2016年09月22日

梅田芸術劇場「エリザベート」

東宝版「エリザベート」を14年ぶりに観劇。
一路&内野の「エリザベート」は、イマイチなんだかよくわからず、観たのにほとんど記憶なし。
その後、友人に押し付けられた2008年ごろの月組「エリザベート」DVDでまんまとはまり、さえこ(彩輝なお)トートにうっとり。。。直後にちえさまタムドクでちえ沼に落とされ、以来、ちえさま(柚希礼音)一筋なのだ。

4,5年前にOGによる「エリザベート・ガラコンサート」を観たけれど、ふーん・・・という感じだったし、
2,3年前に花組の「エリザベート」を観たときは、みりお(明日海りお)トートにすごく期待していたのに、なんと気を失いまくるという事態発生。またしてもほとんど覚えていない…。
以来、エリザベートは、もういいかなと思っていたけれど、おはなさん(花総まり)のシシィが、ものすごい出来だと聞き、つい触手を伸ばしてしまった。

いや、聞きしにまさるおはなシシィだった。
子ども時代の登場のときから、引き込まれた。年齢に無理がない…15,6歳に見える。
その後も、それぞれのシーンの年に合わせた歌唱と演技にひたすら魅了された。

そして、ようやくエリザベートという作品の内容がよくわかった。
宝塚版は、嫁と姑の確執と、トートとの恋に焦点が当てられているから、ますますなんだかよくわからないわがまま女の一生もの?みたいになってしまい、トートの色気がなければ、もうどうしていいかわからなくなっちゃう作品。

東宝版は、きちんと時代背景が描きこまれていたり、シシイのパパや、フランツ、ゾフィーのソロもきちんとあるから、それぞれの苦悩がより明確になる。
フランツや、ゾフィーの初めて聴くナンバーもあった。

フランツの浮気が、宝塚版では浮気現場の写真をトートから見せられてショックを受けるのだが、東宝版は、娼婦から病気を移されたフランツから、シシィが病気をうつされ、それをトートに指摘されるというより具体的なものになっている。病気をうつされたことの方が、宝塚版よりも、もっと身にも、心にもこたえるはず。
それが夫への失望(もともとシシィは愛していない)、自分の身の置き場のなさにつながり、旅から旅を繰り返すことになるという説得力がある。

時代の激流の渦中にいるがゆえに自分の立ち位置を見失い、それゆえに自分の生き方を貫いてしまうエリザベート。パパみたいに生きたいという思いは、時代に遅れて生まれてきてしまったエリザベートの運のなさなのだ。パパと同時代に生まれていれば、わがまま三昧で自由奔放に生きたとしても、きっと身分ゆえに生きていけただろうに。

子どもをゾフィーから取り戻しても、結局、長女は死なせてしまうし、長男の子育ては人任せにして、自分は美貌を売り物にハンガリー統治など政治に中途半端に介入してしまう。
ひたひたとハプスブルクの世界の崩壊が進む中で、今まで通りの生き方をしてしまう遅れてきた女エリザベート。あだ花ね。マリー・アントワネットと共通するものが多いけれど、最後まで救われないのはエリザベートの方かなあ。結局、なにものにもなれず・・・だから。

ラスト近くにハプスブルクの一族の悲劇的な末路が語られるシーンが出てくるのがとても印象的。1789年のフランス革命に始まり、100年を経て、まるで滝ツボに流れこむ激流のような時代の激変に人々は飲み込まれていく。
東宝版のおかげで、いろいろ?なところがよくわかった。

城田トートにものすごーく期待していたのだけれど、まるでデスノートの死神ルークみたいだった。ちょっとコミカル(笑
おはなさんとの身長差ゆえかしら…

ルドルフの加藤憲史郎くんのうまさにびっくり!
将来が楽しみ。
青年ルドルフの古川くんの嘆きには涙してしまった。ロミオの古川くんに期待しちゃうわ。

たつきさんのゾフィーは、あまり怖くなかった。
わがままな嫁は困るよね〜。

未来優希さんのマダム・ヴォルフが、ど迫力でステキ!
宝塚時代の「カラマーゾフの兄弟」のパパ役でびっくりさせられて以来、ひそかなファン。

成河のルキーニは、邪魔にならないルキーニだった。
ついいるのを忘れちゃうことも(笑

田代フランツは、とてもやさしい、だからこそエリザベートに惚れてもらえない旦那の雰囲気がよく出ていた。

みなさん、とっても歌が上手。なんだけど、なぜかアンサンブルの合唱になると、よく聞き取れない。
私の耳がいけないのかな・・・とちょっと不安。

舞台のつくりが、あれでいいのかなあ。
私は、なんだか落ち着かなかった。でも、そーゆー時代背景だからこその不安定な舞台なのね、きっと。
檻を意識したガラスの窓がよかった。
新演出ということだけれど、ところどころ流れが一瞬滞るところがあって、気になった。

結論としては、やっぱりちえさまトートを観るまでは死ねないなあ。

ところで「死ねばいい」のセリフがなかったような気がするんだけど・・・気のせい?
今回は、まったく気を失ってなかったんだけど。




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2016年09月21日

花組バウホール「アイラブ・アインシュタイン」

ばあやには、ややこしいお話はあきません。
アンドロイドと人間の共生?
アンドロイドって、人工頭脳のことでしょ?
ようやく車が自動で走り始めた今日このごろ。
早く飲みながらドライブしたいとか、居眠りしながら、目的地に着きたいとか、みんなわがままなことを言っている。
運転が得意ではないばあやも、早くそうなってほしい。

と思っている今、アンドロイドがなんでもやってくれるという社会が実現しているSFの世界で、アンドロイドが人間と同じ感情を持つにいたるとか至らないとかいうお話をされてもなあ〜(笑

どうしてアンドロイドが人間と同じ感情を持たないといけないのかの必然性がぜんぜんわからなかった。
エルザというアンドロイドが、「感情を持ちたい」と言って現れることで物語が転がっていく。彼女は「人間と平和に共存する道を模索する為、自分たちにも感情を与えてほしい」という。そういう問題と違うと思うんだけどな〜。
感情があると、ますますこじれるよ(笑
めんどくさいやん・・・

ただでさえ人間関係で疲れている人が多いのに、そこにアンドロイドの感情まで入りこんできたら、もうかわいいにゃんこの画像程度では癒されなくなるよ。機械にまで気を使わないとならなくなるから。

機械を作ったら、今度は人間と同じような自分で考える機械が欲しくなり、次は人間と同じような感情を持った機械が欲しくなるかしら…ユーモアくらいはもってほしいけどね。

と、ばあやはぜんぜん物語の中に入っていけないままにフィナーレを迎えたのでした。
だから、そのフィナーレがやけに楽しくて、うきうきしてしまった。
やっぱりこれよね〜、と。

そもそも時代設定が、20世紀半ばとあるけれど、服が20世紀初頭な感じ。
イメージとしては、シャーロック・ホームズの時代?
産業革命後のイギリス?

お話しとしては、「ブレードランナー」と「鉄腕アトム」と「サイボーグ009」(サイボーグとアンドロイドは違うのよね)と「A.I」あたりをごった煮にした感じに思えたけど。
「ブレードランナー」くらいわかりやすく、そして切なくしてほしかったなあ。

天才科学者アルバートの隠れ家のメイドたちの動きは、最初はアンドロイドぽかったけれど、どんどん人間ぽくなってきて、2幕なんて、どれがアンドロイドで、人間だっけ?とばあやは混乱してしまった。すでに感情を持っているし…(笑

というわけでストーリーを追うのがめんどうになったので、ジェンヌさんたちに注目。
満を持してのセンターを務めた瀬戸かずや(あきら)。
声も、スタイルもよくて、ステキだった。
でも、途中から、水美 舞斗(マイティ)が舞台の上でキラキラ輝き始めると・・・どっちが主役なんだっけ?と思ってしまった。
あきらは、きっとすごく性格のいい人なんだろうな。

マイティは、このぐちゃぐちゃとめんどうな話を回す役をよくこなしていたと思う。
今回の作品は、役者たちの負担がすごく大きいと思った。だって、わかったような、わからないようなシーンが多かったから。二人だけの会話で「感情を持つことがどうたら、こうたら」言っているシーンも多かったし。

ラストは、あきらの長口舌でしめくくり。よくがんばったと思う。
でも、言っている内容がぜんぜん頭にも、心にも響かなかった。
それはあきらのせいではなく、あんなに長いセリフで話をまとめようとするのが間違っているのだ!
セリフでまとめちゃいかんよ。

花組の若手のみなさん、みんな歌も演技も、とっても上手。
ばあやは、一人ひとりみんなに感心しまくった。

特に英真さん側の役をやっていた和海、羽立たち4人。そして、総統役の亜蓮。難しい役を的確に演じていた。

二人のヒロインも、どちらも◎!
特に桜咲の歌声、話し声には、人を癒す力があるねえ。

そして、天真みちる。美城さんが退団しちゃうけれど、ひょっとしたら、あとを継ぐのかな?
安心して見ていられる。

みなさん、お歌がとってもお上手。
最近は、全体に歌のスキルがアップした?

谷貴矢さん、次回は、もう少しばあやでもわかるような作品にしてね。

posted by 風土倶楽部 at 14:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 極私的観劇日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする