2020年01月19日

兵庫県立芸術文化センター「第120回定期演奏会」

今季、3回目の風邪
喉の傷みと鼻水に悩まされ、耳鼻科に行ったら、慢性上咽頭炎だと言われました。
なんだ?それ?

処方箋をもらって薬を飲んで、気合いを入れて芸文へ。
今回は、席が前方センター席だから、途中で鼻をかみに出るわけにもいかず…
かなりの緊張(笑)

阪神・淡路大震災25周年事業としての定期演奏会
昨日は、その大震災が起こった日
鎮魂のコンサートとして選ばれた曲は、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲のピアノバージョンと、フォーレのレクイエム。

佐渡さんによると、両方の曲はともにニ長調。
第9の歓喜の歌もニ長調であり、困難を乗り越えて歓びに変える曲でもあると。

まずはベートーヴェンから。
オーケストラの音がオーラのように立ち上っていく中を、ピアニストの菊池洋子さんのピアノがかろやかにシャボン玉のように次々に繰り出されていく。

音楽の歓びにあふれた空間が出現した。

今まで、クラシックのコンサートは3階席でもよいと思っていたけれど、やはり前方席の迫力はすごい
菊池さんの息遣いとともに生きのよいピアノの音がぴちぴちと跳ねるようだ。


そして、いよいよ私のお目当てのフォーレのレクイエム

30代半ば、毎晩、フォーレのレクイエムを聴いて眠りについていたころがある。
モーツアルトとブラームスのレクイエムだったこともある。たまにベルディのときも。

が、フォーレのレクイエムの出番が多かった。
病んでいたんだな、私・・・

なぜレクイエムでないとならなかったのか。
自分の携わっていることに意味を見いだせず、無駄に自分の若さが刻々と失われていくような気がしていたからだったような…

当時は、あまり深く考えなかったけど。
フォーレのレクイエムは命の恩人なのかもしれない

30代後半にふとしたことで、180度仕事と暮らしが変わり、夢中になってすごした10年少しの期間が始まると同時にレクイエムからは解放された。

そのレクイエムの生演奏に、25年ほどを経て包まれてみた。

よくここまで無事に生きてこられたなあ・・・
多くの人に支えられたけれど、今、考えると一番支えてくれたのは父だった。
このところいつも感じるのは、あふれるほとの父の愛情。
生前にもっともっと感謝を伝えておけばよかったという思いが募る日々

気が付いたら、涙が泣くとはなく流れていた。


会場は、ニ長調の歓喜に包まれ、満ち足りた雰囲気にあふれていた。
親族が震災で被災したとはいえ、私は直接関係なくこの場に居させてもらうことに申し訳ないと思いつつ、すべての人の幸せを祈らずにはいられなかった。

音楽は天上から降り注ぐ光そのものなんですねぇ

夢中になって浸っていたからか、鼻水は無事クリア。
不思議なもんです。
帰宅したら、熱ががんがん出てきました。

なにはともあれ、聴けてよかった〜



posted by Luna at 11:22| Comment(0) | 極私的観賞日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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