2016年08月26日

「神なるオオカミ」

2016年(今年やん…)製作の中仏合作の映画「神なるオオカミ」
TSUTAYAでふと目に留まったので。

日本では絶滅してしまったオオカミ。
生態系の頂点がいなくなったおかげで鹿もイノシシも増え放題。
人間が増えてどんどん山野を浸食している間は、そのバランスの悪さが顕在化しなかったけれど、今や、森は荒れ果て(一応緑豊かに見えてはいるけれど)、人の暮らしがケモノたちに脅かされる事態に・・・

日本は山がちな国だから、その荒廃ぶりはわかりにくいけれど、映画の舞台になったモンゴルは草原がほとんどだから、とってもわかりやすい。

この映画では、オオカミは徹底的に美しい気高い生き物として描かれている。
本能に従い、大自然の中でその役割をはたしている。
人間もその大自然の一部であるかぎり、オオカミとは対等に命を張り合う。

が、そこに外から、金と生業を求めて人間がなだれこんできたときに何が起こるのか。
お定まりの自然の破壊。そして、オオカミの生息を脅かす。
どこでも同じことを繰り返していくのが人間。

舞台は、文化大革命の時代。辺境の地に下方されたインテリ青年が、オオカミに魅せられてしまう。
オオカミの子どもを間引いていくことに耐えられず、1匹の子犬(オオカミの)をこっそり育て始める。
都会の男というのは、どこの国も同じだな〜。
やたらと感動するけれど、自分の価値観は捨てずに、草原の民の暮らしを引っ掻き回していく。
そこに、政府の役人(下っ端だけど)が主任として赴任してきて、開発を推進していく。

この両者の愚かさが、同じ量で描かれているのに好感をもった。
迷惑するのは草原の民とオオカミ。
でも、結局、草原の民は、開発者と手を組み、新しい時代を築くことに踏み出していく。

中国とフランスという現実派の民が作った映画だなあ。
日本だと、もっとウェットな内容になっちゃいそう。

25年ほど前にモンゴルに釣りに行ったときに、現地で人を襲うようなケモノはいないと言われたので、イトウ釣りに夢中になっていたけれど、この映画をみて、あれ?モンゴルにオオカミがいるやん・・・

ググってみたら、いる。準絶滅危惧種だけれど、いる。

ということは・・・あのときもいたのか。。。
誰もいない川べりで魚を釣ったり、草原でうろうろしたり、漆黒の闇の中で星空を眺めていたりしたっけ。

オオカミのいる自然、いない自然。
ずいぶん受ける印象が違うものだ。

ところで、映画の中でモンゴルに中国の役人(漢人)が来るのも気になって、これもググってみて驚いた。
近代のモンゴル史は、僧侶が数万人単位で処刑されたりと虐殺の歴史でもある。
この映画の草原の民たちと漢人たちとの関係性に納得。

25年ほど前に行ったときは、ウランバートルは淋しい街だったけれど、現在は、きっと近代的なビルが立ち並んでいるのだろうなあ。
近代化と人の幸せ、近代化と自然の在り方、いろいろなことを考えされられる映画だった。

ぜんぜん眠くならなったから、☆☆☆☆☆


posted by 風土倶楽部 at 14:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 極私的観賞日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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