2013年12月22日

観賞日記 「永遠の0」

「永遠の0」初日観賞。
去年の今ごろは、レミゼラブルで大泣きだったけ。1年が早すぎる〜。

私はゼロ戦を見るだけでうるうるしちゃうので、映画の間中も、ほぼずっと涙目。
映画の出来とは関係ないです(笑
原作は、1回目はストーリーテラー百田尚樹氏にすっかり乗せられ、一気読みして、もちろん涙…。
2回目は冷静に読んで、日本軍のマネジメント力のなさを痛感。
昭和史をほとんど学校で教えられず、自ら学ばねばならない日本人にとって、いい教材の一つだと思った。
こういう本がベストセラーになって、多くの日本人が自らの弱点を知るのはよいことです。

さて、映画は、若者に焦点を合わせた、ちょっと甘めのストーリーになっていた。
☆3つ半ぐらい。

なにか物足りない。

なんなんだろう。
レミゼラブルの最後の最後まで流した納得の涙…とは違った。

開戦から、終戦までを2時間ほどで描ききるのは無理というもの。だから、そぎ落とさざるを得ない。
わかりやすい部分、すなわち感情に訴える部分を特に抽出したために、本当に知らなければいけないことをどこまで伝え切れたのかは疑問。

たとえば、日本軍の敗退経緯に関する基礎知識のある年配客は脳内補完しろという感じ。
宮部に「真珠湾で航空母艦を一隻も沈められなかった」とかろうじて言わせているけれど、それだけで済ませていいのか。原作では戦争の経緯がものすごく丁寧に書かれている。だから、宮部の「生きて帰りたい」という言葉が、もっと重いのだ。映画では、妻子を愛しているから、に凝縮されてしまっていた。とても自己中なオトコになっちゃう。最後も、自分の教え子たちが特攻に行かされて、その責任を感じて追い詰められていくという意味でしかなくなる。宮部が胸に抱いていたのは、国家に押しつぶされない気がいだったはず。

ゼロ戦の弱点をもっと突っ込んでほしかった。戦闘能力は世界一だったけれど、パイロットの安全性は最低だったこと。この飛行機がつくられた時点で、すでに「特攻」の兆しが見えていたのだ。人をモノ以下に扱ったから、あの戦争は負けたんだと思う。
飛行距離のことは、宮部に少し言わせていたけれど、それがどれだけパイロットの体力を奪い、意味のない苦労を強いたか。

この映画で一番よかった点は、特攻がほとんど成功していなかったこと、敵艦に到達できずに、ほとんどが撃ち落とされていたことを描いたことかな。

姉の恋人で敵役とも言える新聞記者は出てこず、健太郎の学友たちに、「特攻はテロと同じ」と言わせて論争するシーンが設定されていた。一般の若者と特攻の距離がよくわかる設定なんだけれど、もっと骨太な映画にするためには、新聞記者にしてほしかったなあ。当時も、特攻を美化する世論を作ったのはメディアだったのだから。

こうして映画にしてみると、ストーリーテラーゆえの弱点が浮かび上がったともいえるかも。
そもそも宮部の人物造形が、かなり劇画的。原作を読んでいるときは、戦争の事実と作られた宮部という実在しない人間がうまくリンクしているように思えたけれど、映画にしたら、宮部という虚構を中心に描くことになる。虚構に事実が引きずられるという逆転が起きるというわけだ。

映画化は難しいね。
少なくとも、もう一度観たいと思わせられる映画ではなかった。
原作は、宮部の部分はもういいけれど、戦争の経緯や経過についてはすごくわかりやすく書いてあるので、また読みたい。

とはいえ、キャスティングはなかなかよくて、宮部の岡田准一、景浦の田中泯は、これ以上のキャストは考えられないほど適役。
橋爪功、夏八木勲に泣かされた。さすがです。
特に遺作になった夏八木さんに☆5つ。「残された時間はあと10年、こうして伝えないとな」(だっけな?)というセリフが心に響きました。舞台設定は2004年。
結局、こういう本や映画が繰り返し作られることが重要なんだと思う。それをきっかけに疑問や関心をもったら、自分で調べていくしかない。
色丹島が舞台になる「ジョバンニの島」というアニメの予告編あり。終戦直後にロシアが攻めてきて、多くが捕虜になりシベリアの収容所に連れていかれた。もちろん北方領土は取られた。私は、浅田次郎著「終わらざる夏」を読んで、占守島のことを初めて知った。北方領土でなにがあったのかを。

メディアも、学校も、肝心のことはなにも伝えないし、教えない。
とにかく伝えていかないとね。

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ラベル:映画
posted by 風土倶楽部 at 15:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 極私的観賞日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする