2010年02月21日

NPOがやる意味

今週の水曜日から、伊勢丹のチャリティキャンペーンが始まります。
さて、どうなることやら。
これでがっぽり入るのね、なんて思われていたりして。
なわけないでしょ。
活動資金が少しできるのが助かる、という程度。
寄付という行為が根付いていない日本では、NPOは生かさず、殺さず、大きな組織があほらしくてやらないようなことを、でも、誰かがやらないとできないことを、善意に頼ってやっていくしかないものなんですよ。

なのにNPOの現状がわかっていない、なおかつ自分は特に困っていない、絶対に寄付したりしない人にかぎって、やれ金儲けだとか、なんとか言うのですよ。

って、心当たりがある?
あるもなにも、数年前にLJ21を四苦八苦してやっていたとき、某社団法人の元理事だかなんだかが、その団体の職員で、当時LJ21の理事だったK氏が副業しているのは問題だと組織内で問題にしたとか。

当のK氏がびびっていたので、ばっかばかしくなって、ホームページの組織概要のところに「当団体の理事は、報酬を一切受け取っていません」と明記しました。

毎日LJ21の実務をしている私と浦嶋さんだって、ほとんど無給でやっていたのに。だいたいLJ21のホームページをみれば、収益性のなさがわかるでしょうに。当時、各地のお仲間に1週間日記を書いてもらう「今週の私」も、みなさんにはお礼もなしでやってもらっていました。だから、心底腹立たしかったです。

某団体なんて、自分のところの雑誌にNPOの活動などを紹介しまくっているくせに、その実態なんてまったく知らないというわけですから。と、書いているうちにまた腹がたってきた。もう数年も前のことなのに。いまだから書ける裏事情です。

映画版の「ハゲタカ」を観ました。
「金のある悲劇、ない悲劇、世の中には二つしかない」
どちらも悲しい。
もうひとつ、お金にしばられる悲劇も。

チャリティの本当の意味って、お金を集めることでも、使うことでもなくて、その課題をみんなで考えるきっかけ、行動を起こすきっかけをつくることだと思う。
誰かが花を植えて、手入れをして、ずっと続けていく。そこの部分はお金では解決できないことのほうが多いでしょうから。
だからNPOが必要なのよね。

そこのとこ、わかってもらえるかなあ。
チャリティのお金がある悲劇になりませんように。

またしても立ち上げてしまったNPOみつばち百花だけれど、とりあえず拠点の国分寺で地元のみなさんとほんわか花を咲かせてみます。
おいしいお酒を飲むために、と言ってくださっていて、とても和みます。

ミツバチのためとかいいながら、結局、みつばちがつなぐ人との関係が面白いのかも。
お金にならないことのほうが楽しいというのは世の法則ですね。
posted by 風土倶楽部 at 16:37| Comment(0) | TrackBack(0) | NPO法人 みつばち百花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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