2016年08月22日

「海街diary」と「誰も知らない」

是枝監督の作品を続けて2つ見た。

「海街diary」
見ている間、何度もうるうるしてしまった。
ほかに女をつくって家を出ていってしまった父。
その父に反発して、やはり家を放りだした母。
残った鎌倉の古い家に暮らす3人姉妹。そこに亡くなった父が遺した母違いの妹を受け入れて…
というお話。
両親がいなくなっても、祖母が丁寧に暮らした家があり、そこで3人と一人の新しい暮らしが育まれていく。
家族が肩を寄せ合い、思い出をつくっていけば、そこにちゃんと家族の物語が紡がれていくのだな〜としみじみ。
末の妹が少しずつ居場所としてこの家に馴染んでいく様子が丁寧に描かれていて、彼女が、その家までの階段を上っていくようなシーンに出会うたびに思わず涙腺が緩んだ。
知らない家族の話なのに、なぜか懐かしくなって仕方がないという不思議な映画だった。
小津タッチの気負わない、静かな映像と会話が心地よかった。

「誰も知らない」
こちらは、無責任な母が父親の違う子どもを4人も生んで、お金を置いて、長男にすべてを任せて出奔してしまうという実話をもとにしたもの。
2DKくらいの古いアパートの1室が、子どもたちの唯一の居場所。大家に大勢の子どもがいることがバレテはいけないので、下の3人は窓から顔を出すことさえ母親に禁じられてしまう。
出生届を出していないから、学校にも行けない。いや、母親は学校に行っても仕方がないと行かせない。
母のいない日中は、4人の子どもたちだけの世界。やがて母が子供たちを置き去りにしていなくなってしまったら、ますます4人だけの暮らしに。
それでも4人は、不自由をものともせず、暮らしていく。
福祉関係に訴えれば?という大人もいるのに、4人でいたいからと、長男は12歳(ということになっている)の知恵を駆使して、弟と妹のめんどうをみる。
目の離せない驚きの内容だった。
ラストも、彼らは淡々と「誰も知らない」世界の中で生き続けていくことを選択する。
YOUが、あまりにもぴったりの母親役で、リアリティがありすぎ(笑
それにしても、子どもたちの演技の自然なことに驚く。
次男は福くんかと思ったら、違う子だった。
柳楽くんがカンヌ映画祭で最年少で主演男優賞を受賞ということだったけれど、これは取っちゃうよね。

posted by 風土倶楽部 at 09:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 極私的観賞日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月21日

衝撃的な「シン・ゴジラ」

「シン・ゴジラ」、すごい映画だ!
怪獣映画だと思ったら大間違い。
社会風刺の映画なのだ。

だから、子供向きではない。
たぶん見てもわからない。子どもにはつまらない映画だと思う。

冒頭、海が沸騰し、なにが起こっているかわからないところから、完全に引き込まれた。
ゴジラに、ではなく、人間たちのドタバタぶりに、だ。

3.11直後の日本政府は、これ以上にドタバタだったんだろうなあ。

この映画のすごいところは、ゴジラに一切の感情移入を観客にさせないところにある。
目玉をむき出しにしたまったく可愛げのかけらもない生物として描くことで、「敵」というのもに対処するとはどういうことかが鮮明になる。

国を守るとは、防衛とは、外交とは、組織とは…が次々に突き付けられていく。
ものすごくよく練られた展開で、見ている間中、なぜかワクワクしてしまった。

このワクワク感はなんなのかしら。

ひえ〜、面白いやん!!!
これこれ、こういう映画を待っていたのよ!
と拍手喝さいしたい気分だった。
ある種のシミュレーション感満載。隣のアホな国とか、広大な領地を持っているのにもっと欲しがる大国とか、仮想敵には困らないもんね。

人間の罪業を一身に背負ったゴジラが醜いのは当然。
あれは人間そのものなのだ。

星新一のショート・ショートに、大きな穴が発見され、どこまで深いかわからないほど。そこに人々がいろいろなものを投げ込むようになった。巨大な底知れないゴミ捨て場だ。ある日、空から、ゴミがポツンと落ちてくる。ふと、あのショート・ショートを思い出した。

やしおり作戦なんて、突然言うから、「なに?それ?」と。
観客は、みんなわかっているのか?
スサノオノミコトがヤマタノオロチを退治するときに飲ませた酒のことだそうで・・・

どこまでも日本にこだわった、日本への愛にあふれた映画だ。
もし、若くしてみたら、自衛隊に行かねば!と思ったかもしれない。
が、かなり組織論的なアプローチが多いから、子どもにはわかんないかもなあ〜。

早く無人の飛行機をたくさん作っておかないとね〜。
ゴジラより、手ごわい敵が日本の回りにはたくさんいるから。

私のお気に入りは、石原さとみちゃんの米国大統領特使。
さとみちゃんも、いつの間にか三十路近くなって、妖艶になってきたのね。
英語をがんばっていて、よくやった!

ネイティブの日本語のできる女優がやればよかったという意見もあるけれど、やはりここはさとみちゃんで。
祖母が広島出身という設定が泣かせる。
オリンピックをみていると、国籍がずいぶん曖昧になってきつつあると実感。
愛ゆえにいろいろな人種がミックスされて、生まれた場所、育った場所、そこで出会った人々に支えられて、その国の一員として最善を尽くす。

さとみちゃんの役どころは、なかなか意味深だと思う。
ラストは、シン・ゴジラ2を予感させる終わり方になっているから、次回は大統領にさとみちゃん、日本の総理に長谷川くんがなっている状況というのがありかも。いや、ぜひ、それでお願いします!(笑
謎の博士も、そのままだしね。まるでポケモンの「博士に送る」の博士みたいだ。

庵野さんという人も、エヴァンゲリオンも、まったく知らないばあやですが、これはエヴァなるものを見なくっちゃと思った。
若い人が、こういう視点を持った人が作ったものに深く心を寄せているというところをきちんと理解していないと、本当の日本の行く末がわからないから。

シン・ゴジラで、ゴジラトークしながら、国防や、自衛隊について語る、っていいなあ。
でも、セリフがものすごく早くて、ついていくのが大変だったから、もう一度観ないとなあ・・・

これって、戦略?



posted by 風土倶楽部 at 17:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 極私的観賞日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月27日

東京宝塚劇場 花組「ME AND MY GIRL」

とっても楽しくて、ステキな舞台だった。

ぜんぜん期待していなかった・・・
なぜなら、2013年5月に梅芸で月組のミーマイを見て、すごくつまらなかったから。
ミーマイ=つまらん、と思い込んでいた。

演じる人でこんなにも違ってしまうとは・・・

明日海りお(みりお)は、2年前にエリザベートで寝てしまって以来、ちょっとご無沙汰していた。

今回のみりおビルは、最高にステキだった。
宝塚大劇場で観たヅカ友たちが、滑舌が悪くて、なにを言っているかわからなかったし、小道具の扱いがダメで、帽子を落としたりと、さんざん文句を言っていたので、みりおちゃん、大丈夫か・・・とハラハラして見ていたけれど、途中から、安心感に代わり、すっかり魅了された。

最初は下町の下品なにいちゃんだったのに、徐々に知性が目覚め、気品が出てきて、最後はとても魅力的な青年に変身〜!お見事!
かのちゃん(花乃まりあ)のサリーも、ビルのために身を引こうとする気持ちが手に取るように伝わってきて、いじらしかった。歌も、とってもうまい!

ききちゃん(芹香 斗亜 )のジョン卿は、とても気品があって、ステキなロマンスグレーのおじさま。
桜咲 彩花のマリアのレベルが高くて、かなり驚いた。歌唱も、声の迫力も、すばらしい!
価値観を押し付ける貴族のレディらしいふるまいが、舞台全体を回していた。

鳳 真由のパーチェスターも、コミカルな演技で場を盛り上げていた。

花組、よろしいですやん。

この日は、会場に蘭寿とむ、壮一帆、真飛聖、彩乃かなみなど早々たる顔ぶれのOGがいたようで、アドリブががんがん飛んでいた。当方はB席だったので、気配だけで残念〜!

『ME AND MY GIRL』
こんなに面白い夢のあるお話だったのね〜♡

DSC_0739.jpg


24日の夕方、新国立劇場の「マンスリー・プロジェクト」で別役実の「門」のリーディング公演があった。
私、不条理劇はダメだ・・・
セリフの中にキラっと光るものがあるのはわかる。でも、なにがどう繰り広げられているのか、ちっともわからない。演じる方はわかっているよね。
とても贅沢なひとときだとは思ったけれど、不条理劇は、私には合わないというのがとてもよくわかってよかった(笑


posted by 風土倶楽部 at 11:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 極私的観劇日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月21日

BSプレミアム「太陽」

「太陽」傑作だ!
こんな脚本が書ける人がいるとは!

蜷川幸雄の演出だった「太陽2068」が気になっていた。

近未来のSFではあるけれど、普遍的なテーマがたくさん盛り込まれていて、すべてのシーン、セリフに目が離せない。

そもそも設定がすごい!
正体不明のウィルスによって、太陽の光を浴びることができなくなったノクスと呼ばれる新人類。
反面、病気に強く、頭脳明晰。寿命が旧人類の何倍にもなる。

そんな人類が誕生したがゆえに旧人類は、旧型とか骨董的人種キュリオと呼ばれ、ノクスに牛耳られ、貧しい生活を強いられることになる。
が、太陽の下で食力の生産ができるのはキュリオだけ。

人は、すべてのものを手にすることはできない。ならば、なにを選択して生きていくのか。なにに誇りを感じて生きていくのか。
あらゆる根源的な問いが盛り込まれている。

夜の世界だけにしか生きられず、夜明けを見ることのないノクス。
ラスト近くにキュリオの一人が、夜明けと日の沈むのを感じられてこそ1日を生きたことになるのだというようなセリフがあった。1日をしっかり生きてこそ、本当の生を感じることができるのだと。
そして、なにものにも頼らず、自らの手で明日を生き抜いていこうという決意がキュリオに生まれる。

すごい脚本だ。

映画化されているので、こちらも見てみようかな。
神木くんが鉄平なら、かなり期待できそう。
でも、やはり舞台だからこそのセリフの際立ちってあるからな〜。

次回、舞台があったら、ぜひ、観に行こう!


posted by 風土倶楽部 at 09:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 極私的観賞日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月17日

WOWOW「タンゴ、冬の終わりに」「火のようにさみしい姉がいて」「嵐が丘」

2週間前から、右半身に電流が走るような痛みがあって、医者に行ったら、「帯状疱疹かと思う。が、発疹が出てからでないと治療ができない」と言われた。1週間ほどして、痛みが和らいだのでしめしめ、これで終わりか?と思っていたら、プツンと虫刺されのようなものが胸に現れ、少しずつ増えて・・・これが痛いのなんのって!
ウワサには聞いていたけれど、帯状疱疹って、こんなに痛いものだったのね〜。
皮膚科の医者に駆け込んで、薬をもらい、とにかく安静にしていろと言われたので、ちょうど溜まっている録画を観ることにした。

見ていても痛いんだけどね・・・とほほ。

なので集中力がイマイチで、語れるほどのものもないから、簡単な感想だけ。

舞台を映像の録画で見るのは、やっぱり邪道だと思う。
ちょっと気になっていた舞台が、立て続けにWOWOWで放送された。

「タンゴ、冬の終わりに」「火のようにさみしい姉がいて」「嵐が丘」「ジャンヌ・ダルク」「ひょっこりひょうたん島」

この5舞台を録画してみて、観に行けばよかったなあと思ったのは、「ジャンヌ・ダルク」かな。

清水邦夫脚本、行定勲演出「タンゴ、冬の終わりに」、蜷川幸雄演出「火のようにさみしい姉がいて」は、とてもよく似た内容で、どちらも役者の熱演に迫るものはあった。が、しかし、私は、果たして本当に演劇が好きなんだろうか…という自分への疑問を突き付けられたような芝居だった。

どちらも主役が落ちぶれつつある役者、それをサポートする女優の妻や愛人という設定。
役者って因果なショウバイなんだなあ・・・
現実と虚構の中で、なにが真実なのか、嘘なのかが混沌としていく。
それはそれで面白いんだけれど、その混沌の中の狂気が見ているものに対して不安感を与えていき、足元が崩れていくような気持ちの悪さがあった。
まあ、人間はどこかに狂気を孕んでいるものだから、そういうものを目の前に抽出して見せられてしまうと気分がよいものではないのかも。

「タンゴ・・・」の方は、三上博史が本人なのか、役なのかわからないぐちょぐちょ汗まみれ状態で、ひたすら見るのに疲れた。妻役が大好きな神野三鈴じゃなければ、最後まで行き着つけなかった(笑

「火のように・・・」の方は、段田安則がすごすぎて、宮沢りえも、大竹しのぶも、すごすぎて、目が離せないすごい舞台だった。特に大竹の目つきは、夢に出てきそう。
似たような設定だったけれど、こちらの方が内容はわかりやすかった。時の流れの中に置いてけぼりになるものと、追い越してしまうもの、いつまでも変わらないものと、激変するもの、それがオセロのセリフと重ねあわせて綴られるという、かなり高尚なセリフ回しなので、私のような商業演劇好きには少々荷が重かった。が、それなりに面白かった。でも、観に行ってたら、途中で寝ちゃっていたかも。

「嵐が丘」は、脚本・演出がG2.おお!バイオハザードと同じだぞ、というのでチェック。
昔は、この小説が面白いと思ったんだけど、今ではなにが面白いのかよくわからなくなった。
30年ほど前に、この小説が生まれたブロンテ姉妹の家を観に行って、いろいろ納得したからだと思う。
とにかくヒースの丘が続く、暗い閉塞された場所だったのだ。現代のように情報があふれている世界とは違い、隔絶された因習に満ちた世界の中で、才能だけを胸に悶々と暮らすブロンテ姉妹の表現者としてのはけ口が小説で、そこに自分のロマンをぶち込んだんだろうなあ〜と。
あの家と、その周辺を体感して、ものすごく腑に落ちたのだ。要するに欲求不満小説ね(笑

それをこの時代に舞台化する意味って、正直言ってまったくわからなかった。
堀北真希と山本耕史の出会いの舞台なのよね〜という目でしか見られなかった(笑
戸田恵子のうまさには、ちょっとびっくりしたけど。
堀北真希の妖しい美しさにも。山本耕史が夢中になるのもよくわかる。

「ひょっこりひょうたん島」は、観に行かなくてよかった〜、と心底思った。10分ほどでギブアップしちゃった。

「もっと泣いてよ、フラッパー」も。
六本木の自由劇場に通っていたころは、狭い空間で、時には最前列に座り、役者が目の前で楽器を演奏してくれるのを見上げていたっけ。そんな熱気を知っていたから、Bunkamuraで上演され始めるようになって、行ってみて、かなりがっかりしたのを思い出した。あの小劇場の舞台空間が、本当に好きだった。吉田日出子や笹野崇史が触れることができそうな近さで導いてくれる虚構の、とてつもなく楽しい魅力的な空間。あ〜、懐かしいなあ。もう二度と味わうことができないだろうなあ。余貴美子も、かわいかったのよね〜。
と、録画を見ながら思って、30分でギブアップ。


やっぱり私には、わかりやすい舞台がぴったりなのよね。
昨日は、痛みがかなり軽くなったと思ったのに、今日は、また、痛い。
ゾンビ化した水疱瘡菌のやつめが、胸に噛みついているイメージだわ〜。


posted by 風土倶楽部 at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 極私的観賞日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月14日

WOWOW 有村架純初主演「ジャンヌ・ダルク」

WOWOWで録画したものを鑑賞。
脚本・中島かずき、さすがだ。
暗い史劇をオリジナル脚本で、ここまで緊張感を孕みつつ怒涛のストーリーになっている。
登場人物の立ち位置が明確だから、すごくわかりやすい。
白井晃の演出も、ストーリーの流れがものすごくスムーズ。
おまけに100人の出演者によるイギリス軍とフランス軍のボリューム感が、民衆や軍隊というもののコワさを醸し出していて、すごい舞台設定と演出だと思った。

初主演の有村は、いっぱいいっぱいでやっているのが手に取るようにわかった。
それが必ずしも悪いわけではなく、ジャンヌのいたいけなさと力強さが、有村の現状と重なり、一定の相乗効果を上げていたように思う。この役は、やはり有村の年齢くらいでないとリアリティがなくなるから、舞台女優として初主演になりやすい役だろうなあ。
火刑台に上るシーンは、神々しいものがあった。

2010年には、堀北真希が演じたのね。なるほど〜。
架純とは、まったく違ったジャンヌになったことだろう。なんとなく想像できる(笑

東山紀之は、優柔不断なシャルル7世を、普段のカッコつけキャラを出さずにやっていて、面白かった。
ラストに王として独り立ちするシーンが見せ場ね。

ジャンヌをいじめる(笑)「悪役」ともいえる田山涼成、西岡徳馬のご両人がさすがの演技。
大人の社会っていやね、架純ジャンヌ、がんばれ!と思わせてくれた。

高橋ひとみがな〜・・・

ところで中島かずきの脚本では、シャルルとジャンヌが兄妹。ジャンヌは淫乱王妃として有名だったシャルル7世の母イザボーの生んだ妹という設定。兄がフランスの王として民衆に認めてもらえるようにあえて火刑の道を選ぶというストーリーになっている。
フランスの歴史、特にこの時代の歴史に馴染みがないから、ストーリーにこの血のつながりを入れることで、ジャンヌの心情がわかりやすくなった。フランス国民としてというよりも、シャルル7世の妹として、命をかけてフランスを救いたいという心情に泣かされる。

演出も、舞台美術も、音楽も、脚本も極上の舞台だった。
こんな「器」の中で初主演できた架純ちゃんは幸せな役者だ。
この後、「ビリギャル」だったのかな?


posted by 風土倶楽部 at 16:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 極私的観賞日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月08日

宝塚大劇場 月組「NOBUNAGA/Forever LOVE」とドラマシティ「ドン・ジュアン」

NOBUNAGA
なんのこっちゃ、さっぱりわからん舞台だ・・・

信長のセリフは、わざとあのような抑揚をつけているのか?
み〜なのものお〜、わ〜しにつ〜いてこ〜い〜

みたいな・・・
まさお節の集大成のつもりなのか?
誰も注意する人はいない?
不思議な現象としかいいようがない。

ストーリーがぜんぜん頭に入ってこなかった。
退団公演だから、それでいいのかな。
黒豹だって、なんだかよくわからないストーリーだったし。

それにしても、ちゃぴ(愛希れいか)の扱いがひどくない?
帰蝶が信長に殺されて、その死体が延々と舞台の上に横たわるって、宝塚的にどうよ・・・
トップ娘役なのに・・・

ショーでも、絶対に二人だけでは踊らないのね。
どうしてこんな扱いを受けるのか。

でも、ちゃぴは、とってもかっこよかった。
出てくると、やはりオーラが半端なく・・・だから、あの扱い?(笑

秀吉の美弥 るりか(みやちゃん)が、しっかり押さえをやっていた。
いろいろ考えちゃうだろうなあ。悩みが多いだろうなあ。
がんばれ、みやちゃん。
みんな、あなたをちゃんと見ているよ〜。

珠城 りょうのロルテス、ちっともよくわからないキャラクター。
これも退団公演だから、龍真咲(まさお)さえ目立てばいいのよね。
2番手の宿命だから、今回は耐えるしかなわね。

途中、まさおが朗々と歌い上げ、回り舞台で消えていったから、終わったのかと思ったら、取って付けたような本能寺のシーンがあって、あわてた。

退団公演って、微妙〜。特にお芝居の方は。
若手はみんなすごく頑張っていた。ゆうまも、からんも、はやても。

象、必要?(笑

ショーの「Forever LOVE」は、色彩がとっても洗練されていて、すごくよかった。
新生月組が、活きのいい組になることを予感させるよい構成になっていた。
まさおの得意の歌に特化させた舞台ともいえるかな。
オープニングの「バレエが苦手」という歌詞は必要ないと思うけどね。最後まで苦手を克服しようと努力する姿を後輩たちに見せてほしかった。それがトップっちゅうもんでしょ。これでいいと思ったら、そこで成長は止まっちゃうよ。

ラストの黒燕尾、あれはダンスじゃないよね。

ちゃぴのカポエイラみたいなシーンが、ステキだった〜!

歌のうまい組子が増えたような気がする。
新生月組が楽しみだわん。
たまきちの立ち姿に華やぎが増してきた、ような気がする(笑


ドラマシティ雪組「ドン・ジュアン」

だいもん(望海 風斗)の歌のうまさは断トツね。
POBのメンバーの中に今、すぐ入っても大丈夫。
そのだいもんが、ギラギラした欲望の塊のドン・ジュアンを熱演。
よろしいんじゃないでしょうか。

みんな、歌が本当にお上手。以前なら、美穂さんばかりが目立っただろうに、今回は、one of themに見えたくらいだ。有沙 瞳 と彩 みちるの娘役ツートップが、歌うまさんのだいもんとがっつり組んでたっぷり聴かせてくれた。

さきな(彩風 咲奈)は、「るろうに剣心」を経て、ようやく男役として花が開いてきた。
間に合ったのかな?(笑

特筆すべきは、なんといってもひとこちゃん(永久輝 せあ)。
立ち姿よし、演技よし、歌よし、声よし、そして、お顔もすてき💛
最後のだいもんとの立ち回りは、るろうに剣心に継いで再びしっかり見せていただきました。
最初にマリアに言った「その仕事で最後にするんだ!」というセリフでドキッとした。
イチオシだわ〜。

作品としては、もっと耳に残る曲が欲しかったなあ。
いい曲ばかりなんだけれど、ロックミュージカルだから、口ずさめない。
2,3回観ないとダメかもね。
でも、私は、「ローマの休日」の方が好き。もう一度見るなら、ローマなのだ。
だって、宝塚でしか見られないのはローマの方だもん。

「ドン・ジュアン」は、外部で公演あるのかしら。
ソニンがエルヴィラが似合いそう。




posted by 風土倶楽部 at 11:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 極私的観劇日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月04日

赤坂ACTシアター 宝塚雪組「ローマの休日」と「柚希礼音が踊る!魅惑のアルゼンチンタンゴ

早霧せいな(ちぎちゃん)と咲妃みゆ(ゆうみちゃん)に「ローマの休日」をやらせよう!と考えた劇団は、いつもながら、宝塚というものを知り尽くしていると思った。

素晴らしい。

誰もが知っている映画の香気を残しつつ、宝塚ならではの愛と夢の世界を展開。
むしろ歌とダンスが加わって、映画以上に楽しいものに仕上がっていた〜!

観ている間中、笑顔になっちゃったし、うるうるしちゃったし、これぞ、まさに宝塚!
こうでなくっちゃね!

単にバックにローマ市街の映像を流して、ベスパを回り舞台に乗っけているだけなのに、二人と一緒にローマの観光名所に行った気分になれた。そんなに豪華な舞台セットというわけでもないのに、ちぎちゃんとゆうみちゃんが作り上げる世界観に馴染めちゃう。
「伯爵令嬢」でも、驚いたけれど、夢の世界を出現させる力技がお見事としか言いようがない。

なぜ、そういうことができてしまうのだろう・・・
ゆうみちゃんがちぎちゃんを尊敬しまくっているのは、インタビュー番組などでよく目にするシーン。
目が♡になっているゆうみちゃんを少々もてあましているちぎちゃんが、いつも面白すぎる。

ゆうみちゃんアン王女をしっかり支えつつ、トップを務めるちぎちゃん。
男前〜。野心たっぷりで、優男のかっこよくないジョー・ブラッドレーを共感できるいい男に演じていた。

自分の役を表現しつつ、相手役をしっかり受け止めるちぎちゃんの懐の深さが、ゆうみちゃんの役作りを深め、それにより、ちぎちゃん自身の役も、完成度が増す。そんな相乗効果を得ることができるコンビなのかな。
ちえねねコンビも、お互いを高見に引き上げようと、毎回、幕が降りて袖に行ったときに反省会をしていたと言っていたっけ。
宝塚は、トップコンビが作り上げる世界を組子が支えるという特殊な舞台だから、二人の息が合ったときには、期待以上の愛と夢の世界が舞台上に出現するのかもね。

月城かなと(れいこちゃん)がナルシストのイケメン美容師を楽しそうに演じていて、新境地開拓、かな。
彩凪翔は手堅いアーヴィングだった。歌がうまくなったな〜。

途中、二人がかわいくてうるうる、ラストは切なくてうるうる、フィナーレのタンゴのデュエットダンスがステキでうるうる。笑いつつ、泣きながら観るという忙しい2時間半だった。

雪組にハズレなし!
田淵氏、できる人ね。2017年宙組の「王妃の館」、期待できるかな。
映画は、つまんなくて途中でギブアップしたんだけど…。

組子全員全力投球で、観ていて本当に気持ちのよい舞台だった。

ちぎちゃん、もう少し太らないと・・・大丈夫かな。

13439025_1188760461147894_7345487434282619188_n.jpg


夜は、BSジャパンでちえさまの「柚希礼音が踊る!魅惑のアルゼンチンタンゴ」が放映された。
2時間近くも、ちえさまだけを見られるなんて、なんと幸せなひととき。
タンゴの本場で悪戦苦闘するちえさま。怪我をして痛みをこらえたり、厳しいダメだしに茫然としたり、新しいことを発見して目を輝かせたり、いろいろなちえさまをたくさん見ることができて、本当にうれしかった。
テーピングして、アイシングして、必死にダンスを完成させようとするちえさまの姿を初めて見て、今までの舞台も、こうして必死の思いで作り上げてきたんだろうと思うと、ばあやは涙、涙、でございました。

ファンでいてよかった〜。
これからも、ずっとついていくもんね。

posted by 風土倶楽部 at 11:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 極私的観劇日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月21日

新国立劇場「あわれ彼女は娼婦」と東京宝塚大劇場「こうもり・The Entertainer」

30年前にロンドンにいたころ、RCAの「あわれ彼女は娼婦」を見て、当然、ちんぷんかんぷんだった。そんな英語がわかっていたら、苦労してなかったもん。
でも、このタイトルの「'Tis Pity She's a Whore」だけは、しっかりインプットされ、いつか日本で上演されたら、観に行こうと思っていた。
なので、大好きな新国立劇場での上演を知った半年以上前から、早々にチケットもゲットし、ワクワクしていたのだった。

そうか・・・こういう話だったのか・・・

DSC_000001.jpg

マンスリープロジェクトの東京大学大学院の河合祥一郎教授によるセミナー「ジョン・フォードとエリザベス朝演劇」にも参加して、予習もばっちりだったんだけれど、予想以上に血なまぐさい禁断の恋だった。

ロンドンで見たときは、確か円形の舞台だったような記憶がある。
今回は、舞台の上に敷かれた赤い十字架の上で物語が展開していく。
この舞台セットは、物語を象徴していて秀逸だと思った。
そして、音楽はすべて一人のマリンバ奏者による即興演奏。これが、とても効果的だった。ときにはちょっと音楽が前に出すぎるときはあったけれど。

浦井くんみたいなお兄ちゃんが、年頃のときに目の前をうろうろしていたら、そりゃあヤバいかもね(笑
兄と妹の禁断の恋の甘美さは、ロミオとジュリエットの霊廟のシーンと重なる。
障壁が高ければ高いほど、燃え尽き、お互いを焼き尽くしてしまう。

ロミオとジュリエットよりも、血で結ばれているだけに甘美さは濃密で、まさに死に至る病ってところかな。
こちらは、病が高じて狂気に進んでしまうけれど。

中世の話だから、人間の命が軽い。貴族社会だから、貴族が平民を間違えて殺しても、正しいことをしようとしていたのに間違えちゃったんだもんで済んでしまい、権力を持っている枢機卿の心づもり一つで「倫理」が規定されてしまう。

まあ、中世も、今も、人間であるかぎり、同じ過ちを犯し続けているんだろうなあ。

河合教授によると、1608年から、劇場が室内になり、物語が緻密になっていくと同時に、劇場に経費がかかるため、席料が上がり、貴族や商人などの富裕層が観客の中心になっていったそうだ。
このころの芝居の特徴は「変装」。なんと72%以上の戯曲に変装が出てくるのだとか。「あわれ…」も、変装して、物語を複雑にしている人物がいる。今の時代は、本人確認なんていることが頻繁に行われるし、明るいから、変装、もしくは別人になりきるなんてムリだから、たとえ芝居でも、取り入れるのは困難だろうなあ。

娼婦は売春婦ということではなく、当時の女性三態である、乙女(処女)、妻(未亡人も含む)、whore(「姦淫する女」の意味となるそう。
「汝、姦淫するなかれ」十戒の六が基本になっていると河合氏。
なるほど〜、そういうことだったのか。

ラストに枢機卿に「あわれ、彼女は娼婦」と言われちゃうんだけれど、あんたに言われたくないよ、だな〜。
でも、世の中は、声の大きい人が決めつけていき、民衆はそれに従わざるを得なくなるものなのだろう。
社会システムは大きく変わっても、その法則は変わらない。

来年1月にちえさまが主演する「お気に召すまま」で共演する横田英司さんや伊礼彼方さんが出演していて、ついでに予習できちゃった。うふ♡ お二人とも、ハイレベルな演技力の方で、ちえさまはますますハードルがあがっている。楽しみだわん。


さて、そのちえさまの古巣である宝塚星組の「こうもり」の前楽をB席で観劇。
主な目的は、十輝いりす(まさこさん)のお見送り。
ちえさまの大親友だもんね。

まさこさんは、完璧にお仕事をこなしていただけれど、ゆずるちゃんと、みっちゃんの二番手とトップの二人は、いったい何がやりたかったんだろう。そもそも「こうもり」というお話は、やっぱりなにが面白いのかわからなかった。
ドタバタ喜劇なら、小柳先生の「めぐり合いは再び」のようにシンプルにやってほしい。
「こうもり」は、本当の意味でのドタバタできゃあきゃあ、わーわー言っているだけ。おまけに二人とも、男役なのに、おばさん化しているし。とっちらかりすぎ。
3重唱になると、なにを歌っているのか歌詞がまったく伝わってこない。
半分くらい寝てしまった…

それに反して、ショーの方は、展開が早く、見せ場も満載。
それぞれの持ち味がすごく生かされていた。野口氏、やるじゃん。
そして、宝塚大劇場初日と同じ感想だけれど、礼真琴(ことちゃん)の圧倒的な存在感。
次期トップに決まったゆずるちゃんをしっかりお支えすることでしょう。

それにしても、ボリウッド映画の舞台化をゆずるちゃんのために用意する劇団の戦略のすごさ。
小柳先生だし。
宝塚歌劇団のコアスタッフは、本当に優秀だと思う。

まさこさん、お疲れさま〜。
独特な空気感を持った人。これから、どんな道を歩むのか、とっても興味があります。
期待とともに。

posted by 風土倶楽部 at 17:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 極私的観劇日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月29日

WOWOW蜷川氏追悼番組「天保12年のシェイクスピア」

WOWOWで放送された蜷川氏追悼番組「天保12年のシェイクスピア」の録画を観た。
2005年公演。

江戸時代の宿場町でのヤクザの抗争を舞台に、シェイクスピアの37作品のすべてのパーツを取り入れた井上ひさし作。
なんと4時間!
舞台の映像を家で鑑賞するというのは邪道だな…とよく思う。
だって劇場という閉ざされた空間で、舞台の設定にトリップするわけではないから。
そう、いろいろ気が散るのだ。眠気に対する抵抗力も、きわめて低くなる(笑

何度も寝落ちして、何度も寝落ちしたところに戻り、ようやく完了。
途切れ途切れに見る舞台は、やはり舞台じゃないよね。
(ちえさまご出演の作品だと、ちょっと観よ…がやめられなくなり、そのまま最後までがよくあるんだけど)

蜷川氏の演出作品をほとんど見たことがないので、なにも語れないんだけど…
出演の役者たちが、なんだか楽しそうにやっているなあ〜と思った。
あまりにも楽しそうなんで、勝手にやれば〜、とちょっと引いてしまったほど。
生の舞台だと一緒に楽しめたのかな。

シェイクスピアの作品に盛り込まれた要素をつなぎ合わせれば、いくつも作品ができちゃうはず。
それをあえて全部つなぎ合わせてみた・・・その真意はなんだったんだろう。

面白くないわけじゃないけれど、だから?
人間の愚かさが、これでもかってくらい提示され、いくつかは笑いに変換されているけれど、全体的には、役者の熱演が目立てば目立つほど、冷めて見てしまう舞台だった。
越後の三世次(唐沢寿明)が銭ゲバみたいなキャラで、言葉を巧みに操り、人の心の弱さに付け込んでいく。
予想外の人が、わりにあっけなくバタバタ死んでいき、あら、この役者さんは、もう出てこないの?というほど贅沢な使い方がされていた。さすが蜷川演出(笑

このお芝居は、キャスティングした時点でほぼ完成している、そんな印象を受けた。そのぐらいみなさんイメージ通りの役だった。いい意味でも、残念な意味でも、この役者なら、こんな演技をするだろうな、をまったく裏切られることはなかったから。
最後に付録として、稽古場の風景が放映されていたけれど、いつになく和気あいあいな稽古場だったとのこと。
そりゃあ、そうだろうね。

夏木マリも、白石かずこも、藤原竜也も、吉田鋼太郎も、そのまんまやん。
唐沢くん、がんばってた。
毬谷友子が、情感豊かでとてもよかった。
篠原涼子は、舞台向きじゃないなあ。テレビの方がよいと思う。
高橋恵子と西岡徳馬が出てくると目が覚めた。

ぶっちゅはほとんどなかったけれど、三世次と女郎の濡れ場にびっくりした。
江戸時代の猥雑な世界観を表出できた大きな功績は、あの女優さんの勇気と度胸だと思う。
いつまでも記憶に残る乳房だ・・・

当時は、今みたいに芝居三昧できない状況にいたから、この作品が上演されていたのも知らなかったけれど、知らなくてよかったかも(笑 

いのうえひでのり演出版もあるらしく、そちらもちょこっと見てみたいなあ。

劇中であの有名なセリフ「 to be or not to be that is the question 」の今までのほぼすべての訳を藤原竜也のがセリフで言う場面があった。なるほどね〜。いろいろあるのね。

井上氏も、蜷川氏も鬼籍かあ。一番感じたのは時の流れ、だった。



posted by 風土倶楽部 at 17:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 極私的観賞日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする