2014年01月11日

観劇日記 東京乾電池「かもめ」

先週、30年ぶりぐらいに東京乾電池を下北沢スズナリで観劇。
柄本明氏と朝比奈尚行氏のアフタートークが急きょ設定された。ゴマ塩頭になっちゃったなあ…時の流れをつくづく感じちゃった。自分も白髪頭だ…。

演目はチェーホフの「かもめ」で、あまり乾電池らしくない演出だった。はじけてくれるのを期待してたんだけど。
乾電池の役者さんたちだから、なんとなく意味ありげなセリフ回しと仕草なんだけれど、それがうまくはまっていかない。はまっていかないのがいいのか、よくないのか、イマイチわからず。緊張感のない舞台だったためか、私の眠気バロメーターだと、かなりうつらうつら夢の中。

チェーホフの「かもめ」は初めて観たし、演劇の世界ではとても有名な作品。その後の演劇にも大きな影響を与え、再演されることが多い。なんとなく敷居の高い作品でもある。
なので、東京乾電池なら、とっつきやすいかなと期待してみた。
軽く予習をしてみたら、喜劇という捉え方もできるということだったので。ならば、乾電池の得意とするところだし…って、私の乾電池は30年前で止まっているわけで…(笑

演出としては、主要な登場人物たちが会話をする間に、使用人たちが忙しそう舞台を横切ったり、後ろを歩いたり。とても芸術のことを悩んでおられないという図式が面白かった。この作品が書かれた当時は貴族社会があったころだから、芸術というものも一般化していなかったから、これはアリだなと思いながら観ていたら、朝比奈氏も、この演出に言及していた。演出は、柄本氏の奥さんの角替さん。

しかし、ロシア文学や演劇の登場人物の名前は難しすぎる。覚えられない!
これは、朝比奈氏も言っていた。日本名でやってくれると、もっとわかりやすいかも。

あまりにも久しぶりに観たので、乾電池のセリフの言い方なのか、役者のクセなのか、主演の川崎トレープレフの口先で言うセリフがちょっと気になった。母親に養ってもらっているようなトレープレフだから、地に足がつかず、ふわふわした、まあ、いわば前向きなニートの青年ゆえのセリフ回しなのかな?

最後まで調和しない登場人物たち。人生はそんなものなのかもねぇ。
そこから、一人抜け駆けするのがトレープレフと見るべきなのか。
はるか未来のことをごちゃごちゃ考えていて現実をみようとしない青年は、今でいえば、アニメやゲームの世界に没頭しちゃうことに通じるのかも。

戯曲を読んでみるかな。

「かもめ」に関しては、NHKのこのサイトがとっても面白い。これを読んでから見ればよかった。

6月にバウホールで礼真琴主演でも上演される予定。
「恋」だらけの戯曲としてチェーホフが書いたそうだから、宝塚にとっては脚色しやすいのかな?
でも、ニーナは最後までトレープレフを男として見てないと思うんだけど…(笑 

人生は悲劇か、喜劇か。
喜劇だとよく思う今日このごろのカレイなる日々ですだよ。

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posted by Luna at 18:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 極私的観劇日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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