2013年07月27日

観劇日記 2013年7月 V 小劇場系はお気に召さない?

本多劇場でトラッシュマスターズの「極東の地、西の果て」を観劇。
芸術が世界を救うか、というテーマでの近未来のお話。農業をしながら芸術を学び、切磋琢磨する芸術学校ができて、そこから優秀なアーティストが数多く輩出され、その人々が学校を支え、巨大化した学校は九州に拠点を移し、その収益で九州が日本から独立を果たす。が、数年後にアメリカなどの介入により、挫折して、再び九州は日本に。最後の抵抗をするテログループのお話。芸術礼賛、芸術の力を信じようというのがメッセージ。3部構成でなんと3時間15分ぶっ通し。頼むから休憩入れてよ。観る側のことも考えてほしい。

残念ながら、第3部の物語回収地点で説明セリフがやたらと多くなり、最後にすべてはアメリカの陰謀になっちまって、そりゃないだろう、、、でした。TPPを持ちださなかったらよかったのに。食料自給率の話も、戦後の小麦をアメリカが日本に持ち込んだ話も、アメリカの陰謀といった話で片付けるのは違うと思うんだけどなあ。食の西洋化は日本だけじゃないし、逆にアメリカで日本食が浸透していった部分もある。豆腐と納豆と醤油(だっけ?)と言う日本の食文化を代表するものが失われていくことを表現した「悲しみの食卓」という絵がモチーフになっているのだけれど、踏みこみ型がやはり中途半端。安く大量に食糧を供給するためには、国産だけでは無理。背景はもっと複雑。いろいろ詰め込みすぎなんじゃないかなあ。彼らが、テロ集団に至る過程がよくわからない。芸術学校が急速に力を得て、九州を独立させることができるほど芸術の力が強かったのなら、芸術で戦うべき。血族にこだわってみたり、反原発だったり…。
食文化を守りたいなら、彼らの暮らしぶり自体がもう少し食を中心とした描かれ方をするべきじゃない?
この劇団は社会問題をテーマにエンターテイメント化している劇団ということらしいけれど、世の中はもっと複雑だと思う。地域づくりから農業を見てきた私としては都会的な捉え方だなと終始思った。かわいがっていた鶏の首を泣きわめきながら切るというシチュエーションも、ありがち。一度も自然の光や風に当たることもなく、命を終えるブロイラーたちの現状を知ることの方が重要かも。イチゴハウスの中で酷使されるミツバチとかね(笑

しかし、世の中、うまい役者は多いとつくづく思う。ほんの7人の出演者なんだけど、レベルは高かった。ただ、ヨーグルトを足に塗って、それをなめさせるシーンには辟易としたけど。

先日の東京芸術劇場のセミナーでの講師扇田氏によると、つかこうへいは、「見るー見られる」関係に支えられた劇場型マゾヒズム。つかが描く男たちは多くの視線にさらされる最大の屈辱の場として「劇場」」を捉えていたとのこと。つか芝居は多くの演劇関係者に影響を与え、つか前、つか後と言われている部分もあるぐらいだから、小劇場の作品にはこの傾向があるのかも。役者はさらけ出したいという欲望をもったマゾ、なんですかねぇ。
ヅカの元娘役の女優が、「演出家にきれいな型をすべて捨ててくれと言われ、困った。ヅカではどのようにしたら美しく見えるかが一番重要だったから」と言っていたのがとても印象的。小劇場系は、さらけだし合戦だね(笑

タバコを吸うシーンが多くて、タバコ嫌いの私としては匂いだけでもいやだった。小道具としてタバコは必要なんだろうけれど。

私、小劇場系は、好きじゃないのかも…(笑

posted by 風土倶楽部 at 23:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 極私的観劇日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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