2015年10月24日

東急シアター・オーブ「プリンス・オブ・ブロードウェイ」初日

つ、ついにこの日が〜!
と5月10日に思って以来、なんと五か月しかたってないのに新しいちえさまにお会いできた!
今度は、ついに「プリンス・オブ・ブロードウェイ」が初日を迎えた。
あのときには、予想もしなかったこと。
今夜は、柚希礼音のまさにRebornのとき。
久しぶりにワクワクドキドキ…胸が高鳴った。

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今夜は、渋谷のネオンがキラキラに見える。

会場に入る直前にREONファンクラブから一斉メールがあり、「キャストの方にもきちんと拍手をするように」とのお達し。これには笑ってしまった。ゲネプロでなにがあったんだろう(笑

開場と同時に会場に入ったら、すでに人、人、人…
ロビー中央にステージとレッドカーペットがあり、花総まりさんがインタビューを受けているところだった。
華やか〜!

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湖月わたるさんは、すでに終わってしまっていた。
そのあとは、今や時の人(?)の藤原紀香がプリンスさんをエスコートして登場。

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が、それを見ている暇もなく、プログラムなどの公演グッズの販売コーナーの長蛇の列に参入。
みんな、買う、買う。すごいなあ…
私は、とりあえず別冊柚希礼音プログラムを購入。ステキかわいいのちえさま画像が満載。
と、この時点では、ちえさまのことしかほぼ頭になったのでありました…(笑

そして、いよいよオープニング。
これから演奏される曲が少しずつつなぎ合わされたオーバチュアで期待がどんどん高まっていく。
真っ赤なカーテンが上がると、キャストが一人ずつ登場し、"All I need is one goog break"の1フレーズぐらいずつ歌って、やがてちえさまがラストに登場!

黒いジャケットに赤いシャツのパンツスタイル。

宝塚のままやん・・・うれしいような、不安なような…複雑〜な気分が湧き上がる中、いきなり始まったのが、
"HEART"に続いて"WHATEVER LORA WANTS"
そう!ちえさま担当のシーン。

ひや〜っ!と心の中であたふたしているうちに野球のユニフォームで登場。トニーさん相手に元気に迫りまくっていた。頭にピンクの花を付けて。

ちえさま・・・

とってもぴちぴちしていて、まるで生きのいいカツオみたいだ!

とりあえず、イケテル!と、思う・・・色気はそのうち出てくる、だろう・・・

そして、このあとから怒涛のブロードウェイのパフォーマンスが展開され、頭の中はすっかりブロードウェイになっていくのであった・・・

この直後のウエストサイド・ストーリーのナンバーを歌つラミンとケイリーの歌でぞぞ〜っと鳥肌。
なんだ、これは…

作品が変わるたびにその世界観を一瞬に作り上げるキャストたちの実力に度肝を抜かれた。
特にケイリーとブリヨーナ。すごすぎる。
1幕の「キャバレー」そこから続くラストの「オペラ座の怪人」
ここはNY、マンハッタンか?と今いるところがわからなくなるほど。

1幕では、途中、フォーリーズのショーガールとして、ちえさまがピンクのかわいいダルマ姿で登場。
これはただウォーキングをして、フォーリーズの雰囲気を作るだけ。
とってもきれい…なんだけれど、ちえさま、もっと女としての自信をみなぎらせなくっちゃ!
私ってきれいでしょ!誰よりもきれいでしょ!ほらほら〜!みたいな感じをプリーズ!
男役のときは、ほら、かっこいいでしょ、ほらほら〜!てやってたじゃないの!

まだまだこわごわって感じがする〜。

2幕は、プリンスさんでも失敗作はある、でも、いいものもあったんだよ、というちょっとマイナーな、あるいは日本ではなじみのないソンドハイム作詞・作曲の「カンパニー」からのナンバーで幕開け。これは物語のシチュエーションがちょっとわかりにくかった。
「ローマで起こった奇妙な出来事」のケイリーが、やっぱり歌声といい、立ち姿といい、醸し出すものといい、素晴らしい。
彼女を小さなコンテストで見出したマネージャーは凄腕だと思う。

「エビータ」のマリアンドも、素敵だった。このときの群衆役にちえさま登場。ほとんどよくわからないけど。

お稽古場情報で出ていた"タイムズ・スクエア・バレエ"では、ちえさま大活躍。
ダンサーとしての自分を売り込むんだけれど、なかなかうまくいかない。でも、どんどん上手になっていき、最後には契約してもらい、スターになる。まさにちえさまそのもの。今までみたことがないちえさまのダンスを見せてもらって、とても楽しい場面だった。

シーンの中で観客に背を向けて座っていため、ちえさまの肩幅と筋肉の付き方がくっきりとみえ、16年間の鍛錬の賜物と宝塚を支え続けた努力のあとが伺えて、一緒に観ていたちえ組一同、密かに涙するとともに、愛おしさひとしおでございました。ちえさま…頑張ってきたんだよね。私たちを幸せな気分にするために。

そして、「メリリー・ウィ・ロール・アロング」、「パレード」と作品が続いたあとで、いよいよ「蜘蛛女のキス」、ジョシュのモリーナのナンバーのあとがちえさまだ!
日本語で完全に一人の舞台。迫力のある歌声、なんだけれど、まだまだここだけ宝塚しちゃうんだなあ。
ファンとしては、とてもなじみやすいシーンではあるけれど、もう少しねっとりとした色気が必要だと思う。自らの蜘蛛の糸にからめられ、島を抜けられない女。でも、愛に生きようとする切ない女。あ、映画しか観てなくて、ミュージカルは観てない。少し違うのかも・・・
いずれにしても今後の進化が楽しみなシーンだ。

「スウィニー・トッド」のシュラーとナンシーのシーンも見事。もっと見ていたくなるほど。ここから先は「スウィニー・トッド」でもいいです…という感じ。

ブリヨーナの"CAN'T HELP LOVIN'THAT MAN"も、もっと聞いていたくなる。

まあ、そんなのばっかりなわけで・・・

そして、いよいよラストナンバー"WAIT 'TIL YOU SEE WHAT'S NEXT"
ちえさまはオープニングと同じ衣装で登場。
すなわち柚希礼音そのまま(笑

かっこいい〜。

でも、どこか異質さ感はぬぐえず…観る側の先入観かなあ。

レジェンド恐竜の卵の殻にぴぴっとヒビが入り、ぱかっと割れそうになっている、そんなイメージのちえさまだった。ニューレオンは、これからどんどん進化していくのだろう。
10日後にまた観に行くので、変化がとっても楽しみ。

来ていたねねちゃんに終わってから「ちえさん、女で表現するのって、大変でしょ〜」と言われている妄想が〜(笑

カーテンコールでは、全員一緒の挨拶が終わってから、スーザンさんやプリンスさんに連れ出されてきたちえさま。プリンスさんと手をつないでいた。

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愛されキャラのちえさま。

ばあやは、ずっと見守っているから、思う存分羽ばたいてね〜!







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2015年10月23日

新国立劇場中劇場「パッション」

いろいろな意味で女としては身につまされる内容だった…
思いがけない球が飛んで来た感じ。

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幕開けは、ジョルジオとクララの濃厚なラブシーン。
そして、転任先でのフォスカとの出会い。
1幕は、フォスカの強引な愛の押しつけにジョルジオと一緒に辟易とさせられる。
美しいシルビア・グラブが、醜いフォスカに変身です〜(笑

そうそう、そういう気持ちってわかるよね〜。
好みじゃない人から、言い寄られるとうっとうしことこの上なし。
フォスカの図々しさは、ほぼストーカー並み。
うっとうしいフォスカが出てくると、恋するクララがジョルジオの中に現れて、恋しいとアピールする。
お互いにやりとりしている手紙を読みあうナンバーが、とても甘くて切ない。
ソンドハイムの楽曲は難解という事前の情報だったけれど、まったく難解ではなかった。
歌い手にとっては、とんでもない難曲だとは思う。
主役3人だけでなく、アンサンブルの方たちも、実力者揃いだった。

以下、ネタばれあり


2幕は、フォスカから逃げるためにミラノに休暇をとって戻ろうとするジョルジオの列車を追いかけてくるフォスカに思わず会場から失笑がもれる。
やっぱりストーカー。
ジョルジオは、もううんざり。が、フォスカは切々と、命をあなたのためなら差し出せるとアピールする。
うんざりしつつも、いい人なジョルジオは、フォスカを官舎に送り届け、再びクララのもとへ。

クララとめくるめくひとときを過ごすはずが、結婚してほしいとジョルジオが言ったとたん、「私には子どもを育て上げる義務がある」と現状維持を望むクララ。
なにも差し出さない女にオトコは愕然とする。
フォスカの愛と違いすぎる…と。
愛ってなんだ?と疑問がふつふつと…

不倫のよくある行く末だわね。

傷ついて戻ってくるジョルジオに待っていたのは、本部への異動。それもすぐに。
悲鳴をあげるフォスカ。

クララの自分勝手な愛に深く傷ついたジョルジオは、フォスカの愛を受け入れることにする。
ここのところが、どうも腑に落ちない。
まるで「おかあさーん、僕、傷ついちゃった〜」と逃げ込んでいるようにしか思えない。
作者は男だから、女が感じるうさん臭さを感じないのかも。

フォスカが絶望に至った理由も解せない。
美しくない女はまともに愛されないといった時代の風潮もあるだろうけれど、女の魅力はそれだけなんだろうか。そもそもフォスカは暗い!両親から「美しい」なんて言われて特別扱いされて育った不幸はあるだろうけれど、男にだまされたくらいで自閉症になっていたら、生き抜けないよ。
そうしたすべてをジョルジオが引き受けなければならない必然性がどうもぴんとこなかった。
「女はみかけじゃない、心だよね」というのがテーマなんかなあ。あんなにエキセントリックな人物を登場させる必要があるのか、最後までそもそもの疑問だった。

不思議な原作だわ〜。
それに音楽をつけたソンドハイムも不思議だわ〜。
全体にオトコの論理が支配している作品のような気がする。

なのに、あれだけお客を呼べるというのは井上くんの魅力なのかしらねぇ。
彼は立ち姿が美しい。

さて、本日は、いよいよPOBの開幕。ドキドキ・・・
いつかちえさまも、井上くんと共演する日が来るんだろうか。
和音美桜さんみたいにぶっちゅぶっちゅ井上くんとラブシーンをする日は来なくていいなあ(笑

ちえさまには、ショースターの道を歩んでいただきたい。

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新国立劇場の席の並びは、階段状になっているから、とっても見やすい。
ここの雰囲気、好きだなあ。ここで上演されると、つい手を出してしまう。



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2015年10月15日

「ギリシャに消えた嘘」「マリー・アントワネットに別れを告げて」「キンキー・ブーツ」

ギリシャに消えた嘘」☆☆・・・
「太陽がいっぱい」を書いたパトリシア・ハイスミスの作品の映画化というので触手が伸びた。
が、遠く及ばず、がっかり。詐欺師のチェスターに巻き込まれてしまうアメリカ人のガイドの青年ライダルが、原作では、本当にイエール大学の学生で、考古学の教授である父親に厳しく育てられたお坊ちゃま。優秀な一家の中でなんとなく萎縮していた彼がギリシャで、亡くなったばかりの父親にどこか面影が似ているチェスターに惹かれ…という話らしい。が、映画では、ギリシャ語の堪能なライダルが、ガイドをしながら、お客からマージンを姑息な手段で得ているという設定で、不良青年にしか見えない。だから、父親とチェスターの関連性が生きてこないし、ライダルの人間性がつかめないまま、チェスター、ライダル、チェスターの妻のコレットの堕ちていく道行となる。素材がいいのに、かなり残念な映画になっちゃいましたね。
ライダル役のオスカー・アイザックが、そもそもアメリカ人に見えない。グアテマラ出身だそうで…(笑

マリー・アントワネットに別れを告げて」☆☆・・・

1789年7月14日からの数日間の宮殿内の様子を、王妃の朗読係を中心にドキュメンタリータッチに描いている。宝塚のおかげで、1789年は、バスティーユ陥落に始まるフランス革命の年としっかりインプットされてしまっている。オスカルさまとアンドレの亡くなった年なのだ(笑

公式サイトには、「本物のヴェルサイユ宮殿でのロケを敢行し、時代の香りを余すところなく伝えた。一方で、衣装やメイクは当時の豪華さに、現代風のアレンジも加えて再現、単なる歴史の記録ではなく、2012年にも通じるゴージャスな世界観を提示した。」とあるけれど、そのアプローチが間違えている。
ヴェルサイユ宮殿でロケをし、時代の香りを余すところなく伝えたつもりなら、細部も、しっかり当時を再現してほしかった。「2012年にも通じるゴージャスな世界観」は必要ない。

公式サイトには、ストーリーのところに以下のような文章が掲載されている。
「王妃からは「ポリニャック夫人の身代わりに。」という思いもよらぬ非情な命令を受ける。
踏みにじられた愛、身を引き裂く嫉妬、生命の危険──果たして、果たして、シドニーの最後の選択とは──?」
ここから物語が始まるのかと思いきや、これ、最後の10分ほどの間のことだけ。詐欺です。

シドニーの最後の選択って、なんにもないけど…
だって、単なる朗読係の小間使いに選択肢なんてない。ポリニャック夫人は革命を生き延びたから、かえってよかったんじゃないのかしら。

革命側の作成した首をちょん切るリストが宮殿内を駆け巡り、あたふたする貴族の能天気なところが一番面白かった。情報のない当時だと、いよいよ民衆が攻めてくるというときになって初めて本当の危機を知るという感じだったのかも。

王妃はポリニャック夫人とレズみたいな描かれ方をしているけれど、フェルゼンはどうした?(笑
この映画の原作であるシャンタル・トマの「王妃に別れを告げて」(白水社刊)を読んだ方が面白いかも。


ちえさまがインスタグラムで「キンキーブーツのビリーポーターさんが通しにいらっしゃった💗
この方、本当に凄かった」とつぶやいていて、「キンキー・ブーツ」が気になったので観た。
面白いやん!
このドラッグクィーンのローラをやった方なのね。
ストーリーは、傾いた靴工場をローラと、オーナーのチャーリーがすったもんだしながら再生するという、お定まりのもの。コメディだから、気軽に楽しめるし、ローラのステージがロンドンのおかまショーを垣間見ているようで面白かった。
「偏見を捨てよう!」「いったいなにができるっていうんだい!と言わないようにしよう!」
まあ、わかりやすいメッセージが直球で飛んでくる。

ちえさまはいよいよ来週の明日が初日。ドキドキわくわくそわそわ…だわ〜。
びっくりマークみたいなお顔が多いせいか、ますます目が大きくなっているようなちえさま。毎日刺激的なんだろうなあ…

私は、どうやっても力が入らない。気分が乗らない。
なので、手当たり次第、観劇と映画に走っている…

posted by 風土倶楽部 at 09:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 極私的観賞日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

渡辺淳一著「遠き落日」

渡辺淳一著「遠き落日」
野口英世の生涯をドキュメンタリー風に描いた小説、というジャンルだと思う。

渡辺淳一という人は、「失楽園」などでセンセーショナルなアダルト小説の書き手のイメージが強いけれど、「花埋み」などの医療をテーマにした小説も書いている。
新聞の連載で「失楽園」などをちらっと読んだだけだったので、「花埋み」を読んで、明治時代に女医になった女性の自立を描いた骨太な内容にちょっとびっくりした。

野口英世といえば、幼児のときにやけどで左手が不自由になったけれど、貧困の中、医者になり、黄熱病の解明に命を捧げた英雄…だったのだけれど、実際は…というのが「遠き落日」

一種の天才肌の人だったようで、自分が興味を持った事柄については寝食を忘れて研究に没頭。一方で金銭の感覚が大幅にずれていて、借金をしまくり、友人知人に迷惑をかけまくった人でもあったようだ。
研究で少しでもわかったことがあれば、がんがん論文を書きまくって発表していたため、ずいぶん間違った研究成果もあった。
なによりも黄熱病の原因を突き止めたと思っていたけれど、梅毒などのスピロヘーターの一種だとしていたものが、結局、ウィルスで、本人はそのウィルスに汚染されて、黄熱病で命を落としてしまう。
当時の顕微鏡では、まだ、スピロヘーターしか突き止めることができず、この後、人類はウィルスとの闘いに邁進せざるをえなくなる。その過渡期に英世はいたという悲劇。
意識が薄れていく中で、「わからない…」とつぶやいていた英世が憐れでならない。

ほとんどなんの伝手もないのに、一度日本で案内しただけのアメリカ人の教授のもとになけなしの資金で渡米し、訪ねていき、ほぼ押しかけの弟子になり、やがて、その教授の右腕になり、当時の世界で最も有名な医者の一人になりあがる英世のパワーには脱帽だ。ハングリー精神の賜物。

性格的に問題があろうと、立身出世が動機であろうと、研究に人生を捧げたことに代わりはなく、人格的に破たんしていたとしても、やはり偉人には違いない。
渡辺氏があとがきで書いているように、偉人に祀り上げられていた英世よりも、この本の中の英世の方が人間的で魅力的だと思う。
映画化されたけれど、従来の英世像を壊すものではなかったらしい。
科学の重要度がますます増している今こそ、英世の生き方を映画化してみても面白いのでは?

「花埋み」の荻野吟子も、日本初の女医という栄光を味わったあと、思いがけない展開で人生の苦難を再び味わい、最後は失意の中で終わる。英世も、やはり栄光を極め、ウィルスに犯され、命を終えていく。
しかし、二人とも、命終わるときに駆け抜けた満足感はあったように思う。いや、思いたい。

渡辺氏の小説をもっと読みたい…

posted by 風土倶楽部 at 08:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月14日

こまつ座「十一匹のネコ」

紀伊国屋サザンシアターで井上ひさし作「十一匹のネコ」を観劇。
11匹の猫のパワーに押し切られた2時間半だった。
それぞれの猫が個性的に描かれているだけでなく、役者がちゃんとそれぞれを表現できているので、11匹の中に埋もれてしまう猫が1匹もおらず、それがこの公演の一番の面白いところだった。
空間を隅から隅まで使い切った演出が、舞台の上だけでなく、客席も含めた世界観を構築できていて、物語の中に浸れたからか、眠くならなかった(笑

物語はつまんないんだけどね・・・なのに眠くならず。
役者の方たち、尊敬します。

北村有起哉さんは、以前、M&Oplaysプロデュース「鎌塚氏、振り下ろす」を観たときは、イマイチのりの悪い人に思えたんだけど、今回は、ものすごい勢いで全員をひっぱっていてパワフル。まるで別人。身のこなしが軽く、普段から、かなり鍛えている人なんだろうか…

11匹目の猫の山内さんの個性が光っていた。そういう役なんだろうけれど、はみ出しものの存在が物語を深めていた。

しかし、この内容、イマイチよくわからないなあ。
「大人の中の子どもと子どもの中の大人に捧げるミュージカル」と銘打っているが、大人の中の子どもに語りかけるには、宝塚を見慣れている私には夢々しいファンタジーが足りないし、子どもの中の大人に語りかけるには、ちょっと難しい部分が多い。たとえば、シェイクスピアの全作品を歌詞にしてにゃん太郎が歌うけれど、子どもがあの歌を聞かされてもわからないだろう。ベトナム戦争に行くのを拒否しようとする米軍兵の飼い主の話も。
若者はゴーゴーをする、というセリフにゴーゴーのダンスを入れていたけれど、あれも古すぎて、わからないよ〜。全体にセリフが昭和なんだもん。手直しするわけにはいかないのかなあ。
「人民の敵」は100年以上前に書かれたものなのに、まったく古さを感じなかった。多少設定を変えている部分もあったけれど。

以下、ネタばれ。これから観る人はご注意を。


なんだか中途半端な話で、一番「はあ?」となったのがラスト。
ネコ王国の繁栄を素直に喜ばないにゃん太郎の最後がまったく唐突。
暗い闇が…とか言っているにゃん太郎は理想主義のインテリ猫。結局、清濁併せ飲むことができなかったということなんだろうか。でも、1幕の途中でダイコンを盗んでいたもんなあ…(笑

井上ひさしの作品は、時々、「?」な左系な批判が入ってきて、私はそれがどうも好きになれない部分だ。「生涯追い求めたユートピアの原点がここに!」とチラシにあるけれど、原点ねぇ…彼のめざしたユートピアとはなんだったんだろう。
猫だからこそ、人間とは違うユートピアができたのでは?猫は、結局、飼い主たちの生き方をトレースするしかできないのか?空腹の日本人が、夢を追いかけて辿りついた今の日本は、なんだんだ!?と言いたい?でも、それじゃあ、ファンタジーにはならない。子どもには夢を見てもらわないと〜。
にゃん太郎が、猫の王国の繁栄を喜びながら釣りをして、メダカを釣り上げる。今回は一人で1匹をじっくり味わい、うまいなあ…とかつぶやいて終わってほしかったなあ。

おじさんの猫たちは、みんな、愛すべき猫だったけれど、演奏を一人ですべてこなした荻野清子さん。
とーっても素敵だった。

posted by 風土倶楽部 at 23:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 極私的観劇日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月09日

宮部みゆき原作映画「ソロモンの偽証」など

NYからの帰りの飛行機の中で「ソロモンの偽証」の前半を見てしまった。
デルタ航空よ、なぜ、後半もラインナップに入れておいてくれないの?
帰国後、速攻でTSUTAYAに行って、後半をゲット。
時差ぼけもどこかに行っちゃうほどの集中力で裁判を鑑賞。

宮部みゆきさん、すごい〜
人間の心の弱さが描き出されていて、息を詰めるようにして物語を追っかけてしまった。
本を読んで映画を観た友人によると、原作とは、少し設定が異なる部分もあるらしい。
いじめの問題を真正面から取り上げていて、ちゃんと解決策まで提示している。
正直ものが一番損をする設定も、きちんとあって、それがフィクションをすごくリアルにしている。
松子ちゃん、かわいそうすぎ。
出演者のうち、生徒たちの大半がオーディションにより選ばれた子たち。
柏木くんの第一発見者となる藤野涼子役の藤野は、蒼井優似の優等生タイプ。
柏木君の小学校時代の友人・神原役の板垣くん。ちょっと滑舌が悪いけれど、目力があるなあ。
一番難しい役だっただろう樹理役の石井杏奈。アイドルだったとは思えない迫真の演技で、永作博美の自己中心的な母親との絡みが、とてもリアルだった。
映画化が必要?と思うような映画が多い中、この作品はできるだけ多くの人が見ることで子供たちの置かれている現状を理解するきっかけになる可能性が高く、映画化の価値が十分あると思えた。

同じく機内で「ジュラシック・ワールド」を鑑賞。
なぜか日本語字幕がなくて、中国語字幕オンリー。
なぜ・・・
でも、なんとなくぼーっと時間つぶしに観てしまった。早回ししながら(笑
今回は、またしてもこのテーマパークは失敗したのね。
初回のジュラシック・パークの残骸まで見せておいて、過去にまったく学ばない施設。
食べられちゃう観客はいい迷惑。
パークの責任者であるクレアと、恐竜の飼育員オーウェンが互いに惹かれあい、観客ががんがん食べられているのにキスしたりしていて、おいおい…
英語がわからないだけでなく、飛行機のエンジン音で不明瞭なため、ますます?なんだけど、なんとなくクレアが集客のためにますます強い恐竜を遺伝子操作で誕生させようとしていること、ヴェロキラプトルの知能を利用して、犬化しようとしていることなんかはなんとなーくわかった。人間のよくある失敗例の典型的なやつだ。
まあ、小さい画面で見る映画じゃないよね(笑

これも機内映画
Testament of Youth
戦争の現実を真正面から取り上げたイギリスのBBC制作の映画。
機内でやることがないから、じっくり見た・・・(笑
日本語字幕だったからOK。 
これはDVDだけで公開されてないのかな?
イギリスでは有名な女性作家の第一次世界大戦の経験をリアルに描いたもの。
上流階級出身のヴェラと、その弟、友人、恋人たちが戦争という現実に翻弄されていく。人間と戦争の本質を見据えようとした女性作家の視点が胸に迫る。
戦争に正義を見出し、上流階級に育ったものが引き受けるべき責任を負い、戦場へと向かう男たち。
その男たちを見送りながら、じっとしていられないヴェラは、自らも看護婦を志願し、戦場へと赴く。が、そこで見たもの、経験したことは想像以上の凄惨な世界だった…
BBCならではの硬派な映画で、戦争の無意味さをとてもよく伝えていた。
日本で公開しても、たぶんお客は入らないだろうなあ。

伊坂幸太郎原作の映画「フィッシュ・ストーリー
以前に観たときも、おお〜!!!という感じだった。
BSで放送していたので録画しての2回目の今回は、もっとおお〜おお〜!というぐらい面白かった。
好きだわ〜。私のベスト5に入るかも。
一人ひとりの何気ない思いや情熱が連鎖して地球と人類を救っちゃうなんて、まさにフィッシュストーリーなんだけれど、たぶん世の中はこんな感じで回っているんだと思う。
私の存在はあまりにも小さいけれど、だれかの何かにつながって、どこかでなにかになっているかもしれないんだよね〜。
ええ話や〜。多部ちゃんのコメディエンヌの才能は素晴らしいね。
これもアミューズ。ちえさま所属の事務所だ。
株価も高値堅調だし、アミューズ、只者ではないなあ。


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2015年10月06日

リンカーンセンターにて「王様と私」

NYに来たんだから、ミュージカルの一つも観ようと選んだのが「王様と私」
まあ、これなら、筋もわかっているし、英語が聞き取れなくてもなんとかなるだろうとも思った。

が、しかし!
かなりセリフ部分が多いやん!
ノリノリの観客の反応がすごくて、取り残された感いっぱい(笑

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謙さん、がんばりはったんやな〜、と今更ながら、尊敬しちゃう。
謙さんバージョンはすでに終わっていて、今は若手の東洋人風の現地人(笑)の方が王様役。
一緒に観たネイティブ同然の日本人の友人いわく「現地人=アメリカ人」の英語だとのこと。

王様、それでええのん?

まあ、私にとってはどっちでも変わりはなく、謙さんで観たかったなあ…とあらためて強く思った。

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半円形の客席で、最初、オーケストラピットが見えていて、これじゃあ、両端の人は舞台が観れないのでは?と思っていたら、白い布がふわっと取れると同時ぐらいに舞台がせり出してきて、ピットは隠れてしまった。
舞台の3分の1ぐらいが全面にせり出してきた感じ。
このオープニングがなかなか意表をついていて、幕があがると船がいきなり現れ、物語の中にぐっと引き込まれる。

ケリー・オハラは、もう映画のデボラ・カーそのもの。すなわちイメージ通り。
王様がねぇ・・・若い・・・

映画のイメージをほぼ踏襲しているんだけれど、王様だけが・・・
下手なわけじゃないんだけど。

舞台よりも、驚いたのが観客ののりのよさ。
前の列のおばさんたちは踊りださんばかりだったし、後ろの列のおばさんは口ずさんでいた。
こんなにも愛されている作品なのね。

West meets Eastものの代表作の一つ。西洋人にとってはエキゾチックな物語なのかも。
王様の夫人たちが、アンナの来ているような輪っかのドレスを着ようとするシーンは、東洋人からみると、素直に笑えない部分なんだけれど、ものすごく受けていた。まあ、日本も明治時代は西洋の服を着て、追いつこうとしていたわけで…

実は時差ボケのおかげで、襲いかかってくる眠気から逃れようがなく、かなりのシーンが抜けてしまった。
なので、帰国後に映画版で脳内補完してみたら、舞台と映画の差がほぼないぐらい再現された公演だった。
ただ一つ、ユル・ブリンナーの王様の存在感だけが大きく異なった。あれほどの当たり役はそうあるものではないから、当然といえば当然。
横暴なんだけれど繊細で、繊細なんだけれどお茶目で、精悍なんだけれど、子供っぽくて、聡明でユーモアに富んで子供たちを愛しているこんな王様なら、後宮でお仕えしてもいいかも、と思ってしまうほどの魅力的な人物を作り上げている。
謙さんは、どこまで迫れたのかなあ。
だから、やっぱり謙さんで観たかったというのが結論。

観終わって出てきたら、スーパームーンが輝いていた。

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すでに11時すぎ。タクシーを飛ばして、一路セントラル・ステーションへ。
途中、タイムズスクエアがちらっと見えた。不夜城マンハッタン。

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翌日は、滞在先のコネチカットの星降る夜空で皆既月食を堪能するというラッキーに恵まれた。
マンハッタン在住の知人は、明るいのと、ビルの林立で見られなかったそうだ。


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2015年10月05日

メトロポリタン歌劇場「アンナ・ボレーナ」

9月23日から、コネチカット州の友人宅に滞在していたので、ついに憧れのメトロポリタン歌劇場にてオペラを観劇した。

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演目はドニゼッティの「アンナ・ボレーナ」すなわちアン・ブーリン。
20代のころ、リックウェイクマンの「ヘンリー8世の6人の妻たち」をヘビーリピートしていた私。
6人のうち、アン・ブーリンがやはり強烈な印象を残したことから、以来、アン・ブーリンがらみの映画は必ず見てしまうようになった。ついでに娘のエリザベス1世についても。

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MET初観劇が「アンナ・ボレーナ」だなんて、う、うれちい・・・
おまけに初日観劇・・・

お席はファミリーサークルでいわゆる天井桟敷みたいなものだけれど、ぜんぜんOK。
ネットでゲットしたときに、すでによい席は端席しか空いておらず、ならばセンター近いファミリーサークルの方がよいだろうとゲット。

そう、簡単にネットで買えるのだ。おまけに57ドル!
そして、簡単にボックスオフィスでチケットをゲットできる。
こんなに簡単に買えるとは思わなかった。

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音響も当然ながら、大変よく、ファミリーサークルでも、十分臨場感があり、迫力があった。

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オペラに詳しい知人によれば、アンを演じたソンドラ・ラドバノスキーは中堅どころのプリマとのこと。
昨年のアンナ・ネトレプコと比較されがちだろうけれど、ソンドラのアンも十分悲劇性に満ち、理不尽な運命に立ち向かう悲劇の女王を十分堪能させてくれた。

METでのオペラ鑑賞、ちょっとクセになりそうな快感だった。
クセになってどーする!贅沢の極みじゃないの…
来年のシーズンには、最低2つは観たいなあ。
実は「トゥーランドット」を観たかったのだけれど、日程が合わず。
滞在先が電車で1時間以上かかり、駅から車で10分という遠方だったため、8時開演だらから、夜が遅くなりすぎるという事情も。
心残りだわ〜

8時開演ということは、みんな夕食を食べてから観劇するのね。
一杯飲んだりして…
私は、絶対ダメ。寝てしまう。どんなに面白くても、夜はダメ(笑

とりあえず、今シーズンのライブビューイングには通うことになりそう。

9月末まで東劇で開催されていたビューイングでは、予習のつもりでメリーウィドウ、ファウスト、青髭公の城、イオランタ、マクベスを観劇。やはりメリーウィドウがとにかく楽しかった。

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今シーズンのパンフレット

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アンナ・ボレーナのパンフレット

どちらもフリー。
日本のプログラムは高すぎる。あんなに豪華なものでなくても、これで十分情報は得られる。

あ〜、楽しかった、美しかった、満足〜




posted by 風土倶楽部 at 12:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 極私的観劇日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする