2006年12月24日

農から始まるA to Z 2007年へのメッセージ 農業の概念を拡大せよ!

「おれ、たくさんの若い女性から握手を求められちゃったよ」と師匠。

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結城登美雄師匠、本日はいつものジジババではなく、首都圏の若い人に向けてたくさんのメッセージを発信!
それをしっかり受け止めた若い人たちが、思わず駆け寄り、このシーンが生まれました。

今日は国分寺のカフェスローでトージバによる「半農半X」のシリーズ・イベントが開催されました。

cafeslow3.jpgなんと驚いたことに100人を越える参加者の大半が20代後半の人だったのです!
「農」がテーマですぞ!
その熱気に師匠ともどもびっくり!
地方の人たちに、特に過疎地の人にこんな熱気が渦巻いていることをぜひ、知ってほしいです。


この師匠と握手している女性たちは師匠に駆け寄り、
「友人に誘われなんとなく来たのだけれど、感動しました!握手してください!」

今回のゲストは、当ブログではおなじみのごっちゃんこと雨読晴耕村舎の後藤雅浩さん、群馬県藤岡市で古代米浦部農園を営む浦部修さん、そして師匠のお三方でした。

cafeslow2.jpgごっちゃん(真ん中)は、日本の農業にとっては、風土や長年培われた考え方に合った、自分のような小さな農家が重要と羽生市の農園やライフスタイルをたくさんの画像で紹介していました。
子どもたち、地域の人々、そして生き物たちとの関わりがイキイキと伝わってきて、雨読晴耕村舎を中心とした世界が確実に羽生市の片隅に生まれ、順調に育っている様子がよく伺えました。
それは古くて新しい風景だといえます。
人々がそこでつくられた食べ物を前に楽しそうに集ったり、レンゲ畑が広がったり、子どもたちがイナゴ捕りに夢中になったり。
美しい風景、すなわち美しい日本はこんなふうに生まれる、いや、こんなふうにしか生まれないのです。

ごっちゃんはこの前に書いた「共同店ものがたり」で紹介した「なつかしい未来」という言葉にとても刺激を受けたとのこと。
そう、あなたこそ、そんな未来を着実に築いていっている人です。
その未来づくりを一緒にしたいから、おいしいバジルソースや発芽玄米餅を風土倶楽部で扱わせていただいているのです。

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後藤さんがおいしい加工品を次々に生み出す糧工房。
詳細は当ブログのこの記事へ


さて、浦部さんは元都庁職員で、半農半公務員をしながら、古代米各種を有機栽培でつくり、7000人の顧客と直接つながっているという今、もっとも新しい農家さんです。
その言葉には、実践者ならではの力強い響きがあり、農業の可能性を信じさせてくれる方でした。

cafeslow4.jpgそして、いよいよ師匠の登場となりました。
聞き手はトージバ代表の渡邉尚さん(「今週の私」に登場!)、、一緒に仕事も活動もやっているアースデーマネー事務局の高橋慶子さん(慶子さんは岩手時代に登場!)です。

最初はいつもとちょっと勝手が違ったためか、さすがの師匠も手探り状態でしたが、聞く側のツボがわかってこられた後半はもう結城ワールド絶好調になりました。

半農半Xというけれど、「専業農家」という言葉は戦後言われ始めたもの。
農だけで食べられた時代は未だかつてない。
兼業が当たり前だった。

今の社会は、買う力が豊かさだと勘違いされてきた。
必要なものは自分でつくるものだ。それが生きる力になる。
ところが、つくる力がなくなり、買う力で補おうとしたことでさまざまなひずみが現れてきた。
だから、つくる、育てる楽しみを忘れるな。
人と交換できるものを作り出せることは幸福なこと。

といいながら、真室川の木工品や朝日村の草縄などを披露。
会場には「わあ、すてき!欲しい!」「つくってみたい!」というため息にも似たささやきがそのたびに満ちました。

聞く側のツボは果たして何だったのか。
一口に言えば「漠然とした不安」でした。
cafeslow5.jpg何もかも人任せにしてしまった今、自分には何ができるのだろう、
何をすればいいのだろう、
どうすればもっと確かなものを手に入れられるのだろう…
熱心にメモを取る参加者が目立ちました。

師匠が「ここに来たみんなの心の中にあるものが大きいから 半農半Xにこれだけ反応する。反応している心はどこへいくのか」と会場に投げかけられたところ、

「不安のサイクルから抜け出たい」

「やりたいことをしようとすれば、まずお金がなければできない」

「自然に触れたときに心が解放される、学ぶことが多い」

といった素直な発言が参加者からありました。

折りしも、内閣府が21日発表した「食料の供給に関する特別世論調査」によると、
現在40%の食料自給率を「低い」とした回答が47%とほぼ半分を占め、2000年7月の前回調査時点より14.1ポイント増加。
将来の食料供給に「不安がある」としたのは76.7%、不安の理由(複数回答)は「国際情勢の変化で、食料や石油などの輸入が止まる」(61.6%)が最多。「食料増産の限界」(56.5%)、「異常気象、災害による不作の可能性」(56.2%)が続いている

などの結果が出ています。

私も、このところ20代後半から30代の人と一緒にアースデーマーケットなどで一緒に活動している中で、若い人たちについて考えることが多くなりました。
例えばエコプロダクツ展に参加したときも、私たちのブースの周りには若い人たちがたくさん吸い寄せられてきます。
明らかに企業のブースにいる人たちよりもずっと年齢が若く、何かを求めて来ているという「探し物中」の雰囲気が感じられるのです。
もちろん企業のブースに、彼らが求めるものがあるとは思えません。

今回、会場で「りんご」をささやかに並べていたら、何人もに「エコプロで買いました!」と声をかけられました。
アースデーマネーのスペースでも、このイベントのチラシをかなり配布していたからでしょう。

考えてみれば、2040年には北極圏の氷がすべて溶けてしまい、日本にはマラリアなどの病気が発生し始めるというシミュレーションもあります。日本の食糧はそのころどうなっているのか。農業もいいなあなどとのんびりしたことを言ってられない、誰もが必死で食糧を確保しようとするような状況になっているかもしれません。30年後、私はこの世にいない可能性大だけれど、20代は50代、その子どもたちは成人するころです。彼らにとっては遠い未来のことではないのです。

生存権を脅かされている世代が今、動き出そうとしている、
人の本能が何かに向かいはじめている、
そんな気がしてなりません。
危機感と欲こそが人を動かす原動力です。
衣食住、すべてが満たされた、少なくともそれで生存を脅かされる必要がなくなった反面、もっと大きな危機がそこに迫ってきている。

最後に師匠が、「90才の農業者の老人と双葉のぽっ」のエピソードを披露されました。
種を蒔いて、双葉が芽を出した瞬間の喜びに「だまされて」90才まで農業をやってきた老人の話です。
何度聞いても、涙が出そうになります。
何かを自らの手でつくりだす、つくりだしたい!と思う心もまた人間の本能なのでしょう。

参加者たちの心にも、ぽっと双葉が芽を出したような、本当に素敵なイベントでした。

師匠は、農に関わることを土を耕して、農作物をつくるだけで考えるな。もっと農の概念を広げなさい、ともおっしゃていました。
農はつくることから、食べることまで、すべての人が関わることができるものです。というより、暮らしの根幹です。だからこそ、すべての人が避けては通ることができないものでもあります。

また、農水や農協の言葉でなく、農を語れとも。
双葉から語ることが大切ということですね。

LJ21が師匠たちの支援を受けながらささやかにやってきたこの数年間は、まさに田畑を耕していたともいえます。ここからどんな芽が出ようとしているのか。

一緒に歩もうとしている新しい仲間たちとこのイベントの雰囲気を共有できたことは大きく、2007年がとても楽しみになった一日でした。
トージバ、カフェスローのみなさん、慶子さん、お疲れさま、そして、ありがとうございました!


ラベル:農業 食の未来
posted by 風土倶楽部 at 18:25| Comment(2) | TrackBack(0) | 関連イベントのお知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
師匠にとっては、今年も最後になって「希望」を感じる集まりになったようですね。
Posted by kaiです at 2006年12月25日 13:54
ただ、この「希望」はとてももろいものでもあると思います。
あらゆるところに潜む“ブラックバス”に駆逐されることなく、そっと育てていきたいとオバサンは思うのでありました。
Posted by LJ あさだ at 2006年12月26日 22:57
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