2017年09月06日

二度目の「ビリー・エリオット」

実は、二度目のビリー・エリオットを観劇していたのでした。
NEMO船長の前日に観たものだから、謎のNEMO旋風にくらくらして、そちらを先に書いてしまった。

ビリー・エリオットの完成度は、ますます増していた。
特にもちろんウィルキンソン先生のちえさま(柚希礼音)♡
声が一段と明瞭に出ていたし、動きのメリハリも完璧。
縄跳びも、一層軽快になっていたし、お芝居も、細部まで行き届き、さすがのちえさま♡

この日は山城力くんのビリーだった。
彼は、やりたい!という気持ちだけでほぼゼロから出発して、ビリー役を掴んだ。
セリフの間が微妙にずれるなど悪く言えば素人くさい部分を残し、よく言えば、それがビリーそのものだった。ゼロからの出発で、よくあそこまでダンスも、歌も、自分のものにしたなあ。子供の力というのはすごいものだと、またまた感心させられた。
マイケルは、城野立樹くん。マイケル役は、本当に影の立役者だよね〜。マイケルがいなかったら、ビリーは途中で心が折れていたと思う。今回も、また、そう思わせてくれるマイケルだった。

おばあちゃんは根岸さん。久野さんのおばあちゃんより、おばあちゃんぽくて、コミカルに演じていた。
益岡パパは、やさしくて、気が弱くて、妻に先立たれて自分を見失ってしまっている男そのものだった。吉田パパは、頑固で思い込みが激しくて、妻に先立たれて、自分流を押し通そうとする面が先走ってしまったパパだったから、違いがはっきりしていて、面白かった。

中河内兄も、藤岡兄よりも、やさしい感じ。
ということで、全体的に、ビリーを囲む状況が、より悲劇的で、ビリーだけじゃなく、周りの大人たちの状況も悲壮になっていて、初日プレビューのときの絶望感とは違った。
そのためか、炭鉱夫たちの悲壮感や無力感、くやしさが迫ってきて、ビリーに心を寄せつつも、やはり大人たちの今までとこれからがとても気になった。
特にラストシーンの炭鉱夫たちが地下に消えていく演出にはぐっときてしまい、明るい未来に向かって旅立つビリーとの対比に涙してしまった。やっぱりそちら側の年代だから、去りゆくものの気持ちに寄り添ってしまう。

だから、ちえキンソン先生のラストシーンの複雑な思いも、ひしひしと伝わってきて、目が釘付けだった。
華やかな道を歩いてきたちえさまが、たくさんの鬱屈を抱えるウィルキンソン先生をこんなに丁寧に演じていることを思うと、やっぱりちえさまの今までの大変さなども、ファンとしては胸に迫り、このシーンは、いろいろな感情がどっと襲ってきてしまう。
なので、ついビリーの存在が薄れちゃう(笑

ビリーという少年のサクセスストーリーだけれど、主役は実は大人たち全員なのよね〜と、ばあやは思ってしまうのだ。
この作品のすごいところは、そこなのかもしれない。

さて、次回は、いよいよちえさまとヌッキーの組み合わせ。絡むシーンはないんだけど。

早いもので、もう公演は折り返してしまった。そして、9月。今年も、どんどん終わっていく…


posted by 風土倶楽部 at 11:58| Comment(0) | 極私的観劇日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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