2006年12月02日

シマの力とは? 沖縄から考える日本 その1

ときどきたまらなく沖縄そばが食べたくなる。
考え出すといてもたってもいられないくらい。
3,4年前に、国頭村辺戸(へど)の最終処分場建設問題に関わっていたときには、年に3度ほど沖縄に出向く機会があった。
あのころ、辺戸のおばあに連れていってもらった今帰仁あたりにあったそばやが忘れられない。
国頭村入り口付近にある道の駅のレストランで、地元の人が料理してくれるそばも!

utaki.jpg
辺戸の御嶽(うたき)と呼ぶ聖地のすぐそばの共有地に処分場が、住民の合意なしに建設されるということになった。それに対して、地区の高齢者たちが結束して反対することになった。

その高齢者たちに、いくら村当局が無断で共有地に建設を決めたからといって、「ゴミを持ってくるな」だけでは地域エゴと言われても仕方がない。自分たちもゴミを減らす、出さない暮らしに変えていく努力をしたら・・・と提案、平均年齢70歳のおじい、おばあたちがつくった「国頭環境むかしの青年団」という会のホームページを立ち上げ、逐次、そんな活動の様子や村とのやりとりをアップするといったことでお手伝いをしていた。
(島豆腐づくりを習ったのも、このやんばるだった。残念ながら、このホームページは今はなし)

西表島にも友人がいて、毎年、9月下旬に開催される節祭に仲間とともに訪れたことがある。
「みるくさま」と呼ばれる神さまが天から降りてきて、1日かけてのんびりと芸能やご馳走を披露して、一緒に楽しんでいただくというお祭だ。同行者の面々が寝ても覚めても泡盛を放さないという連中で、祭の間中も泡盛を飲み続け、夜もカチャーシーをしながら飲み続け、空港でも飲み続けていた。
酩酊しつつ、西表の海と風と空に抱かれた3日間は、今までの旅の中でも忘れられないものの一つだ。

mirikusama.jpg
みるくさま
またお会いしたいです。

ところがその訪問の1年後ぐらいにさる企業のリゾート施設が、こちらもやはり聖地とされる砂浜に建設されることになり、現地の友人は反対運動の先頭に立つことになった。私は原告の1人として名を連ねたものの、以来、島には渡っていない。
たまたま目にした島のゴミが散乱したゴミ置き場と、施設建設反対がどうもしっくりこなかったせいもある。


大好きな友人たちがいる沖縄の地域が2ヶ所とも、環境問題に揺れたし、揺れている。辺戸は1年後に住民が勝訴したものの、それ以前に建設が予定されていた山のイタジイは強制的に皆伐される憂き目にあったし、西表はリゾートホテルが建設され、今も反対運動は続いている。

kaibatu.jpg2001年9月に強制的に皆伐された山。おばあたちは木にしがみついて抵抗した。



kaibatu2.jpg2005年3月に訪れたときの同じ山。ひこばえがかなり伸びてきていた。この件については本が出されていたし、私も現代農業増刊2002年2月号に「いのちをかけてこの山をまもり、子孫に残す」を寄稿しています。

沖縄ほど、先祖を大切にし、自然を敬い、さまざまな祭や行事が未だに執り行われているところは日本の中では数少なくなってきている。
それなのに、なぜ、こうも自然破壊が進んでしまうのか。資源がないから、タコが足を食べてしまうように、自然を食い尽くさなければ成り立っていかないのだろうか。海が美しすぎるから、汚れた部分が目立ちすぎるだけなのだろうか。

そのうえ、忘れてはならない基地の問題がある。
多額の補助金がつぎ込まれているにも関わらず、沖縄の景気は常に停滞しているようで、最近のニュースでは、給食費の滞納が4%以上にものぼり、全国でダントツのトップだという。

なのに、沖縄に移り住む人が多い。2005年度の沖縄への転入者は約26400人(総務省数値)。転出者は23500人。数の上では年間2900人の定住者が増加したことになるそうだ。
2004年度(2003.10〜2004.10)の沖縄県の年間人口増加率は東京を抜き、はじめて全国第1位(0.76%)にもなっている。
旅先としても相変わらず大人気だ。沖縄発の音楽も。
これが「シマの力」というものなのだろうか。

shimanochikara2.jpgそんな疑問の答えに迫れそうな「地域の自立 シマの力」上巻と下巻(コモンズ刊)が、私を砂丘に連れていってくれそうでくれない(なんのこっちゃ?という方はカテゴリー鳥取をご参照)鳥取大の家中氏から届きました。

沖縄大学地域研究所の創立一五周年記念事業として、「方法としての沖縄研究」という基本テーマを掲げて開催された、八回にわたる連続シンポジウムの第一回から第四回までの成果を収めたものが、二〇〇五年七月に刊行された上巻、それに続く第五回から第八回の成果が刊行されたばかりの下巻。

出版社による紹介文だと「沖縄を有力な手がかりとして、近代国家やアイデンティテイ、学問のあり方を、民衆思想・当事者性、島嶼社会、記憶と記録などをキーワードに捉えなおす評論集」とあります。

む、むずかしそう…(汗。。。)

気を取り直して、いくつかの章を読んでみたところ、一つずつの章立てが長いものではないので、思ったよりとっつき易いです。
沖縄を学問の世界から覗いてみたい方、沖縄から地域を捉えなおしてみたい方には最適な本かもしれません。自分の関わっている地域と比較してみると面白いと思います。

私にとって興味深かったのは、このところ仕事で各地の漁村を訪ね歩く機会が増えているため、漁業権の問題についての章。
沖縄本島は漁場利用と制限水域が重複していて、入ることができないよい漁場も多い。
本土のように漁業権が明確ではないがために、漁業補償が高額にならないという面もあるという。
「海はみんなのもの」という共同体意識が今も強いとも。
だとしたら、もっと大切にしてもいいだろうに、制度づくりがヘタなのか…。
まあ、これは日本人全体に言えそうだけれど。
というようなことをつらつら考えるための本です。

「民際学における当事者性」には、「仲間、出戻り、よそ者」の活用の仕方が述べられています。要するにUIターンなどですね。「既存の参加型開発を乗り越えるためには、よそ者が参加する広範囲な農村開発のネットワークをつくることである」とあります。

私は、いろいろな地域を見させてもらって、つくづく思うのは、いろいろな理屈よりも、人と人のご縁によるところが大きいということです。
バラバラになっていたパズルが合う時と場所というのがあって、それは人為的なものでは得られないように思うことが多々あります。

よい出会いが訪れるように、前向きな努力を双方がしていれば、その出会いの効率はよくなる、という側面はあると思いますが。
地域とは、それほどにミクロコスモス、千差万別というわけです。

と、まあ、いろいろあるけれど、話をもとに戻せば、60年前の戦争のときに日本から剥ぎ取られてしまったかもしれない沖縄が、今も日本の一部でよかったと、沖縄そばを食べる機会に恵まれるたびにしみじみ思うのです。

詳細はそれぞれ下記をご参照ください。
上巻
下巻



   


posted by 風土倶楽部 at 09:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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