2016年04月16日

METライブビューイング(WOWOW)「マリア・ストゥアルダ」

ディドナートさん、すごい!!!

WOWOWで放送されたドニゼッティの「マリア・ストゥアルダ」を鑑賞。
どうもチューダー朝ものに弱い…つい見てしまう。

昨年のNYでの初METも「アンナ・ボレーナ」だった。

ジョイス・ディドナートは、ライブビューイングのMC役をいくつかの作品でやっていたので、特徴的な顔はばっちり覚えていたけれど、お歌は先日の「湖上の美人」で初めて。あのときも上手い人だなあとは思ったけれど、このマリアはひたすらすごい!素人の私でもわかるほど超絶技巧の歌唱法の上に、表現力が加わり、そのうえ、演技力も細やかで、死に向かうスコットランド女王の心情がひたひたひしひしと迫ってきて、釘づけにされた。

ディドナートが、インタビューの中で「稽古のときには、演技あるいは歌唱のどちらかに集中するようにして、本番では、毎回何が起こるかわからないから、流れに沿って両方を融合させる」といったようなことを言っていた。ものすごい技術があるからこそ、ここまで迫真の演技と歌唱が可能になるのね。

エリザベス役のエルザ・デン・ファン・ヒーヴァーのソプラノの迫力もすごかった。まだ、若い人みたいで、これがMET初出演とは思えない貫禄。
インタビューの中で演出家のデイヴィッド・マクヴィガーが、お品のない女王で…とリクエストしたとか。
ちゃんとお品のない、男勝りな、絶対もてそうにない女王像になっていた(笑
二人の間でうろうろするレスター伯爵も、大変だなあ〜と思いました、はい。演出家の思惑通り?

演出も、この重い作品内容に合わせて、白、黒に近いグレー、赤を基調に舞台がセットされ、人間の思惑が単純な色の中で鮮明に浮かび上がるようになっている。
緞帳が血塗られたライオンと鷲(よね?)。これも象徴的。

3幕の牢獄の場から、処刑場に至るシーンは、見ている側が息苦しくなる。
ドニゼッティは、「アンナ・ボレーナ」も同じような流れの作品で、こういうシチュエーションが好きなん?
どうしてこんなに究極の深刻なシーンを音楽化しようと思うのかしら・・・
魂の浄化を表現したいのかなあ。

確かにマリアの魂が浄化され、処刑台に向かうシーンには、ある種のカタルシスがあった。
ベルサイユのばらのマリー・アントワネットが「さようなら、パリ。さようなら、ベルサイユ。さようなら、フランス!」と残して断頭台を上っていくシーンと重なっちゃった。

ん?それでええのか?(笑

しかし、何回も観たくなるオペラじゃないよね〜。
重すぎるもん。
欧米の人、特にイギリス人にとっては、イングランドとスコットランドの統一は重要な歴史的なポイントなんだな、きっと。日本人の関ケ原の戦いとか、源平合戦とかと同じような「ここははずせないでしょ」的な…
政治的、宗教的対立とフランス文化と英国文化の対比、そして、そこに女心が複雑に絡み合う。
やっぱりやめられないチューダー朝だわ〜。

posted by 風土倶楽部 at 22:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 極私的観賞日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする