2015年08月30日

天童荒太著「永遠の仔」

天童荒太著「永遠の仔」

長い…あまりにも長い。
文庫版3巻までは、丁寧に読んでいたんだけれど、4巻目からは早回ししてしまった。読書なのにね(笑
とてもデリケートなテーマだから、詳細を書き込まなければならないこともわかるけれど、5巻分が必要かといえば、そうは思えない。アルツハイマー病などの高齢者の話は必要なかったのでは?特に岸川夫妻の話は、4巻目から急に登場してきて、妙に話をまとめるセリフが多くなり、唐突な感じが否めない。ここまでの長編で、ここだけ説明調のセリフが多くなるのは納得がいきませぬ。

双海病院での子供たちにつけられた呼び名が難しくて覚えられなかった。なぜ英語読みに変換し、なおかつそれを短縮して呼び名をつける必要があるのか。それぞれの子供の抱える疾患を現し、互いを尊重するためなら、もっとわかりやすい簡単な名前の方がよくない?
たとえばジラフ。きりんを意味するということだけれど、「きりん」でいいじゃん!(笑

ものすごい力作ではあるし、テーマも小説だからこそ描ける人間の尊厳とは?を追及した深い話だとは思う。
でも、物語の要である雄作が一番描けていないため、結局、罪悪感に振り回され続ける登場人物たちが、読み進み、謎の回りの霧が晴れてくるにしたがって、単に不幸な人たちにしか思えなくなってきた。

表紙の人のオブジェが怖い。

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2015年08月28日

8月の映画鑑賞いろいろ

メモしておかないと忘れる〜。
ストーリーだけでなく、時折、観たことさえ忘れてしまってるカレイなる日々・・・

「野郎どもと女たち」(ガイズ&ドールズ)
1955年制作。新生星組の公演が「ガイズ&ドールズ」ということで、へえ〜!と思っていたら、BSプレミアムで「野郎どもと女たち」が放送された。同じものとは思わず、録画していた。
マーロン・ブラントのスカイとフランク・シナトラのネイサン。ばっちりですな。
でも、お話の内容は古臭い。星組は、またまた昭和な匂いぷんぷんの公演なのか?とあまり触手が伸びず、東京公演までお預け。
マーロン・ブラントの色気は半端なく、これなら、どんなお堅い女性でも堕ちちゃうかもな〜。

「そして父になる」
こんなことになったら、そりゃあ悩むよね〜。
福山くんが、すごくリアルに嫌なやつをやっていて、ホントにこういう人?って思っちゃうほどだった。
ホントにそうなの?(笑
結局、家族はどれだけ思い出を共有しているか、が一番大切なのかもね。
この2つの家族は、これから1つの家族になっていくのだろう。だとしたら、災い転じて福となるかも?
ただ、リリーフランキーと真木の夫婦のリアリティがイマイチあるようなないような。ちょっとメルヘンチックだったかな。
いつも思うけれど、子役ってすごいなあ!

「まほろ駅前狂騒曲」
友人に勧められたので見た。漫画が原作かと思い込んでいたら、三浦しをん原作の小説だった。
おまけに直木賞受賞作。これは映画のシリーズ3作目みたい。
多田くんと行天くんの妙な関係と間合いに惹かれて、最後まで観ちゃった。
永瀬正敏が、しもぶくれのおじさんになっていてびっくり!寄る年波は彼をこんなふうに変えちゃったのね。
面白かったけれど、永瀬くんの変わりようが一番印象に残った。

「獣の戯れ」
1964年制作。言わずと知れた三島由紀夫原作。
1年ほど前に再読してみて、なんてめんどくさい話なんだ…と思った。でも、若尾文子さまの優子をどうしても見たくて・・・
やっぱりめんどうな話。Sな旦那とMな妻。そこに世間知らずの一本気な若者がからみ、どろどろに。
三島って、どうしてこんなぐちゃぐちゃしたことが好きなんだろう。そして、60年代は、そういう作風がもてはやされた時代。アングラ系の劇団も、こういうどろどろぐちゃぐちゃが好きだったよね〜。今、映画化しても受けないだろうな。文子さんは、ぐちゃぐちゃがとっても似合う。女そのもの、だからかも。色っぽい人や〜。今は、文子さんみたいに妖艶な女優ていないよなあ…。

「地獄の黙示録」
1979年制作。コッポラの代表作。有名な映画だけれど、部分的にしか見てなかったので、忍耐強く最後まで観た。映像は美しいし、ワーグナーの音楽に乗せての攻撃シーンとか、わかりやすいんだけど、後半はなにが言いたいのかさっぱりわからん!血なまぐさいだけで、なぜカーツ大佐が、あの地に君臨できているのか謎のまま。もったいぶったグロっぽい映像が長まわしで見せられるのにうんざり。観なくてもよかった映画だった。

「スウィニー・トッド」
2007年制作。ジョニー・デップ、ヘナム・ボナム・カーターの二人がやっぱりすごい!
ナンバーも、さすがソンドハイム。甘いナンバーが素敵。
が、話の内容は、血なまぐさくて好きじゃない。いくら自分がひどい目に遭わされたからといって、罪もない町の人を手にかけるというのが理解できない。ラストは悲しすぎるし…。
POBがらみ(プリンスが舞台の演出を手掛けた?)でなければ、観なかった。
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2015年08月24日

岩波ホール「夏をゆく人々」

カンヌ映画祭グランプリ受賞の「夏をゆく人々」を鑑賞。

「養蜂」や「ミツバチ」がテーマだと、NPO法人みつばち百花の代表なので、一応なんでもチェックすることにしている。日曜日にガーデンで作業をするはずが、雨になったので、急遽岩波ホールへ。
会場は4割ぐらいの埋まり方だったかな。
グランプリ受賞とはいえ、地味な映画だもんなあ。

サイトには、「昔ながらの方法で養蜂を営む一家」とあるけれど、私には、どこが昔ながらなのか、よくわからずだった。養蜂の様子は、そんなに出てこない。巣箱の中をチェックしているところ、蜜を遠心分離機で搾っているところ、大きなタンクから、小さなバケツにハチミツを移し替えているところ、ぐらいかなあ。。
移動養蜂ではなく、定飼のようだ。ローマ時代の遺跡があるような田舎町みたいだから、そこそこ蜜源があるのかな?と、すぐ考えちゃう。ミツバチ関連の作品は、なかなか純粋に見られなくて困る〜。

下記、ネタばれ多し。ご注意を。

時代がいつなのか、明確にされていないけれど、20年前ぐらい?
場所はイタリアのトスカーナ地方。
4人の娘を持つ養蜂家の「おやじ」の愛情表現は、あまりにも不器用で、怒鳴ってばかり。長女のジェルソミーナに養蜂を仕込み、とても頼りに思っているくせに…。そんなオヤジを素朴な娘はやさしく見守りつつも、多感なお年頃なので、いろいろ疑問に思ったり、目覚めたり…要するに少女の世の中への目覚めを描いた映画。
面白かったのは、少女の特技が口からミツバチを出し、顔を這わせるというもの。オス蜂でやっているよね。
というように見てしまうから、そのシーンがそんなに特技?と思ってしまった(笑
一応ミツバチの活動を10年もやっているもんね(笑

隣の畑で使われた除草剤でミツバチが打撃を受けたり、食品衛生の条件を突き付けられ、作業場の改装をしなければならなくなったり…と、オヤジはいろいろ大変。だから、つい子供たちにいらついたり、怒鳴ったりしてしまう。
妻が美しい〜。このオヤジに、この妻〜?と思ってしまった。
その妻も、やはりオヤジの生き方が不器用すぎて、もう別れちゃおうかしら…と、わりに頻繁に思ったりしているらしい(笑

ストーリーは、サイトにすべて出ている通り。
この映画のハイライトの部分で、オヤジが、娘が応募したテレビ番組の特産品コンテストに出場する羽目になり、あなたのハチミツを説明しろと言われ「純粋でナチュラルなもの」としか言えず、「アグリツーリズムを賞金でやりたい」と言った除草剤を使った隣のオヤジ(牧畜業だっけ?)が優勝するという皮肉な結果が、ちょっとイタいエピソードだった。
オヤジは、もともとそんなコンテストに出る必要はないと大反対していたわけで、養蜂を語りたいわけじゃないから、コメントの用意なんてしていなかったのだ。まあ、普通はそんなもんよね。でも、テレビ番組だから、ビジュアルのインパクトがあったり、みんなが「ほほ〜」と思うことを言ったもん勝ち。

この一家がマットレスを庭に出して、寝ているシーンが何度か出てくる。
オヤジは、天気がよければ、いつもそうやって寝ているみたいだし…
トスカーナの養蜂家は、ああやって寝るのがふつうなの?(笑

私は、あまり好みの映画ではなかったけれど、眠くならなかったので、それなりに面白かったみたい…というあいまいな言い方(笑)
ラスト近くにある洞窟のシーンが秀逸。あのシーンは観る価値あり。監督は、あれがやりたくて、この映画を撮った?

結局、この一家は、この家から去って行ったみたいなラストで、余韻は残るだろうけれど、イタリアの養蜂業はどうなっているのよ、なーんて現実的なことをつい考えてしまう「業界人」の宿命(笑 
テーマは「少女時代」なのに(笑

この映画を見た人は、養蜂家って、あんなに怒鳴り散らしてばかりいるのね…と思っちゃうかもなあ〜。
私の知っている養蜂家は、みんな、いい男たちなんだけど…
映画を見ながら、その友人たちの顔がちらついてしまった。


ラベル:ミツバチ 映画
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2015年08月23日

吉祥寺シアター「人民の敵」

イプセンに初挑戦!
2時間35分かあ…と、かなり自信がなかったのだけれど、なんと完璧に覚醒。
眠気も一切なし。私にも、まだまだ集中力は残されているのね。
面白すぎた!

舞台は、中央に一枚の板、四方を客席が取り囲む形。
吉祥寺シアターのキャパにちょうどマッチした舞台設定だと思う。
役者の人は360度に演技をしなければならないから、大変だろうなあ。
でも、みなさん、達者な方ばかりで、舞台の緊張が途切れなかった。
瀬川亮、山本亨、有薗芳記・・・テレビで時折お見かけする方たちだった。
瀬川さんは、ちょっと堺雅人に雰囲気の似たイケメン。

アフタートークで、演出した森新太郎氏が、現代のネット社会での集中攻撃などにも通じるから、この戯曲を選んだということだったけれど、1882年に書かれたものだとは思えないほど、現代にマッチしている。

地域おこしで湯治場として成功しているとある田舎町。その関連施設で医者をしているストックマンは、湯治場として町興しを提案した当事者だった。ところが、彼が密かに観光の目玉である温泉の湯を調べてみたら、バクテリアに汚染されていることが判明。給水パイプの不備により、川の上流の皮なめし工場から廃液が流れだし、温泉に流入しているようだ。正義感にあふれたストックマンは、地元紙に公表し、給水パイプの再設置工事をするよう町に働きかけようとするが、事はそう単純に運ばない。工事は莫大な資金と2年の温泉場の閉鎖を必要とする。町は、温泉を中心に経済が回っている。市長は兄、工場は義父が経営しており、さまざまなしがらみの中、やがて協力を申し出ていたメディアの豹変、支持者たちの変心にみまわれ、窮地に陥っていく・・・

地域づくりにおける利害関係、行政のあり方、メディアとの関わり方、などがすべてリアルに盛り込まれていて驚いた。まるでかつての公害病の成り行きみたいなものではないの!19世紀後半の社会と現代はほとんど変わっていないということは、人間はちっとも進歩していないということ?
戯曲の題名の訳は、「人民」派と「民衆」派があるそうで、今回は「人民」を選択。原題が「国民」という意味だし、「民衆」というと底辺のという意味が強まってしまうから、だそうだ。

本当は3時間半ほどの戯曲だそうだが、今回は少しつまみました、とのこと。
原作では、ストックマンは50代で、子供が3人いることになっているが、今回は、あえて若い青年にして、妻は身重という設定にしたそうだ。そのため、これから生まれてくる子供たちに対して、どういう町を残すのかがとても鮮明になっている。

それにしても「世論」は、怖いものだなあ。誘導でどうにでもなる。
そして、メディアは、「世論」をつくりつつ、自らがアジった「世論」でどんどん変節し、民意が常に正しいという立場にたって、「世論」の錦の御旗を振りまくる。
第4景の討論のシーンでは、その世論をつくる「人民」を敵に回したときの怖さを十分感じることができる演出になっていた。まさにネットの中で少数意見がつぶされていく現実と重なる。

ストックマンの正義感も、上から目線のうえ、ちょっとラディカルすぎて、もう少し謙虚さや交渉能力があった方がいいんじゃないのぉ?と思ってしまった。気持ちはわかるけれどね。自分の手柄に固執しすぎ。と、彼も決して欠点がないわけではない。そこがリアル。

世の中は、こういうふうに成り立っているよね〜と、うんうん、頷きながらの2時間35分だった。
けっこう苦笑い、というようなセリフのやりとりが多かったのだけれど、客席はそんなに笑いが起きていなかった。これ、本当はものすごいコメディなんじゃないのかな・・・と、ずっと思いながら観ていた。笑いが少ないのは客席の「人民」側に自覚がないから、なのかしら(笑
森氏によると、イプセンは正解を提示するタイプの作家ではなく、観客側にとらえ方を提示するタイプらしい。
トークで面白かったのは、ドイツ(だったかな?)での公演では、集会シーンで観客にも意見を求め、観客が積極的に参加していたという話。日本なら、沈黙ですよね〜とも。確かに…ネットの中ではにぎやかなのにね(笑

今回の森氏の演出は、役者さんたちには負担が大きかったとは思うけれど、シンプルさゆえに舞台に集中できた。ラストのストックマンが、再び本を手にするところは、希望が持てていい終わり方だったと思う。
一人でも多くの人に見てもらいたい舞台です!

イプセンは偉大だ。
「ペール・ギュント」を観たいなあ。神奈川劇術劇場とかでやっていたんだけどね。
今回は、ちえさまと全く関係なし(笑
急に思い立って観に行ったのだけれど、大当たり!だった。
ただし財布を忘れていって、プログラムの「人民日報」100円が買えず、残念〜。
財布がなければ、100円に泣くのだ…

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2015年08月21日

東劇METライブビューイング「メリー・ウィドウ」

2013年8月26日は、ちえさまの「ロミオとジュリエット」の東京公演千秋楽だった。
終わってしまうと思うと寂しくて、寂しくて・・・その同じ時間帯で東劇のMETライブビューイング「アイーダ」を鑑賞していた。
その「アイーダ」は、アラーニャのラダメス、リュドミラ・モナスティルスカのアイーダで、素晴らしかった。
しばし、ちえさまのことを忘れることができるほどに。

今回は、「メリー・ウィドウ」を鑑賞。
やはりちえさま(柚希礼音)に関連して・・・(笑

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なんと、この公演は、オペラとブロードウェイの融合をめざしたもので、演出が、あのスーザン・ストローマン女史なのだ!
POB(プリンス・オブ・ブロードウェイ)では、プリンス氏と共同演出する、あのお方。
今頃、ちえさまがNYで、すごくお世話になっているはず。

そして、ヴェランシェンヌは、「王様と私」で2015年トニー賞主演女優賞に輝いたケリー・オハラ。

これは観るしかないでしょ。
と、東劇にまっしぐら。
ちえさまに関することだと、どうしてこんなにすいすいと動けるのかしら。てへ(^_ ^;)

すばらしかった〜。
ラストのハンナ(ルネ・フレミング)とダニロ(トーマス・アレン)の二重唱の美しさに自然に涙が出た。

ケリー・オハラの歌唱力には、びっくりだった。
渡辺謙は、こんなにすごい人とやっていたのね。

そして、ストローマン女史の演出。
おしゃれで、華やかで、楽しくて、素敵で・・・
特にカンカンのダンスのシーンに目が釘づけ。

インタビューでは、歌の部分を大切にしたというようなことを言っていた。
全編英語バージョン。
オペラ歌手たちは、普段セリフをあまり言わないから、彼らのほうが戸惑ったみたい。
でも、出演者は、みんな、とっても楽しそうだった。
インタビュアーによるストローマン女史の紹介も、ブロードウェイでもっとも活躍している演出家というもの。
彼女は、本当にトップ中のトップクラスの演出家だということがよーくわかった。
(ブロードウェイのことなんて、まったく知らないもんね)

舞台美術も、衣装も、なにもかも最高!
こんな珠玉の公演を気軽にみられるMETライブビューイングは素晴らしい!
帰宅してから、検索してお勉強したら、METのミュージカル化という問題があるらしい。
メリー・ウィドウは、オペレッタだから、もともとミュージカルみたいなもの。
ぜんぜん違和感はなかったなあ。

ちえさまが、どんなに高い壁に向かって挑もうとしているのかがよくわかり、心の中でばあやは涙しました。
ちえさま、がんばれ!
こんなすごい世界に迎え入れてもらったこと、それだけであなたはすごい人なんだから、大丈夫!
彼らが一緒にできる人だと選んだ時点で、もう高い壁の半分は上ったも同じ。
あと2か月。ドキドキが止まらない。

METライブビューイング、クセになりそう。
秋から通っちゃいそうだわ。

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2015年08月19日

東京宝塚劇場 宙組「王家に捧ぐ歌」

感動!
素晴らしかった!

6月に宝塚大劇場(ムラ)で見たときより、ものすごく進化していて、迫力が増し、圧倒された。
まーさま(朝夏まなと)は、ムラでは、人はいいけれど、ちょっと頼りなげなラダメスだったけれど、今回は男らしい自信に満ちたラダメスになっていた。
それは、まーさまのトップ就任からの道のりでもあり、見事に開花したのね。
特に声量が増して、力強く、これなら、エジプトをお任せできる!と思った。

そして、みりおん(実咲凛音)
前回も、よかったけれど、今回も、自分の考えをしっかり持った芯の強い王女を以前にも増して表現していた。女が女に惚れる男前な王女で、初演のとうこさん(安蘭けい)をしのぐ勢い。歌も、高温もきれいに決まり、力強い。将軍ラダメスが国を捨ててでも、一緒に生きたいと願う女性像になっている!

うらら(伶美うらら)は、お芝居はまったく問題ない。もう一人の悲劇のヒロインであるアムネリスの高慢さ、かわいさ、一途さをすべて余すところなく表現。歌は、高音になると、弱くなってしまうのが本当に残念。でも、許せる範囲だった。ラストの「私が生きているかぎり・・・」の決め台詞も、しっかり決まっていた。

真風は、ますますイケメン・ウバルドぶりで、ちえさま譲りの色っぽい振りで大変よろしい。
1幕も、2幕も、真風で始まる物語。しっかりいい仕事をしている〜!

ムラではSS席で観たのだけれど、この公演は、やはり後方あるいは2階席のほうが見応えがある。
昨夜は、B席センターでの観劇だったけれど、SSで観たときよりも迫力が感じられ、舞台全体のパワーを感じることができた。
2幕のエジプト軍の凱旋の群舞は、SSでは気付けなかったフォーメーションに鳥肌が立つほどわくわくした。
これぞ、宝塚だ!

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全体にスキのない演出と役者たちの息の合った熱演で、完成度のとても高い作品に仕上がった。
「人は、自分のためにしか動かない」
「お金があるから、なんでも買える」
私たちが日々直面する身近な欲と、国家という大きな組織を守るための宿命を巧みに取り混ぜ、スケールが大きい内容にもかかわらず、自分たちもエジプト側になったり、エチオピア側になったりして、見ることができるのが、この作品の素晴らしいところだろう。
そして、耳に残りやすい音楽がどれも素晴らしい。
特にラダメスとアイーダの共に国と家族を捨てて旅立ちを約束する「月の満ちる頃、あなたと私を乗せた舟はナイルを下り、海へと漕ぎだす」と歌うナンバーが大好き。
何度でも見たくなる。

ちえさま(柚希礼音)のナポレオンのときの勢いに近いものを感じた。
で、結局、家に帰ってから、また、また、初演の新人公演を見てしまった・・・
ちえさまラダメスが、やっぱり一番好き♡

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宙も、雪も、頑張っているなあ。

星、大丈夫なのか…昨日、気になる謝罪文がアップされていたけど。
最低の社会常識は、ジェンヌといえども持っていてほしい。

ラベル:宝塚歌劇
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2015年08月18日

川端康成著「女であること」

1956年に書かれた小説。
古臭いかな…と思って手に取ったけれど、まったく感じさせなかった。
もちろん当時の風景や日比谷のあたりの雰囲気は異なるけれど、人間の心情は、いつの時代もそう大きな違いはない。

弁護士佐山の妻市子を理想の女性として、殺人者で裁判中の男の娘妙子と、夫が女をつくり家を出てしまった市子の女学校時代の親友の娘さかえが、周囲をぐるぐると回り、人生にもがいていく様子が丹念に描かれている。

人生の最初から大きなハンデを背負わせれた妙子が、しがみつかざるを得ない男子学生の存在、
父親コンプレックスゆえに年の離れた佐山に惹かれて、苦しむかなえ。
初恋の人と別れてしまい、いまだにそのときの熱情に時折、わけもなく襲われる市子。
人生にありがちなさまざまな「傷」が、男と女の情感の中で広がったり、癒されたり、再びの傷になったり…。
そんな繰り返しで人生は過ぎていくのだろう。

川端康成らしい日本人の情感にあふれた小説だった。
翻訳されたものを読む海外の人は、この文章の中の日本のあいまいさや、こまやかさを理解できるのだろうか。

物語は動きそうで、動かず、なのに登場人物たちを引っ掻き回すさかえの存在が気になって、538ページという分厚さなのに一気に読み終わってしまった。
丸の内から日比谷にかけての描写が、とても懐かしかった。
川島雄三監督により映画化されているので、見たいなあ。
市子が原節子、かなえが久我美子、妙子が香川京子、佐山が森雅之・・・いい配役だわん!

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2015年08月14日

宝塚大劇場 雪組「星逢一夜」「ラ・エスメラルダ」とバウホール「オイディプス王」

雪組「星逢一夜」「ラ・エスメラルダ」


ヅカ友たちが、ハンカチが必要と言っていたので、バックからすぐに取り出せるようにしていたんだけれど、私は泣かなかった。
でも、しっとりしたとてもよい作品だった。
「月雲の皇子」も、ついリピートしてしまった上田久美子さんの作品は、今後も期待しちゃうなあ。
歴史の事象をうまく取り入れて、人間の生きざまを重ね合わせた深い内容の作品だった。

ちぎちゃん(早霧せいな)、みゆちゃん(咲妃みゆ)、だいもん(望海風斗)の3人の息の合ったお芝居は、安心して物語に身をゆだねられる。子ども時代、青年時代、そして、それぞれの重荷を背負った壮年時代へと鮮やかに演じ分けている。3人とも役者やのう…

脇では、やはりじゅんこさん(英真なおき)の吉宗が物語の要となっていて、素晴らしい!
演出も、星見の櫓がうまく使われていたり、星まつりの美しさが悲しい物語に華やかさを添えていたりと、緩急がつけられていて、とても楽しめた。というわけで、お芝居は、和ものの雪組の面目躍如だった。

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ショーの方は悪くないんだけど・・・単調。
真夏のショーらしくてラテンな感じはよく出ているんだけれど、「エスメラルダ」の連呼、連呼、連呼で、もうわかったよ〜と言いたくなる。
ものすごくパワフルに頑張っているんだけれど、この単調さはどうよ・・・
エスメラルダって、エメラルドのことなのね。だから、なんとなくカメレオン色だったわけか。

まあ、私は、ひとこちゃん(永久輝せあ)を見ることが最大の目的だったので、番手も確実に上がり、見せ場もちょこちょこ設けられるようになっていて、大変満足でございました。
美しい〜!

雪組は、3番手以降がひしめき合っていて、かなり混戦のように見えるのは私だけか?
2列目観劇だったから、目の前でほぼ誰が誰か確認できたから?

星組が星組でなくなった今、雪組が一番好きだわ〜。


専科「オイディプス王」

悲劇、なのよねぇ。どうしようもない悲劇。
オイディプスコンプレックスの語源になったギリシャ悲劇。
深層心理として男は父を殺し、母とむつみあい、娘と共に歩み、最後に神になるという願望があるらしく、ならば、オイディプスはすべて満たした幸せな男なのかも、と、ちょっと思ってしまった。いろいろなことに目さえつぶれば、ね。

アポロンのご神託にすべて委ねる人間たち。
もともとそんな神託を聞かずに手元でオイディプスを育てていれば、こんな悲劇はおきなかった。なにかにすべてをゆだねてしまうことは、恐ろしいことだ。
でも、そこまで踏み込めているかといえば、ちょっと弱いかなあ。演劇の圧倒的パワーを感じさせないと、これだけの悲劇をねじ伏せることはできない。宝塚は、相変わらずチャレンジングだなあ。オイディプスは、運命にもてあそばれた哀れな男にしか見えないんだけど、この悲劇の芝居はそれでいいのか?
小柳さんだから、わかりやすくまとめられていたけれど、胸に迫るものがなかった。

途中、オイディプスが当のその人と本人に判明する直前に1分ほど寝落ち。
かちゃ(凪七 瑠海)は、やはり女役のほうがいいと思うけどなあ。
ドレスがとってもステキ!
オイディプスの母親ということは、年齢差は少なくみても18歳ぐらいの年上女ということ?
18歳で息子が帰ってきたとして、18歳ぐらいで産んだとして、36歳。それから、息子と娘2人を生んだ?・・・と、思わず計算しちゃいましたよ(笑

とど様(轟 悠)は、安定の演技だったけれど、もう男にしか見えない。こういう男役の極め方もあるんだなあ。ちょっと滑舌が悪いところがあって、セリフが聞き取りにくいところがあった。
巫女役の憧花ゆりの、クレオンの華形ひかるが、とてもセリフがはっきりしていて、人物造形もわかりやすかった。

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この階段を降りるたびに、3月7日のちえさま大劇場ラストデイを思い出してしまう。
冷たい雨の降る日だったなあ…と。
もうすぐあれから半年。「もう」なのか、「まだ」なのか…
そして、10月23日まで、あと2か月!もう2か月なのだ!

ラベル:宝塚歌劇
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2015年08月06日

浅草公会堂「南の島に雪が降る」

暑い、とにかく暑い!
5年後に本当にこんなに暑い東京でオリンピックをするつもりなのかしらねぇ。
ばったばったと倒れる人が続出だと思うけどなあ。
アスリートも、観客も。
そういうことって、IOCの審査のときに問題にならないのか、とっても不思議。
新国立劇場のことも、不思議の塊だし、いったいオリンピックは誰のものなんだ?

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さて、5年後の東京は、浅草のこの状態があっちゃでも、こっちゃでも繰り広げられるんだろうか。
あっついのに、観光客がわんさかいた。8割が海外から?
仲見世通りの船和のソフトクリームには列ができていたけれど、公会堂の斜め前の船和には誰もいなかった(笑

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観光客のエネルギーって、すごいなあ・・・
3.11直後は、放射能がばらまかれた東京には、永遠に海外から観光客なんてこないと思っていたのは私だけだったのかな。

「南の島に雪が降る」
大和悠河さんと柄本時生さんが出ているというので、のこのこ出かけてみた。
加東大介原作をもとにした映画は未見。
舞台は、とてもわかりやすい構成になっていた。
わかりやすいお芝居は、やっぱりいいね!
(きりやんが寺山の「レミング」に出演とか。あの作品はもういいなあ・・・(笑))

このところ宝塚が中心だったから、男性ばかりのアンサンブルに妙に迫力を感じた。
みなさん、あまり男くさくなくやっていて、よくある日本兵の建前としての意固地な感じがなくて、リラックスして見ていられた。テーマが戦場での芝居ということで、登場人物たちが本当にやりたいことをやっているから、救われるのかも。

花緑さんは、初日のせいか、1場はちょっと固さがあって、タニさん(大和)との夫婦のやりとりがぎこちなかったけれど、時間の経過とともにいい味を出していた。
ただ、あまり役の個性が際立たないので、物語をひっぱっていく力強さにちょいと欠けるかな。
その分、タニさんががんばっていた。
一人2役しつつ、ほかにもちょこちょこ。

この人は、大衆演劇の人なんだなあ…
自分の活かし方をよくわかっている。
歌は、上達してへん・・・タニさんにそこは期待してへんから、ぜんぜんいいけど。
ちょっと痩せすぎ?

せっかく2役やっているのに、それぞれの役のつながりがないのよねぇ。
最後までオランダ人の姉妹の話がよくわからなかった。エピソードになりえていないような気がするんだけど。
連日連夜の猛暑で寝不足。劇場の涼しさが眠気を誘い、ちょっとうつらうつらしちゃったから、あまりえらそうなことは言えませんけど。。。原作を読んでみようかな。

ラストの劇中劇の「瞼の母」は、ちえさまが演劇人祭にご出演のときに玉さまと中車が演じた朗読劇だったやつね。劇のラストに兵隊たちが思わず願う母と子のシーンに思わず涙腺が緩んだ。
会場では鼻をすする音があちこちで聞こえてきた。

「笑いと涙の感動のドラマ」ではありました・・・はい。

浅草公会堂2階の窓からの眺めがなかなかよろしかったです。

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見上げればスカイツリー!
初めてこんなに接近した〜。

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