2015年08月18日

川端康成著「女であること」

1956年に書かれた小説。
古臭いかな…と思って手に取ったけれど、まったく感じさせなかった。
もちろん当時の風景や日比谷のあたりの雰囲気は異なるけれど、人間の心情は、いつの時代もそう大きな違いはない。

弁護士佐山の妻市子を理想の女性として、殺人者で裁判中の男の娘妙子と、夫が女をつくり家を出てしまった市子の女学校時代の親友の娘さかえが、周囲をぐるぐると回り、人生にもがいていく様子が丹念に描かれている。

人生の最初から大きなハンデを背負わせれた妙子が、しがみつかざるを得ない男子学生の存在、
父親コンプレックスゆえに年の離れた佐山に惹かれて、苦しむかなえ。
初恋の人と別れてしまい、いまだにそのときの熱情に時折、わけもなく襲われる市子。
人生にありがちなさまざまな「傷」が、男と女の情感の中で広がったり、癒されたり、再びの傷になったり…。
そんな繰り返しで人生は過ぎていくのだろう。

川端康成らしい日本人の情感にあふれた小説だった。
翻訳されたものを読む海外の人は、この文章の中の日本のあいまいさや、こまやかさを理解できるのだろうか。

物語は動きそうで、動かず、なのに登場人物たちを引っ掻き回すさかえの存在が気になって、538ページという分厚さなのに一気に読み終わってしまった。
丸の内から日比谷にかけての描写が、とても懐かしかった。
川島雄三監督により映画化されているので、見たいなあ。
市子が原節子、かなえが久我美子、妙子が香川京子、佐山が森雅之・・・いい配役だわん!

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posted by 風土倶楽部 at 10:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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