2007年06月10日

どんなホラー映画よりも怖くて、悲しい「六ヶ所村ラプソディー」

観ている間中、こんなにいろいろなことを突きつけられた映画は初めてでした。
胸が苦しいような感覚がずっと続く映画も初めてでした。

鎌仲ひとみ監督の「原子力が今を生きる私たちにとって、いったい何なのかを見極める映画をめざした」という言葉通りのドキュメンタリー映画「六ヶ所村ラプソディー」を観ました。
反対の署名はしていたのものの、この映画を観ることでしっかり立場を鮮明にすることができました。

六ヶ所ラプソディーのブログ

登場する人の中で一番印象に残ったのは、六ヶ所村の隣の十和田村で有機無農薬栽培で米作りをして、消費者に直販している苫米地ヤス子さんでした。
あえて、使用済み核燃料再処理工場のことを正直に話してお客さんにアンケートを取ります。が、何人かの購入者から、今後はいらないという反応が返ってきました。
彼女は、いつもおいしいって言ってもらえることがうれしくて、「秋になったとき、私ほどしあわせなものはいない。この田んぼの米は全部私の。隣の薬をかけた田んぼがいっぱいなっていても、ぜんぜんうらやましくない。これが、全部、私のって。ばかみたいね。でも、きれいでねー」と言いながら、涙を浮かべます。

再処理工場が稼動すれば、大気中に放射性物質を含んだ気体が放出される。
「これが安心して食べられる最後の野菜になるかもしれないよ」といいながら、野菜を販売する直売所なんて、悲しすぎる。

海だって、処理した水が大量に放出され、誰も近寄らない死んだ海になっていく。
海を追われた漁民の方が、「子どもを育てるためなら、どんな仕事でもする」と工場の中で危険な作業を何重にも作業着を着ながら行う。

政府の原子力委員の一人の学者は、「安全なわけないでしょ。でも、信頼はして欲しい」とわけのわからないことを言う。
そして、「結局はお金でしょ」「原子力発電はものすごくもうかっているんでしょうね」と。

さまざまな現実を見せてくれるこの映画が私の胸を苦しくするのは、すべては、この六ヶ所村の現実に自分がしっかり加担しているから。

パンフレットに掲載されている、シカゴ大学教授のノーマ・フィールド氏による寄稿文には、80年代に漁民による激しい反対運動が繰り広げられたのに、全国的な関心が低かったのは、「私たち全員が原発の恩恵にあずかる立場におかれているからではないか。放射線の不可視性は共犯関係からくるやましさまでをやさしく覆い隠してくれる」とあります。

苫米地さんが、雑草が芽が出し始めた田んぼのイネに除草剤をかけたくないと、丁寧に一つずつ手で周囲をかき混ぜながら、イネたちに「がんばってぇ」と小さく声をかけていく姿に私たちは何ができるのか。

プルトニウムはたった20gで2000万人を殺せるそうです。
日本の原発は54基、年間1000tの使用済み核燃料が出てきて、そのうち800tを六ヶ所村の再処理工場で処理し、8tのプルトニウムを取り出す。そして、これが各地の原発に運ばれる。道路を通って…。

あー、もうっ!
いったい私たちは、何をやっているのか。何をやってきたのか。

無駄な電力消費をやめましょうというと、どうせ経済発展が阻害されるとかなんとか言うんでしょ!
そんな問題じゃない。食べ物を電力と引き換えにするのは愚の骨頂。食べ物はすなわち私たちのいのちそのものです。
そして、子孫にたくさんの負の遺産を残したくない。核廃棄物は100万年たっても、放射能が消えることはありません。狭い国に54基!

CO2削減のために原子力発電をするのではなく、無駄遣いしているエネルギーは何かが先。
オール電化だとか、24時間営業とか、私は必要としません。
例えば、トイレの水が勝手に流れることも、手を乾かすのに送風で乾かすこともなくていいし、自動ドア、自動販売機も、もっと減らせばいい。

みなさま、上映会が各地で行われています。
ぜひ、観てください。
自主上映会もできます。
そして、ご自身で判断してください。

今回も、また、50人ほどの会場の8割が若い人でした。
800万人といわれる団塊の世代は、2人ほど。
映画の中でも、60代と観られる道行く夫婦に「再処理工場について、どう思いますか?」とインタビューしたら、「年だから、関係ない」との答え。
相変わらず、団塊の世代嫌いの私です。

六ヶ所村から排出される放射能は、津軽海流や北風に乗って、岩手県以南までやってくる。
今日、岩手の友人から届いたメールには、
当初2007年中に予定されていた本格稼動が工場の設計ミスで少し遅れるらしいとの情報があり、署名活動の締め切りが8月まで延長されたとありました。
設計ミス…ますます怖すぎです。

東京朝市の風土倶楽部ブースでも、署名活動を行います。
ラベル:原子力発電
posted by 風土倶楽部 at 18:49| Comment(3) | TrackBack(0) | 極私的観賞日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
絶対に見に行きます。
確かに便利な生活に慣れてすぎて、一方で失っていくものもが沢山ありますね。
一度、失ってしまったら・・・・・。
何もできないかもしれないけど、まずは署名します。
団塊の世代の方・・・。確かにそう方います。また未だにバブル時代にひきづられている人を見るとイヤになりますね。
Posted by yagi at 2007年06月10日 23:14
国民、市民、が知らないうちに、作られたり、稼動されたりして、被害にあうのは、知らされていない国民、市民ですよね。
本当に民主主義の国なのだろうかと、疑いたくなります。水俣を代表する様々な公害
や、廃棄物の最終処分場による汚染も知らないうちにおきましたね。
六ヶ所村の再処理工場は、原発の産業廃棄物を危なっかしい工場で、再処理するわけです。排出する放射能を除去する装置ができているにもかかわらず、つけないのです。原燃は、企業ですから、利益追求のために、費用のかかるこの装置を付けないそうです。日本の国は、他業種の排水に関しては、厳しい規制をつくり、浄化槽の義務つけをしているのに、何故許されているのでしょう。
海は、広いから拡散して大丈夫と言うことですが、水俣の経験を全然学んでいないようです。何かおきたら、私達の税金を使って保証なり、医療費をつぎ込むつもりなのでしょうか?ちなみに、保険会社は、戦争と、放射能による被害については、保証
しないそうです。
戦争と同じくらいの危険性が有ると言うことなのでしょうか?

私も、2年程前にこのことを知り、昨年7月に陸前高田で、六ヶ所村ラプソディーを上映しました。
なんとしても、本稼動を阻止したいものです。

Posted by 河野 充枝 at 2007年06月11日 00:15
一番知らなければならないことはほとんど報道されなくて、どうでもいいことはたくさん報道される。
本当に知りたいことは、自分で知ろうと努力しないと、ですね。
こういうことを推進する人たちの精神構造というのは、どんなふうになっているのでしょう。
パンフレットにある坂本龍一氏のコメントに「人類史に普遍的なストーリー」とあります。そのストーリーをハッピーエンドに持っていかないと人類は終わりますよね。
Posted by あさだ at 2007年06月11日 09:34
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