2008年01月10日

長者番付の2位は海士村のお方

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出雲大社は、やはり参道から入ってこそ!
ところがみーんな、本殿横の駐車場から入るので、参道はガラガラ。
なんでも楽して、ご利益いっぱいちょうだいって、
そりゃ、無理でしょ。

お正月にテレビで観たネパールの五体投地を重ねて巡礼する姿がふと浮かんできます。

古代出雲歴史博物館の資料によると、1835年の江戸時代の「持○(もちまる)長者番付」という表には、大関が京都の三井八郎衛門で、次に掲載されているのが隠岐の海士村の天野助九郎という人です。
北前船の全盛期には、三井に次ぐ長者は海士にいた!

これって、すごいことです。
航路がいかに富をもたらしたかでもあるし、
中心地が分散していたことでもある。

笑える展示物は、平安時代の貴族の教科書で、日本の3大建造物は・・・という記述があること。
いつの時代も3つあげるのが好きねー(笑)
こういう記述を見ると、昔の人にすごく親近感を覚えます。
第3位をメモするのを忘れて、なんだっけー状態なんだけれど(平安神宮とあったような記憶が・・・ 平安宮大極殿でした)、
第2位は東大寺大仏殿。
そして第1位は、出雲大社なのだ!
そのころは古代の出雲大社に近い建築物が残っていたらしい。

銅鐸とか、刀剣とか、古代の豪族の冠とか、
こういうものが出土して、残っていることにやたらと感動している私って、
やっぱりカレイなる日々なのねー。

いつも昔の資料を見て感心するのは、和紙と墨。
千年前のものでも、鮮やかで美しい。
永平寺で見た資料には、織田家が永平寺に出した手紙がきれいに残っていた。
500年ぐらい前に竹のプレートに書かれた墨文字は、今、書いたように瑞々しい。

現代のコピー用紙は、どのくらいもつのだろうか。

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屋根の×のカタチを見ると、なぜかドキドキしてしまうのは私だけ?
ラベル:半島
posted by 風土倶楽部 at 22:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 島根 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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