2014年02月26日

観劇日記 3回目の「眠らない男 ナポレオン 愛と栄光の涯(はて)に」

昨夜はついにSS席!
このお席は、舞台全体を観るには不向きで、ちえさまを堪能するお席なのだということがよっくわかった。
2回目の10列目あたりの方が落ち着いて観劇できる(笑

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が、しかし、おかげさまで凋落シーンのちえさまの飛び散るダイヤモンドのような涙をこの目でしっかり確認。
心でしっかりその涙を受け止めてきた。

全身全霊、全力投球で毎回舞台を務めるちえさま。
指先までまったくスキがなく、その姿に涙しちゃう。
姿の美しさ、歌の素晴らしさ、セリフの明瞭さ、そして人を惹きつけてやまない華。
よくぞこのような人が、宝塚歌劇100周年に在籍したものだ。
まさに宝塚の至宝。

ちえさま率いる星組は、ほかの組となにが違うのか。
そこには宝塚の新しい100年を踏みだすなにかがあると私は思う。
ちえさまが作り上げる男役が、従来のものとどこか異なる。どこが違うというのは、まだ言葉にできないんだけど。。。

よくちえさまが言っている、男役になるのではなく、その役になる、というあたりなのかなあ。

宝塚大劇場で観劇した2回よりも、今回の東京宝塚劇場バージョンの方がセリフが少し増えて、わかりやすくなっていること。
戴冠式の場面が、ちえさまが銀橋に出てきて、より盛り上がること、
凋落シーンのペガ子(と私たち観劇グループは呼んでいる)の退場が、ムラではガタガタ大きな音がしていたのに、今回はかなり静かになっていたこと。
フィナーレの紅子と真風のダンスが、ちょこっと振付がかわっていたこと。
あたりが気がついた違い。

当たり前だけれど、全員歌がすごくよくなっていた。特に紅子。
声がすごく出るようになっていた。
真風が出番はそんなに多くないのに存在感があって、成長したなあ…としみじみ。
ねねちゃんも、本当に歌もお芝居も上手。
でも、やっぱり急にナポさまを愛していると言いだすのは違和感あるなあ。
これはねねフィーヌにはどうしようもないこと。イケコが描きこんでいないから。
マリー・ルイーズとの間の子どもを祝福するシーンで銀橋に出てくるねねフィーヌの祝福しつつも、苦しい心情がよく伝わってきた。
まこっちゃんは、歌がうまいなあ。5年後ぐらいに彼女でナポさま再演とかあるかもね。
あー、でも、そのころにはちえさまはもういない…。

でも、ときどきふと、そろそろ外の舞台をやってもらいたいと思うことも。
ちえさまは、やはりフィナーレが一番輝く。REONシリーズが一番ステキ。
たぶん次の高みが待っているはず。
荒鷲の翼を持っているのだから。
ブラームスのように孤独な翼ではなく、ね。
どこまでも飛翔してほしい。どこまでもついていくから。

キラキラに輝いているのに、どこか抱きしめたくなるような、支えてあげたくなる不思議な魅力。
まさにスーパースター、柚希礼音。

そして、そして、やっぱりすごいなあ…とひたすら感心するのが、みっちゃん、じゅんこさん、美穂さん、一樹さんの専科グループ。
じゅんこさんの最後の歌はしみる。みっちゃんタレーランのすごみ。美穂さんの迫力、一樹さんの緩急自在さ。

3回目にしてようやくナポレオンが革命を本当の革命にし、今に通じる新しい社会のかたちをつくってみせたというのが伝わってきた。舞台にメリハリができたから、そう思えたのか?それとも私には3回が必要だったのか?(笑
従来の宝塚的なるものを内包しつつ、骨太な歴史物語をよくここまで作り上げたと思う。
ジェラールの音楽も悪くはないけれど、ロミジュリには及ばない。
やはり小池修一郎とちえさま&星組子のタッグ、専科の実力、裏方陣という宝塚の総力が結集したものだからなんだろう。
こんな舞台、帝劇や日生でもできない。宝塚だからこそ!
世界中でこんな豪華で、ワクワクさせられて、じわっとさせられて、うっとりさせられて、幸せな気分で劇場を出られる舞台なんてない、ない。

この時期にファンでいてよかったと心から思う。
いいものを見せていただいています。

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劇場ロビーにはひな壇が飾られていた。
千秋楽までまだ1カ月もある。
ちえさま&星組子のみなさん、怪我や病気もなく無事迎えられますように。


ラベル:宝塚歌劇
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2014年02月24日

観劇日記 「あひる月13」

王子小劇場で福島県立いわき総合高校演劇部による「あひる月13」を観劇。いわき市に暮らす高校生の今の視点がストレートに伝わってくる内容だった。
震災前と大きく変化した町や周囲、親友との関係性、自分が描いていた未来、大小さまざまな変化を受け止めながらの戸惑い、不安、期待を感性豊かに伝えてくれた。

舞台は高校の仮設校舎のとあるクラス。2013年9月ごろのある朝。生徒たちが交わす言葉は、まさに今風で、そこいらの高校生がわいわいしゃべっている風景となんら変わりはない。クラスには「ヒエラルキー」なるものがあって、3つのグループに分かれている。そのグループの状況を要領よく一人の生徒が説明してくれる。
その要領のよいことといったら!
すんなり高校のクラスにもぐりこめた(笑

そこから一人ひとりが学校に来るまでどんな道筋を通り、なにを感じ、考えているかを語ってくれる。
芝居だからセリフなんだけれど、まるで一人の高校生が赤裸々に自分の心情を吐露してくれるような気持ちになる。

高校なんて遠い世界になっちゃったなあ。
未来が無限に広がっているようで、なにもないような気にもなったり…なにかと感じやすい多感な時期なのだ。

そんな彼らが、震災以来、否応なく変化を迫られ、事実、それまでいた環境が大きく変わってしまった。
そのキズをそれぞれが抱え、あからさまに仲間うちでさえ語らず、日々を過ごしている。
でも、キズは時々、彼らにはどうしようもないなにかを突き付けてくる。

町がどんどん暗くなっていく、育った好きだった場所の自分の記憶が遠くなっていく…悲しさ、あきらめ、苛立ち…

ところが若さのすごいところは、一番のテーマが「どうすれば隣の人を幸せにできるか」なのだ。でも、それを口に出しては言わない。キズをもてあましながら、他者との間合いを探りながら、なんとかよりよいように生きていこうともがいている。

高校生、恐るべし!の内容だった。75分ぐらいの短いお芝居で、観終わるのがもったいないと感じたほど。
会場は満席。
終わってから、階段のところで全員でお見送りしてくれて、おばさんはうるうるしちゃいましたよ。
福島弁がかわいかった〜。

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彼らの伝える話の中に2,3度原発作業員への言及があった。ちゃんと一つのカテゴリーになっているんだな。それも身近な。批判ではなく、一つの現実として受け止めているところに福島があり、彼らの健全性があると思った。

演劇の力も、高校生の力も、思い知らされたひとときだった。
こういう教育ができる先生の力もすごい!
彼らの未来に栄光あれ!

あひる口の缶バッチは、生徒さんたちのデザインだそうです。

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また、観たい!

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2014年02月19日

鑑賞日記 「エヴァの告白」「ほとりの朔子」

久しぶりに映画を2本。

「エヴァの告白」
ジェームズ・グレイ監督の祖父母の体験をもとに製作された非常にパーソナルな映画。
ヒロインは、故国ポーランドを逃れてきた移民のエヴァ。戦争で両親を目の前で殺され、妹と叔母夫婦を頼って米国に渡ってきたものの、叔母夫婦とうまく会えず、おまけに妹は肺病で隔離されてしまう。エヴァも、叔母夫婦と会えないため、身元引受人がいないということで送還されそうになっているときに売春も斡旋してしまう劇場の支配人のブルーノと出会ってしまう。出会うというのは正確ではなく、ブルーノがエヴァの美しさに一目ぼれし、故意に自分のところに連れてきてしまうのだけど。

妹と一緒に新しい未来を築いていきたい、ただ、それだけなのにエヴァの道はあまりにも険しい。文無しの彼女は、ブルーノに説得され、売春をするようになる。。。と底辺をはい回る移民の暮らしが場末の劇場を中心に描かれている。

移民でなくてよかった〜などと思いつつ、女は美しい方がいいのか、悪いのかがこの映画のテーマか?とも。
エヴァは美しいがゆえにブルーノに目をつけられてしまう。ただ、彼に目をつけられなければ送還される可能性もあったわけで…んー、でも、ブルーノに目をつけられたから、叔母夫婦とうまく会えなかったわけで…んー、やっぱり美しさは罪?(笑

監督もマリオン・コティヤールの美しさに心を打たれてこの映画を作ったとか。
まあ、女優は美しいに越したことはないやね。

確かにマリオン・コティヤールの美しさには見とれてしまう。ときに物語がどうでもよくなってしまうぐらいにね(笑 
妹と一緒に未来を築きたいという彼女のたった一つの願いは、どんな絶望も生きる力に変える。
教会で懺悔するシーンで、自分のやっていることが恥ずかしくて仕方がないという彼女に対して、牧師は「許されない罪はない」という。だた、その言葉に助けられるほど現実は甘くはなく、ますます苦境を彼女が襲う。でも、やっぱり彼女の強い意志が未来を手繰り寄せていく。
邦題は「エヴァの告白」だけれど、原題は「移民」
多くの移民たちの未来への希望がアメリカという国を作っていったのだろう。

惚れた女に売春をさせてしまい、かといって拒否されるとキスもできないという複雑極まりないキャラクターのブルーノの行動が読めなくて、最後までハラハラしながら観ちゃった。おかげでぜんぜん眠くならなかった。
☆3つ半。

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深田晃司監督による「ほとりの朔子」

大学浪人中の朔子は、翻訳家の美しい叔母と、やはり美しい伯母が海外旅行に行っている間に海辺近くにある伯母の空家で共同生活を行う。
近くには、叔母の古馴染の兎吉やその娘の美しい辰子がいたり、兎吉の甥で福島から避難してきて、高校を登校拒否中の孝史などがいる。

女性の主要登場人物は、みーんな美しい女たち。
朔子は二階堂ふみ、叔母・海希江は鶴田真由、辰子は杉野希妃(この人の美しいこと!30代前半だけれど、女子大生の役でぜんぜんOK。この映画のプロデューサーでもある。まさに才色兼備だなあ)と美女ばっかり。
ストリッパー物語でとても素敵だった渡辺真起子が、ちらっと旅行前の伯母役で出演。

ここでも、美しくて頭がいい、いわゆる才色兼備だからといって、男選びが正しいわけでもない。
ん?それがテーマ?と思わせられるぐらい、叔母も辰子も、無駄に美しさを浪費しているんだな、これが。

そんな2人の裏事情を知ることもなく、朔子は孝史に淡い恋心を抱く。
一見、ハートウォーミングな映画にみえて、あちこちに毒が仕掛けられている。
叔母は、軽薄な女好きの大学教授と不倫しているし、辰子は無責任な父親が母親を死に追い込んだ過去をひきずっていて、男性不信で逆に大学教授を誘惑してしまう。
ふわふわしている朔子と孝史の2人だけが、案外、ピュアで、恐る恐る人生を手探りで歩んでいるところ。
反原発集会に福島から避難してきているというだけで孝史がひっぱりだされ、話をさせられるシーンは秀逸。こういうの好き。

朔子が滞在する2週間ほどのそんな登場人物たちの日常が淡々と描かれていく。
人生は、どこか悲惨で滑稽なものなんだよね。

シーンにシチュエーションだけ与えられているのかセリフが日常っぽくてリアル。
面白いテイストの映画だった。
始まって30分ぐらいのところで10分ほど気絶。その後は意識をはっきりさせて観た。

☆3つ半。

2本の映画の共通テーマは、美しい女たちはいかに生きるべきか、でした、なんてね。ちゃんちゃん。


posted by 風土倶楽部 at 21:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 極私的観賞日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月14日

観劇日記  宝塚宙組「翼ある人びと」

宝塚宙組「翼ある人びと」を梅田芸術劇場で観劇。

ナポさまで泣けなかった私。
でも、これではしっかり泣けました。
ブラームスが大好きで、30代のころ、ピアノ協奏曲2番を何度聞いたことか。
グレングールドによる間奏曲も。
自分の行く末に対する焦燥感に駆られていた若き日々に、ブラームスの曲でぶいずん救われた。
なので思い入れがあって、よけい泣けたのかもしれない。

「月雲の皇子」がとてもよかったので、上田久美子さんの2作目のこの作品は、すごく期待して観た。

やはりとてもよかった。

ブラームスとシューマン夫妻の関係を心のひだまで丁寧に描いた脚本。
3人の関係に加え、当時の音楽界の状況もリストやワーグナーを登場させ、とてもわかりやすい。
偉大なベートーヴェンが築いた音楽の世界を乗り越えようとする音楽家たちそれぞれの生き方、やり方があることで、ブラームスとシューマンのめざすものがいかに高い壁なのかということがわかる。

ピアノの前でベートーヴェンという高い山の頂に辿りついたとして、どうやって越えればいいのかと問うブラームス。才能をうまく使うことができないでいるブラームスに対して、一度は花開いた才能を見失いつつあるシューマンが注ぐ愛情。その夫の気持ちをわかりすぎているクララは、ブラームスの青くささをやさしく包み込む。

臨終の床で、ブラームスに頂から翼を得て、飛び立てというシューマン。
このあたりから、泣けて仕方がなかった。

そして、シューマンを失ったクララはベルリンへ。
ブラームスに対して、クララは自由と時間を失った私は作曲を続けられなかった。だからこそ、あなたは自由を失ってはダメ。音楽の道をしっかり歩みなさいと、送り出す。

30代のころ、毎日のように聴いてはいたけれど、その背景にまで思いをいたるほどの余裕はなかった。
知っていたのは一生独身だったこと。クララとの間になにかがあったらしいことぐらい。
ブラームスの音楽は、光と影の陰影が濃い。そして、その影の部分には重さが感じられる。
今回の上田作品は、この重さの部分を十分感じさせてくれる説得力があった。

交響曲第3番3楽章が、こんなにもロマンチックで切なく聴こえるとはねぇ。

まーくん(朝夏まなと)、緒月遠麻、怜美うらら、主役3人の脚本にしっかり応えた丁寧な演技。
特にうららクララの美しさは、冒頭の宝塚的オープニングのダンスだけで鳥肌もんでした。
クララがこの美しさなら、この作品はきっと素晴らしいと、この時点で確信したほど。
でも、それだけにとどまらず、うららクララは生きることのつらさや苦しみもにじませつつ、上品な色気と豊かな包容力を感じさせてくれた。大人の娘役。素敵〜!!!

愛月ひかるのリスト、澄輝さやと演ずるシューマン夫妻とブラームスを結ぶバイオリニストのヨアヒム、すみれ乃麗のルイーゼ、それぞれとても的確で、安心して観ていられた。
ベートーヴェンのようなもの?なんていう難しい(?)役の凛城きらも、よくやっていたと思う。

おかげさまで一度も眠くなることもなく、作品を堪能できた。
上田さん、このクォリティをずっとお願い!

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バレンタインデーだったので、出演者のみなさんによる手書きのメッセージが印刷された大きなカード(?)をもらった。
まーくんがカーテンコールで、バレンタインデーに毎年、この作品を思い出してね、と言っていました。
うん、たぶん思い出すと思う…(笑




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2014年02月11日

観劇日記 「さらば箱舟」「宝島」

大雪の日、吉祥寺シアターで寺山修司作の映画「さらば箱舟」が舞台化されたというので観劇。
オーストラ・マコンドーによる、約一世紀にわたる小さな村の一家の興亡を描く一大叙事詩をつづる舞台。
小さな舞台なのに出演者が80人以上。それも若い人ばかり。

映画を観ていないので比較ができない。
でも、映像に匹敵する時間経過と群衆劇を表現できていたと思う。
常に舞台上にある時計と、時を刻む「ちっ」という声。
村の日常を表現する大勢の村人たちの動き。
村の暮らしの猥雑さや混沌とした人間の臭みが伝わってきた。

近代が押し寄せてくる中、土俗的社会の人間性がどう変化していくのか。
土俗的な社会で刻まれていた時計が壊されるとき、失われるもの、再生されるものとはなにか。
それは誰にもわからない。

ラスト10分間ほど全裸で若い女優が演じたスエ。無垢な体のまま、村にできた穴に飛び込む。
「百年経ったらその意味わかる、百年経ったら帰っておいで」と叫びながら。

寺山と時代を共有していない若い人たちが、舞台で寺山戯曲でエネルギーを爆発させていることに、妙に感慨深かった。

歳だなあ(笑 
という私が、どこまで寺山を知っているかといえば、心もとないのだが、少なくとも60〜70年代の同時代を生きていたにはちがいない。

消化しきれないなあ、と劇場を出てきたら、ものすごい雪で中央線は吉祥寺で運休。総武線が30分遅れでかろうじて動いていて、あわや遭難するところだった(笑

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プロジェクト・ニクスによる「宝島」
東京芸術劇場シアターウエストにて。

池袋だから、あまり足を向けたくないけれど、この劇場の地下のシアターウエストとイーストは、大好きな劇場だ。大きさがちょうどよい。吉祥寺シアター、座・高円寺など、このキャパの劇場っていいなあ。

さて、またしても偶然だけど再びの寺山修司原作。子ども向け戯曲「宝島」を大人向けのファンタジーに替えての舞台。ゲストは、未唯(Mie)。

演者は女性ばかり。物語をけん引していく寺山とシルバー船長を演じたのが未唯。ピンクレディは、もちろんリアルタイムで知っているし、テレビではよくみていた人。初めて舞台でみて、その存在感に驚いた。彼女をこの役に選んだ人の眼力ってすごいなあ。

今日のセリフ
「なみだは人間の作るいちばん小さな海です」
寺山修司が集めた言葉の一つ。人魚姫より。
「振りむくな。後ろには夢はない」もよかったな。

寺山の言葉を伝えようという舞台だから、セリフが明瞭でよかった。
とはいえ、セリフ回しの間が微妙にずれていて、この集団のクセなのか、技術が足りないのかは?(笑
客席を巻き込んだ舞台づくりは、とても楽しかった。

テレビで時折見かけるサヘル・ローズが、例の流暢な日本語であばずれ女を演じていた。
彼女に限らず、出演している女優陣が、みな不思議な存在感を持っていて、とても面白かった。
女性ばかりという設定のみが共通項だが、純粋培養の宝塚のジェンヌたちとは違った、底しれないなにかを感じさせる役者たち。サヘルさんはじめ、今後のみなさんの活躍が楽しみ。

この演劇集団、今後もチェックしよっと。

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未唯さんは、おフランス料理がお好き?(笑

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2014年02月01日

観劇日記 FUKAIPRODUCE羽衣「女装、男装、冬仕度」

座・高円寺でFUKAIPRODUCE羽衣「女装、男装、冬仕度」を観劇。

この劇場の大きさはちょうどいいなあ。
舞台は1幕もので、登場人物分の墓標が舞台の奥にずらっと横に並んでいる。
始まりと同時に、天井から雪に見立てた紙吹雪が絶え間なく落ちてくる。
照明に照らされて、まるで生きもののように変則的な動きをしながら、落ちてくる。
最初から最後まで落ち続ける雪。
舞台に常に動きが出ること、冬の季節感があることなどから、演出としてとてもうまいと思った。

そこに現れるのがバイクに乗ったカップル。
雪道を危ない運転をしながら、バイクを飛ばしているカップルの疾走感がすごくよく出ていた。
ここで、お!なんだか楽しそうな舞台じゃないの、とかなり期待。

その後、墓場でセックスをしようとやってくるカップルのやりとりがあって、小学校の雪合戦のシーンへ。
雪合戦をきっかけに小学生同士の淡い恋模様が軽快に展開。
全員が舞台に出てきて、躍動感にあふれる歌とダンスで盛り上げる。

ここらあたりまでは、なんて楽しい舞台なんだ!と思っていたんだけど…。

このあと、ピンサロでの客の男と、ホステスのやりとりで急に舞台のスピード感がなくなり、眠気が襲ってきた。妙にリアルにホステスの男へのサービスを展開していくんだけれど、この必然がぜんぜんわからず。
小劇場系というのは、どうしてこういうシーンを入れたがるのかなあ。
セックスは人間を表現するうえで欠かせないアイテムだとは思うけれど、この舞台にこれが必要だったのかな。

舞台展開のスピードも失墜。
急につまらなくなって、とにかく眠気と闘う。
原因は、舞台展開のパターンにもある。
大勢でダンスして、歌って、一つのカップルが物語的な芝居をする。
このパターンが繰り返される。
オリジナルの音楽は、とても聞きやすく、メロディアスなものなのだけれど、残念なことに歌詞が明瞭でない。この劇団は、この芝居を「妙−ジカル」という言い方をしているが、それで逃げない方がいいと思うなあ。歌詞を明確に観客に届けることが重要。そうでないと興味も半減しちゃう。すなわち集中力が落ちる。

後半はタイトルとおり、女性と男性が服を舞台で交換して、男装と女装になる。
そして、再度、前半部分の芝居を同じように演じる。
これがぜんぜん面白くなかった。
服を取り変えただけに終わっていたからでは?

観客を楽しませることと、創り手たちがやりたいことを融合させるのは難しい。
演者たちが、とっても楽しそうなのが気になった。
振りとか、なかなか工夫していて、視覚的に楽しめるのにもったいない。
1時間ぐらいなら、すごく楽しい舞台だったけれど、2時間になると飽きちゃった、のは私だけかな?(笑

まあ、このところ、サービス精神に富んだ宝塚を観る機会が多いから、どうしてもないものねだりになりがちなのよね、きっと。

ラベル:ミュージカル
posted by 風土倶楽部 at 18:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 極私的観劇日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする