2016年12月24日

「ローグ・ワン スター・ウォーズ・ストーリー」

ううっ💧

まさか、スターウォーズで泣く日が来るとは・・・

でも、泣けた〜。

T〜Vは、ずっと惰性で見ていた状態だし、「スター・ウォーズ フォースの覚醒」なんて、ぜんぜん覚醒しないで、気絶しそうだったもん。

ついに、ついに「帝国の逆襲」以来の感動と満足感を味わう日が来た!
スター・ウォーズは、WとXを越えられないと思っていた。
が、ついに並ぶ作品が登場!

これを見たかったのよね〜。

登場人物たちの人生が凝縮して描かれていて、夢がないといえばいえないことはないけれど、背負っているものから逃れようとしながらも、フォースの命ずるままに自分のなすべきことに立ち向かっていく。

ううっ・・・また、泣いちゃう。

あ、それって、「バイオハザード ヴォイス・オブ・ガイア」のちえリサたちと一緒だ…

と、いつものようにちえさまに戻っていく私。


もとい!
ローグ・ワンは、はぐれものといった意味があるそうな。
1977年、1980年のスター・ウォーズのはぐれものは、ハンソロだったけれど、2016年のはぐれものは女性のジン。
ジンの強いまなざしにやられた〜。囮になったりして、ハードな任務をこなしていた男たちを従えて、敵地に乗り込んでいくところが、もうちえリサ!

あ〜、また、ちえさまに戻っちゃう。

でも、結局、そういう時代なんだろうな〜。
オンナはお茶汲みという時代に社会に出た私としては、隔世の感あり。

ラストの美しい海のシーンが、胸に迫って、泣いてしまった。
そして、エピソードWへの橋渡し。

完璧やん♡

そりゃあ、ツッコミどころはある。
ドニー・イェンが、棒で戦っちゃうところも、考えてみれば、そりゃあムリだろう、なんだけれど、ドニーがやっているから、納得。そして、ちえリサもゾンビと棒で戦っていたし…。

いろいろと符合の多い「ローグ・ワン」と「バイオハザード・ミュージカル」
などと考えているのは、世界中で私だけだろうな〜。

ま、いっか。

とにかく、スター・ウォーズが、また、私の元に戻ってきてくれたといううれしさに昨日から浸っている。
そして、エピソードWをもちろん鑑賞。
全部持っていると思っていたら、なぜかUだけない・・・ま、なくていいけど。

今までの3倍くらい楽しめた。
あの設計図は、ジンやキャシアンたちが命を賭けてゲットしたものなんだ!と思うだけで、何倍もドキドキした。

39年の時を隔てて、大きな環が閉じて、スター・ウォーズは希望をつなぐ話だったのだと思い至った。

ありがとう、ローグ・ワン!



posted by 風土倶楽部 at 23:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 極私的観賞日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月17日

新国立劇場マンスリープロジェクトと東京芸術劇場「紛争地域から生まれた演劇」

シェイクスピアは、つい、気になって手をだしちゃう。
今回の「ヘンリー4世」も、浦井くんがハル王子?B作がフォルスタッフ?面白そうじゃないの…というノリだったし。
と、演劇好きの友人に言ったら、もともと大衆演劇だったのだから、軽い気分で見るのでよいのだと。
そういわれると、なんだかほっとする。

でも、やっぱりちょっとお勉強してみようかなと、新国立劇場マンスリープロジェクトの「ヘンリー4世の魅力と、いま日本語でシェイクスピアを演じるということ」を聞いた。

世界でただ一人37作品全部を演出したという演出家の出口典雄氏による講義。
その出口氏が1975年に旗揚げしたシェイクスピアシアターのために全戯曲を翻訳したのが小田島雄志氏。
宝塚のシェイクスピア作品をやるときに監修しているからというわけではないけれど、シェイクスピアの訳といえば、小田島氏だと思っていたのだけれど、福田恆存氏とかなりバトルがあったそう。
知らなかった〜。

日本人は詩を語ったことがないのだが、英語圏の戯曲は詩と散文に分かれている。
確かに!
舞台で詩を語っているのなんて見たことがないけれど、シェイクスピアの戯曲には、あちこちに詩が出てくる。
だから、日本語でやるときには、演出家主導で読み方をつくらないといけないんだそうな。
そもそも最初に翻訳した坪内逍遥が、詩と散文を分けて訳してなかったそうで…
日本人にとっての詩というのは、俳句や和歌だから、朗々と読み上げる詩とはかなり大きな違いがある。
あのシェイクスピアの饒舌さには、詩も入っているから、なのかな。
小田島氏は詩人だから、そうした部分をうまく訳すことができたそうな。

言葉が状況を決定していく。
そういう意味でシェイクスピアは、観客に親切ともいえる。

シェイクスピアの作品には、権力と恋に取りつかれた人々が必ず出てくる。
権力や恋が絶対的なもので、それらにとりつかれて、取り違えたり、間違えして物語が進む。
ロミオとジュリエットなんて、恋に取りつかれた10代の若者が3日間で人生のすべてを知り、人生を終えていく話だ。


そして、ハムレットは後ろ向きに前に進むんだとか。

うーむ・・・わかったような、わからないような・・・でも、なんとなくわかる。

シェイクスピアは、相対的に物事を見ていく。
いいは悪い、悪いはいい・・・てな感じで価値の相対化をする。

さて、お気に召すままはどうなんだろう。
ちゃんと最初から最後まで観たことがないお芝居なのよね〜。
シェイクスピアは、比喩が多くて、セリフが膨大だから、観ている方もエネルギーがいる。
ちえさまが出ていなければ、あまり触手は伸びなかったかも。


「紛争地域から生まれた演劇」のイランの作品を観劇。これって、観劇なんだろうか…70人ほどの観客が、初めて台本を手にする役者と脚本に翻弄されながら、進行するというもの。作者は、兵役を拒否したため国外に出られない若手作家。自由を求めて、演劇の脚本で行けるところまで行こうというもの。行けるところって、どこ?この変わった脚本は世界20か国以上で上演され、あのラミン・カリムルーも、BWで演じたというので好奇心を刺激されてしまった。もちろん寝ている暇なんてなかった(笑 抑圧されている状態とは、こういうことか〜みたいな感覚を少し味わったような気がする。ほんの少しだけどね。
日本は平和だな〜。


posted by 風土倶楽部 at 18:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 極私的観劇日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月03日

Act Aginst AIDS 2016

行かないつもりだったのに・・・つい・・・

ちえさまの吸引力がすごすぎて・・・行ってしまった。

会場は満席で立ち見もたくさん。
あわててゲットした割には、2階席だけれど、南東のまあまあの席だった。

でも、やっぱり舞台の上のちえさまからは遠かった〜。
舞台の上を観たり、スクリーンのちえさまを観たりで忙しいことといったら。
あ、オペラグラスも。
あわあわしているうちに、あっという間にMaybe ifが終わってしまった。

がっくりしていたら、なんとミュージカルコーナーでロミジュリの「世界の王」を壮ちゃんたちと一緒に踊って、歌ってくれた!!

私的には興奮の坩堝だったんだけれど、なんせ一人なもんで、ペンライトを振り回すのがやっとだった。

ううっ、やっぱり遠い席はつらい。おまけにお隣は、どうやら春馬ファン。
アウェイ感いっぱい。ぐすっ。

でも、このライブは、豪華なメンバーが、いろいろコラボしてパフォーマンスを披露してくれるかなりお得感満載のイベントだということがよっくわかった。
昨年は1300万円ほどをラオスの子どものための病院に寄付できたとのこと。
音楽を3時間近くたっぷり楽しんで、寄付もできちゃうなんて、チャリティコンサートってステキ♡

24回も続けているとは、びっくり!
ちえさまのおかげで、またまたこういう活動を知ることができました。

ちえさまも、とっても緊張していたらしい。その緊張が、遠い席なのに伝わってきたし、May be ifのときにマイクや音響の調子が悪く、ばあやはハラハラしてしまった。ファンというのは疲れるものだ…。
ささやかなペンライトが、少しはお目に留まったかしら。
武道館ライトだと、単なる棒状にしか見えないと思ったから、Rのペンライトにしたんですけど…。
ちえさまの各種ペンライト、揃っているもんね(笑
退団公演のも、ちゃんと会場に行けたから、2本ともあるし。

AIDSは、まだまだ世界で猛威を振るっているのね。
このところ、知的障がい者の福祉施設とコラボして、プロジェクトを始めたので、そちらのお勉強に忙しく…。
こういう楽しいことで、少しでも貢献できるなんてステキ。
プロジェクトでも、こんな大がかりなイベントはムリだけれど、ささやかなチャリティコンサートをやってみたいなあ。

DSC_1158.jpg

posted by 風土倶楽部 at 23:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 極私的観劇日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする