と罰」の原作の小説を予習。原作をどのように野田が「贋作」にして、謝珠栄がどのようにミュージカル化したのか。コムちゃんはどんなふうに演じるのか。私の好奇心をものすごくくすぐってくれた。
原作の舞台はロシアから幕末の江戸に、ラスコーリニコフは三条 英(はなぶさ)という女性に置き換えられている。江戸開成所の塾生として学んではいるものの、女性の存在など誰も認めなかった時代。向上心の持って行き場を見失い、金貸しの老婆とその妹を殺してしまう三条。三条の親友である才谷梅太郎、実は坂本竜馬。
才谷を演じる石井一孝さんのさわやかさときたら。こんな親友がいるのに、なぜ三条は思いつめて殺人事件まで起こしてしまうのか(笑 

妹(かなみちゃん)に言いよる溜水石右衛門。吉野圭吾さん、すばらしい。嫌味な役を実に魅力的に演じていました。ん?それって、いいのか?(笑 
原作には出てこない三条姉妹の父。時代に翻弄されて居場所を失くしてしまう男の悲哀がすごく伝わってきた。岸 祐二さん、覚えておきたい役者です。

ラストに服役している三条が、未来に思いを馳せているころ、才谷、すなわち坂本は暗殺され、未来を失くしてしまう。時代を切り開くためには、屍を乗り越えて強く生きていくしかないのか。

残念だったのはアンサンブルと合わせる場面で音程がかなり外れてしまっていたこと。群衆シーンは、このお芝居の重要な要素だから、もうちょっときちんと合わせて欲しかったです。
それ以外は、セットも、演出も、役者陣も、見ごたえがあり、再演したら、また、行きたいかな。

「マイフェア・レディ」大阪オリックス劇場にて2回目。
きりやん(霧矢大夢)を観ているだけで幸せなので、あまり感想にならない〜(笑 5月22日に日生で観たときは、なんと大劇場SS席のようなお席だったので、きりやんが目の前で笑ったり、泣いたり、歌ったり、踊ったりしてくれるのは私のため?と錯覚するほどのしあわせーな時間。ファンになって観るという幸せをしみじみ感じさせていただきました。

さすが大阪、すなわち地元だから、観客のノリが日生とぜんぜん違う。もちろんノリノリだから、ますます楽しくなる。一緒に行った母も、とっても楽しんでいた。
「スペインの雨」の部分が江戸っ子の「ひ」と「し」の違いが言えないところをうまく応用していたり、随所に新しい演出が加えられていて、ウワサのG2を初体験。踊り明かそうが「じっとしていられない」になっていて、多少の違和感はあったけれど、きりやんを観ているだけで、違和感はどっかにすっとんじゃった。どうしてあんなにかわいく、ステキなんだろう…(ファンの欲目?)

ヒギンズ教授に怒るシーンでは、まだオンナの機微が少し足りない気がする。しっかりしすぎちゃってる。それがきりやんの魅力だから、いいといえばいいんだけれど、もう少しオンナっぽいか弱さが出てもいいかも。
あれじゃあ、オンナの扱いがわからないヒギンズは、ますますどうしていいかわからなくなるよね(笑

日生のときは、まだまだ高温が苦しそうだったけど、オリックスでは少し出るようになっていた。これからのきりやん、楽しみだわん。シアターコクーンの「もっと泣いてよ フラッパー」に出てほしいなあ。
アンサンブルが素晴らしかったです。
4月下旬に観た帝劇の「レ・ミゼラブル」は、ロンドンを入れると10回ほど観ている中では、なぜかぜんぜん心に響かず…なぜにスタンディング・オベーション?とまで思ってしまった。映画の完成度が高すぎたから?

宝塚歌劇団花組「戦国BASARA 幸村編」
まったく観るつもりはなかったのに(だってチケット完売だったし、シアターオーブは好きじゃないし)、友人が上京してくるのに合わせて、ちょうどB席がチケット流通センターに定価で出ていたのでゲット。定価で出すなんてエライ!
これもあわてて、DVDを借りてアニメを予習。えーっ!これをミュージカルにしちゃうの?と思いつつも、かえって好奇心が刺激され、おまけにスチール写真でみるみりおの謙信様がかなりイメージに近いじゃないか…ということで、ワクワクしながら行ってきました。
が、3階B席は舞台の背景が半分くらいしか見えない!ということが席についてから判明。迫力が半減でした。でも、ヅカ生たちが、それぞれのキャラに完璧に扮していて、そのことにひたすら驚きと感動だった。彼女たちの演技力はすごい。だって、普段からオンナなのにオトコを演じているんだから。それができることがまずすごいと思う。だから、真田幸村、伊達正宗、武田信玄、上杉謙信、猿飛佐助…なれちゃうでしょ。
音楽がすごくメロディが美しかったり、耳に残ったりで、宝塚大劇場で再演されたら、たぶん行く(笑
でも、そのときには伊達正宗の春風さんはもういないと思うと、かなりさみしいけど。
花組が今、メンバーが一番充実しているかな。来月の「愛と革命の詩」にかなり期待!



posted by 風土倶楽部 at 11:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 極私的観劇日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする