2017年04月13日

東京芸術劇場プレイハウス「ハムレット」

いいものを見せていただきました。
役者がどうのという前に、ジョン・ケアード氏の演出がすばらしい!

亡霊により動き始めるお芝居なのだから、能との親和性はばっちりなのだ!
こんなに能の世界とシェイクスピアが呼応するとは思いもよらなかったのだけれど、実際に見てみると、とてもしっくりして、新しいハムレットになっていた。

衣装も、能衣装を彷彿とさせるようなシンプルな中にも気品のあるもので、各登場人物にふさわしいものとなっている。

そして、藤原道山氏による尺八の音色の緩急自在な物語へのコミットがすばらしい!
役者を追う照明もすばらしい!

演出というのはこうでないとね〜。
ケアードさん、すごい!
セリフは現代語になっているからわかりやすい。
舞台セットのシンプルさが役者を引き立てる。
能の世界(決して難解な能の世界ではなく、そうか、能の世界も、こういうことだったのか…と気づかせてくれるレベル)との融合に無理がない。
音楽、照明の使い方が秀逸。

と・・・私的には大絶賛!
どこかのブロードウェイの演出家とは大違いだった。

レミゼラブルの演出を手掛けていたり、シェイクスピアもたくさん演出している人だけれど、奥さんが日本人であること、何度も内野くんと組んで仕事をしていることなどから、日本の文化や役者についての造詣も深いようだ。

こういう舞台をがっつり見せてもらえると、お芝居の面白さ、シェイクスピアのすごさががんがん迫ってきて、3時間20分(休憩15分を含む)、なんとこの私が眠らずに終始覚醒。
まあ、D列というので4列目だと思っていたら、最前列、それもセンターで仰天した席ということもあるけど(笑
もう一度、今度は後方席で観たい。が、日程がムリか…。

先日、テレビで蜷川演出のハムレットを観たから、つい比較してしまうのだが・・・

ハムレットの内野くん(うっちー)
なぜかうっちーのお芝居はちょこちょこ見ている。なぜなんだろう(笑 それだけ、彼がよく起用されているということなのかな。
どうもうっちーは、どれをみても、うっちーなのよね。
このハムレットも、やっぱりうっちーハムレットだった。嫌いじゃないんだけれど、見ている間中、あ〜、うっちーだ・・・と思ってしまった。

蜷川ハムレットの藤原竜也の方が、初々しい感じがまだ残っていて、それらしかった。
うっちーハムレットだと、浅野ガートルードと親子っぽくない。愛人同士みたい。

今回の演出で、おおっ!と思ったのは、一人二役が多いこと。唯一、ホレイショーの北村有起哉だけが二役ではない(あ、浅野ゆう子も?)。二役をすることで、人間関係がより重層的になり、実に面白かった。もう一度見てみたい理由もここにある。組み合わされている役の意味を探りたくなる。

今回、役者として注目したのが浅野ゆう子。立ち姿の美しさ、色っぽさに驚いた!
発声も、滑舌もすばらしく、大女優だ。
これだとガートルードをクローディアスがわが物にしたくて…というのが、ものすごく説得力を持つ。
なんで兄を殺すかね…という疑問が一切わかなかった(笑
権力欲よりも、愛欲?
だからか、國村クローディアスが、ちょっとかわいく見えてしまったけれど。
その点、やはり蜷川ハムレットの平幹二朗の方が、兄のものを欲しくなっちゃうどろどろ感があった。

しほりちゃんのオフィーリア・・・直虎での嫉妬に狂う直親の嫁役が強烈すぎて、ゴメン。可憐なオフィーリアになかなか浸れなかった。とっても上手なんだけど…。
北村ホレイショ‐は盤石。

唯一オイオイと思ったのは、ハムレットと和樹レアティーズの棒術合戦。
バイオハザードでのちえさまの棒術を見ているから、どうしてもあのレベルを要求してしまう。
危なっかしくて、ひやひやした。
もうちょっと練習したほうがいいかも。

和樹レアティーズとしほりオフィーリアの短いアカペラの歌のハモリがとても美しかった。
壤さんと村井さんの墓堀りなんて、おまけもついて、見せ場たっぷりのお得感満載なハムレットだった。
もう一度観たいなあ・・・
シェイクスピアの戯曲が、観客に親切だということを今回も納得。
心情をすべて吐露し、状況をすべて話してくれる役者たち。だから、セリフが膨大で、みなさん、ちょこちょこ噛んでた(笑 でも、亡霊登場から、一気に走りぬけるハムレットの苦悩と逡巡。そして、大大円へ。
ホレイショーがどんなに語り継いでも、人間の愚かさと欲の深さは計り知れず、同じ過ちを犯し続ける。
それが人間というもの。

さて、BSプレミアムで放送された「クレシダ」
平さん最後の舞台。
2016年に2月「王女メディア」を見ておいてよかった〜。クレシダは、9月に上演されて、10月22日に永眠。
82歳!
クレシダは、1630年代のグローブ座での少年たち(当時はオンナの役は少年たちがしていた)の役者として、人間として成長するさまを描いたイギリス発の戯曲。
平さんは、元役者で少年たちの指導役。
随所に演じること、年を取ること、天才とは?時代をつくるものは?など、キラキラするテーマが仕込まれているすごい戯曲。平さんの最後にふさわしいお芝居だ。
最後は天に召されていくところで終わるのも象徴的。
もう観れないのだなあ・・・。
がっつりな芝居を見るたびに、平さんの存在の大きさをひしひしと感じる今日このごろだ。
ご本人は、役者人生を全うして満足だったのかなあ。
それとも、まだまだもっとやれると思っていたから、あれ?まだ、幕じゃないよ!という感じだったのか。
後者のような気がする。

posted by 風土倶楽部 at 12:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 極私的観劇日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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