2019年09月04日

門田隆将著 「日本、遥かなり」

門田隆将著 PHP研究所
「日本、遥かなり
エルトゥールル号の「奇跡」と邦人救出の「迷走」」


急にブログを復活させる気になったのは、この本に出合ったから、かもしれない。

世界は常に混沌とし、なにがあっても不思議はない状況があちこちで常に起こっている。 日本だけが、戦争はいやです!という抽象的な物言いで逃れられるはずもない。

戦争なんて、誰でもいやだ
戦争はいけません、絶対にしてはいけませんとテレビなどで戦争経験者の高齢者が言っているけれど、そんなの当たり前。
なんの答えにもならない。

なぜ、国民の命と財産を守れなかったのか。
なぜ戦争に巻き込まれたのか。

考えるべきこと、知るべきことはたくさんあるのに、相変わらず、戦争反対だとか、ちょっと法制度を現代に合わせて変えようとすれば、戦争法案だとか、徴兵制だとか、極端なことを言い出す輩がマスコミにがんがん取り上げられて、議論にもならない。

こんなふうに他国との戦争をイメージでしかとらえられない国民にいつのまにか変えられてしまった。

私が、高校生の時代には、日本史は明治維新で終わっていた。
それ以後は、自主的に勉強しておいてね、で終わり。
ミッション系の私立の高校でさえ、この状況だから、公立だったら、どうだったんだろう。

なんの教育も受けず、朝日新聞がまだ大新聞だったころのプロパガンダに翻弄され、左系の学者を多用し、いい加減な知識を振り回すコメンテーターに毒され、自分で考えることもしなかったら、こんなふうな感覚になるのは当然なのかもしれない。

と、今の政治や社会状況などへの不満がふつふつと湧き上がってくるのは本書のせいだ。

ビジネスや支援で他国で活動している人々が、そのが紛争や戦争に巻き込まれたら、救援機が母国からやってくるのが当たり前・・・

それは他国のことで、日本は、法律で縛られているので行けません、で終わり。
大使館がするのは、他国の救援機に空きがあれば、日本人もお願いしますと頭が下げて回るだけ。でも、自国民優先が当然だから、席があるはずもなく…
結局、みんな必死で自力で乗れる飛行機を見つけ、脱出するしかないなんて、これでも国なのか?

1985年のイラクのイラン侵攻のときに、迎えに来てくれたのは、1889年(明治22)に和歌山県沖で遭難したエルトゥールル号の救難を恩義に感じ、以来、親日国として交流が続いていたトルコからの飛行機。
大統領の決断で、不可能と思えたことが実現した。
頼んだのは、日本政府ではなく、長年、トルコと密接にビジネス関係を行って、当時の大統領と苦労を分かち合っていた商社マンだった。
200人以上の日本人が、制空権をイラクに制圧されたイランから、間一髪で救出されたのだ。

危険だから、迎えに行けないという日本。
危険だから、迎えに行きましょう!と迎えにきたトルコ。

この本には、これ以外にも、イラクのクェート侵攻、イエメンやリビアの内戦などで危機に直面した日本人たちの悪戦苦闘が描かれている。
どの場合も、日本は迎えにこない・・・

法整備をされても、現地での安全が保障されないかぎり、迎えには行けないという条項が外れない。
だから、結局、迎えには来ない。

これって、日本軍が満州で終戦後に自国民を見捨てたこと、命を盾にした特攻を「作戦」などと言って実行したこと、広島・長崎に原爆が落とされるまで戦争を止めることができなかったこと・・・すべてに通じているではないか。

戦争はいけません、じゃなくて、自国民の命と財産を守ることに、そして、自国を愛する民をつくることをどうするのかを真剣に議論する必要がある。それも早急に。

1985年のトルコの救援を、毎年、その時期が来たら、テレビや新聞で特集しないさいよっ!
いくらでもスリリングなドキュメンタリーやドラマが作れるはず。
今、一番知らないといけないことなんだから。

といっても、今のメディアは、妙な左系の思想にまみれた輩しかないからな〜





posted by 風土倶楽部 at 11:09| Comment(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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