2016年10月16日

月組「フォルスタッフ」

ありちゃんロミオ〜💛!と、とっても期待して観に行ったんだけど・・・

なにかが違った。
なにだろう。

一つは、バイオハザードでレベル4のRウィルスにより、ちえ病が重症化してしまっていることと、バイオハザードの出演者の歌唱力と演技力がすごかったので、POBに引き続き、目と耳が肥えてしまったことにあると思われ・・・

ちえさまは、あの出演者の中で、ちゃんとセンターでゆるぎなく立っているところが、やっぱりすごい!
4回観ちゃったバイオハザード。梅田も行くもんね。

おっと〜!フォルスタッフのことを書くんだった。

冒頭がイギリスでのフォルスタッフの放蕩三昧と、その仲間で遊び回っている王子ハリーの話だった。ありちゃんはハリーなのだ。ん?ありちゃんロミオはどこから出るのだ?と思っていたら、ヘンリー4世が急逝したので、急に王位に就くことになり、これまでの素行を清算。フォルスタッフを国外に追放するというところから始まる。

追放されたフォルスタッフが現れるのがベローナで、まさにキャピュレット家とモンターギュ家が争っている状況下での仮面舞踏会の夜。

やっとありちゃんロミオ登場。
で、フォルスタッフが、この状況をかき混ぜ、両家の話をまったく変えていくのか?と思っていたら、ぜんぜん変えずに、ただ、ちょこちょこ絡んでいくだけ。

マーキューシオも、ティボルトも、お定まりのコースであの世へ。
ロミオも、ベローナから追放される。

だったら、ちゃんとロミオとジュリエットにしてほしかった〜。

蓮つかさのマーキューシオや、宇月颯のティボルトは、シリアスな演技をしている。
なのに、フォルスタッフと、ロミオやジュリエット、両家の夫婦は、どこかコミカル。
このミスマッチはなんなんだ?

そのうえ、音楽がめちゃくちゃ。歌謡曲風があれば、ブルース風もあり、果てはオペラ風の曲でありちゃんロミオがダンスしたり。一貫性がまったくない。

なにがしたいのだ?

一番観たかったありちゃんロミオの輝きが、ほぼない・・・

ありちゃんの滑舌の悪さばかりが目立ってしまっていた。

伸び悩む時期、なんでしょうか。

星条海斗(マギー)のフォルスタッフも、声が高くて、王子様風の衣装で、どうとらえたらいいのかさっぱりわからない。
これは喜劇なのか、悲劇なのか。

マギー・フォルスタッフが、ロミジュリの話の中に入ったことで、両家の争いが喜劇になり、マーキューシオも、ティボルトも死なずに、ロミオもジュリエットも恋を貫けるという話になるのかとばかり思っていた。
まあ、ロミオとジュリエットの運命だけは変えるんだけどね。中途半端だな〜。

このストレス、なんとかして〜!!!

生徒の成長を見守るのが宝塚の楽しさだとはわかっているけれど、もう少し生徒が成長できる場を与えてあげてほしい。


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2016年10月03日

2回目の「バイオハザード」

今回はN列下手席だったので、全体が見渡せた。
冒頭のアドリア海の城砦のシーンの波、海のクジラのシーンのクジラがよくわかり、かなり舞台の印象が違った。前回はH列センターだったから、両方とも、あまりよく見えなかったようだ。

ファンクラブのホームパーティで、ちえさまがたくさんお話ししてくれたので、疑問のいくつかは解消された。

以下、ネタばれ多数。

一番疑問に思っていた、なぜ、ロブロは殺されちゃうの?!という疑問。
それは血液型ゆえ。
今日は、冒頭に近いところでロブロが「僕はA型だから!」と声を張り上げていた(笑

はい、よくわかりました。

首からぶら下げているペンダントは、ダンからのプレゼントらしい。
そんなの言われなければわからない・・・

そして、そのペンダントをリサは不安になると触っているのだとか。
そんなの言われなければわからない・・・

というわけで今日はチェック。1回はしっかり確認した。
確かに胸のところでニギニギしていた。

今日は、大輔ダンがやたらとステキに見える・・・なぜ・・・と思っていたら、カーテンコールでいきなりちえさまをお姫さま抱っこ。

大輔くん、やるなあ。

ちえさまの慌てようときたら・・・あっ!えっ!え〜っ!
みたいな感じ。

おろされて、後ずさりしながら、はけ口からちょこちょこと消えていった。
そのあと、アフタートークで再登場したら、「動揺がまだ・・・」とかなんとか言って、「大輔くん、腰は大丈夫だったかしら。うふ」と照れ隠し。

昨夜といい、今日といい、やっぱり魅力全開。

なんだけどいくつか気になる点もある。

1幕クライマックスのゾンビが押し寄せてきて、みんなで戦う場面。
ちえさまは、ああ、なにもできない、ダメ、とか言って、みんなの闘いぶりを見ていて、チャベスに「お前も、戦え!」と言われ、棒を渡されたら、いきなりタムドクさま、いや、ソルさまに変身しちゃうシーン。

やっぱりどう考えても不自然。
だって口では、ダメとか言っているけれど、それまでずっと男立ちしているリサには、まったく似合わない。
ゾンビにやられそうになって、ふとそばにある棒をつかんで振り回したら・・・
「あら!あらら!私、できるやん!」みたいな方が自然だと思うのよね〜。

G2さん、ご検討をお願いします。

ちえさまには、「ダメ、できない、ムリ」なんてお言葉は似合いません。

歩き方がオトコだしね・・・

2幕冒頭あたりのベージュのドレスのダンス。
あれは、やはりベージュでなければならないのよね。ベッドシーンみたいなものだから。
今日、YOSHIEさんが、ちえさまがはけてから、入れ替わりで出てくるシーンに釘づけ。
ダンに絡み始めた瞬間から、その色気にくら〜っとなった。
その前にちえさまも、ダンに絡んでいるんだけれど、なにかが違う。
YOSHIEさん、観るたびにすごい〜・・・と思う。そして、発見がある。

だからといって、ちえさまのダンスがYOSHIE級に色っぽかったら・・・それはそれで固まるちえ組。
いや〜、難しすぎるファン心理。自分でもどうにもならない。
ちえさまも、そのファン心理にドキドキしているのかな。

ちえさまのベージュのドレスから、黒いTシャツ&パンツへの早変わりは、マジックみたい。

1回目は、展開についていくだけで、ばあやは必死だったけれど、2回目は余裕も出てきた。
歌詞も、頭に入ってくるようになった。
1幕のラストの「愛は命のエネルギー」
とってもステキ。

そして、ちえさまが何度も歌う「今、自分にできることをやるだけ(みたいな歌詞)」が沁みる。

どうやら、この公演は続編がありますな。
ラストの「リサ、また会えるかな」とダン
「きっとそう遠くないころに、きっと会える」とリサ

そして、リサがアメリカに去るときに「みんな、また、会おうね〜」

続編、あるでしょ。
だって、いろいろと解決してないもん。
リサは誰?
そもそもパンデミックを引き起こしたのは誰?

映画のミラも、何作もやっているし、ちえリサも、やるね。
ただ、想定年齢が32歳だから、さっさとやらねば。

あ、5年後とかの話なら、問題ないか(笑
3年前の話とかになると、だんだんきつくなるけど。

ちえリサ、あまりにもちえさまそのもので、うれしいやら、いいのか、ここまでサービスしていただいてと思ったり、やっぱり複雑なファン心理・・・

ラストシーンのロミオちえリサなんて、もうありがたくて、涙もん。
毒薬ではなく、ワクチンの容器を握るちえさま。
そして、ダンを抱き寄せるちえさま。
息が止まります。
私が、あまりのすばらしさに「ちえさま」とお呼びするようになったロミオさまの再現なんて…。

G2さん、本当に感謝です。
ファンのためのこんな作品を作っていただいて。涙・・・
狙い通りにリピしております。何回も。

DVDができたら、抱いて寝ます。

続編は、早くしてね。
ばあやは、年だから。

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2016年10月01日

赤坂ACTシアター「バイオハザード」初日

REON JACKから、5か月半。
待ちに待った「バイオハザード」の初日。
事前情報があまり出なかった今回の公演。2,3日前にリリースされた記事には、「ラブシーン」という言葉が〜!
ちえ組一同、震撼とし、おびえていた。
オンナっぽいちえさまだったら、どーしよう・・・と(笑

女なんだから、オンナっぽくて当然なのに、あまりにもオンナ、オンナしたちえさまだったら・・・
ワクワクよりも、ドキドキが勝ってしまった。
開演直前には、ちえ組全員、妙な汗が出て困った。

が、杞憂でございました。

ちえリサさまは、まさにちえさまでした。
安心した〜。
そして、「ラブシーン」は・・・

あれはラブシーンなのでしょうか。

突然、ベージュのとてもシックなドレスを身にまとい登場し、鮮やかなダンスシーンが繰り広げられた。
え?なになに?と思っていたら、ダン役の大輔くんとの絡みがあり、キスシーン。

が、宝塚スタイル。

ちえさまからすれば、確かに「ラブシーン」だ(笑
なにはともあれ、よかった・・・(なにが? 笑)

さて、作品の内容は・・・

ゾンビに取り囲まれた城砦の中で食料も尽きかけ、生存さえ困難な状況から舞台は始まる。
冒頭から、YOSHIEさんの目を奪われるダンスで始まり、ちえさまが登場。

久しぶりの生ちえさま(あ、柚希礼音です。一応、念のため)に、心を奪われるちえ組。

オンナ? オトコっぽい? オトコっぽいオンナ? 時々オンナっぽいオトコ?(なわけない)・・・

心の中で女優ちえさまの位置づけを探りながら、物語を追うというなかなか忙しい観劇となった。

1幕は、この城砦の中の話で終始。
音楽が、この物語のもう一つの主役となる過程が描かれる。
記憶を失くしているリサを密かに守るオトコたち。

ちえリサは、モテモテのモテ期の真っただ中。
本人は、ぜんぜん意識していなくて笑っちゃうのだけれど。
素のちえさまも、こんな感じなのでは?と思わせられた。

ちえさまとリサが、とても近くに感じるのは、ちえさまの役作りが適格だからなのか、G2さんがあて書きしたからなのか、どっちなんだ?
と思っていたら、プログラムにあて書きだと書いてあった。なるほど〜。

男役という性別から役作りをする役と、女で、自分の持っているものに近い役を役づくりすること。
その違いにちえさまは、まだまだ戸惑っていると感じられた。
特にセリフの「・・・だわ」や「・・・よ」といった語尾が、とって付けた感がある。
まあ、ちえ組は、そこがツボなので、このままでずっとお願いしたいのだけれどね。

棒を渡されるまで、萎縮していたリサが、持った途端にタムドクさまになっちゃうところが思い切りツボだった。待ってました!
そうよ、そうよ、これが観たかったのよ!G2さん、わかってはるわ〜。

音楽がもう一つの主役だから、歌がとても多い。

ミュージカル、ですから…当然です。

歌の上手い役者が集められた理由がよくわかった。
平間くん、渡辺くん、吉野さん、海宝くん、みなさん、歌が上手い!

そして、横田さんの安定の演技。壤晴彦さんの圧倒的な存在感。
有川マコトさんの軽妙な演技。役割としては、かなり大きいと思う。
彼のコミカルさが、この深刻な内容をすごく救っている。
プロの仕事を見せてもらった。

G2さんは、徹底的に映像を排除し、生身の舞台にこだわったのは音楽を際立てさせたかったから?
装置を簡素にし、役者の歌や芝居に大きく依存したバイオハザード。映画やゲームとはまったく違うミュージカルをすごく意識した舞台だった。
でも、クライマックスの一つであるクジラがキーになる海のシーンは、必ずしも成功したとは思えない。やはりここは映像で見せてほしかった。

もう一つのクライマックスのちえさまは、まさにロミオで、このシーンを見るために劇場に通っちゃうもんね…。ちえさまが囲み取材で言っている「見どころは・・・一番最後」というのは、このシーンのことね。
むふふ。めちゃくちゃツボ〜っ!!!
そして、ラストのラストも、ツボ〜!!!かっこいい〜!
このシーンが似合うのは、ちえさましかいない!

女性の役者は、誰一人キャラ立ちせず、男性だけにキャラクターが与えられたこの作品は、要所、要所に「待ってました!」的なシーンが埋め込まれていて、つくづく「ちえさまによる、ちえさまのための、ちえさまにしかできない」公演なんだと思った。

ミラ・ジョボビッチではないバイオハザードの新しいヒロイン、リサ・ちえ・マーチンの誕生を目撃できて、とても幸せだった。たくましい二の腕も、たっぷり見せてもらった。
ちえさまファンには、大満足の「バイオハザード」
「バイオハザード」ファンには・・・どうなんだろう(笑

パンデミックの世界感は、ある程度は出ていたけれど、いろいろ疑問に思うことも多々あり・・・
一番の疑問は、ロブロの最後。うーん、なぜだ?

やはり囲み取材で「ウィルスってすごい。細胞って・・・人間、生きていることはすごい」とおっしゃっている意味がわかった。そーゆーこと、なんよね(笑

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真後ろのお席で、湖月わたるさん、上野水香さんがご覧になっていた。
お二人とも、ステキ!

スタンディングオベーションで、何度も投げキッスをいただき、またまた「ちえさま〜♡」と目がになったちえ組一同でございました。

いったい何回行くのだ?
歌を覚えちゃうね(笑





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2016年09月22日

梅田芸術劇場「エリザベート」

東宝版「エリザベート」を14年ぶりに観劇。
一路&内野の「エリザベート」は、イマイチなんだかよくわからず、観たのにほとんど記憶なし。
その後、友人に押し付けられた2008年ごろの月組「エリザベート」DVDでまんまとはまり、さえこ(彩輝なお)トートにうっとり。。。直後にちえさまタムドクでちえ沼に落とされ、以来、ちえさま(柚希礼音)一筋なのだ。

4,5年前にOGによる「エリザベート・ガラコンサート」を観たけれど、ふーん・・・という感じだったし、
2,3年前に花組の「エリザベート」を観たときは、みりお(明日海りお)トートにすごく期待していたのに、なんと気を失いまくるという事態発生。またしてもほとんど覚えていない…。
以来、エリザベートは、もういいかなと思っていたけれど、おはなさん(花総まり)のシシィが、ものすごい出来だと聞き、つい触手を伸ばしてしまった。

いや、聞きしにまさるおはなシシィだった。
子ども時代の登場のときから、引き込まれた。年齢に無理がない…15,6歳に見える。
その後も、それぞれのシーンの年に合わせた歌唱と演技にひたすら魅了された。

そして、ようやくエリザベートという作品の内容がよくわかった。
宝塚版は、嫁と姑の確執と、トートとの恋に焦点が当てられているから、ますますなんだかよくわからないわがまま女の一生もの?みたいになってしまい、トートの色気がなければ、もうどうしていいかわからなくなっちゃう作品。

東宝版は、きちんと時代背景が描きこまれていたり、シシイのパパや、フランツ、ゾフィーのソロもきちんとあるから、それぞれの苦悩がより明確になる。
フランツや、ゾフィーの初めて聴くナンバーもあった。

フランツの浮気が、宝塚版では浮気現場の写真をトートから見せられてショックを受けるのだが、東宝版は、娼婦から病気を移されたフランツから、シシィが病気をうつされ、それをトートに指摘されるというより具体的なものになっている。病気をうつされたことの方が、宝塚版よりも、もっと身にも、心にもこたえるはず。
それが夫への失望(もともとシシィは愛していない)、自分の身の置き場のなさにつながり、旅から旅を繰り返すことになるという説得力がある。

時代の激流の渦中にいるがゆえに自分の立ち位置を見失い、それゆえに自分の生き方を貫いてしまうエリザベート。パパみたいに生きたいという思いは、時代に遅れて生まれてきてしまったエリザベートの運のなさなのだ。パパと同時代に生まれていれば、わがまま三昧で自由奔放に生きたとしても、きっと身分ゆえに生きていけただろうに。

子どもをゾフィーから取り戻しても、結局、長女は死なせてしまうし、長男の子育ては人任せにして、自分は美貌を売り物にハンガリー統治など政治に中途半端に介入してしまう。
ひたひたとハプスブルクの世界の崩壊が進む中で、今まで通りの生き方をしてしまう遅れてきた女エリザベート。あだ花ね。マリー・アントワネットと共通するものが多いけれど、最後まで救われないのはエリザベートの方かなあ。結局、なにものにもなれず・・・だから。

ラスト近くにハプスブルクの一族の悲劇的な末路が語られるシーンが出てくるのがとても印象的。1789年のフランス革命に始まり、100年を経て、まるで滝ツボに流れこむ激流のような時代の激変に人々は飲み込まれていく。
東宝版のおかげで、いろいろ?なところがよくわかった。

城田トートにものすごーく期待していたのだけれど、まるでデスノートの死神ルークみたいだった。ちょっとコミカル(笑
おはなさんとの身長差ゆえかしら…

ルドルフの加藤憲史郎くんのうまさにびっくり!
将来が楽しみ。
青年ルドルフの古川くんの嘆きには涙してしまった。ロミオの古川くんに期待しちゃうわ。

たつきさんのゾフィーは、あまり怖くなかった。
わがままな嫁は困るよね〜。

未来優希さんのマダム・ヴォルフが、ど迫力でステキ!
宝塚時代の「カラマーゾフの兄弟」のパパ役でびっくりさせられて以来、ひそかなファン。

成河のルキーニは、邪魔にならないルキーニだった。
ついいるのを忘れちゃうことも(笑

田代フランツは、とてもやさしい、だからこそエリザベートに惚れてもらえない旦那の雰囲気がよく出ていた。

みなさん、とっても歌が上手。なんだけど、なぜかアンサンブルの合唱になると、よく聞き取れない。
私の耳がいけないのかな・・・とちょっと不安。

舞台のつくりが、あれでいいのかなあ。
私は、なんだか落ち着かなかった。でも、そーゆー時代背景だからこその不安定な舞台なのね、きっと。
檻を意識したガラスの窓がよかった。
新演出ということだけれど、ところどころ流れが一瞬滞るところがあって、気になった。

結論としては、やっぱりちえさまトートを観るまでは死ねないなあ。

ところで「死ねばいい」のセリフがなかったような気がするんだけど・・・気のせい?
今回は、まったく気を失ってなかったんだけど。




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2016年09月21日

花組バウホール「アイラブ・アインシュタイン」

ばあやには、ややこしいお話はあきません。
アンドロイドと人間の共生?
アンドロイドって、人工頭脳のことでしょ?
ようやく車が自動で走り始めた今日このごろ。
早く飲みながらドライブしたいとか、居眠りしながら、目的地に着きたいとか、みんなわがままなことを言っている。
運転が得意ではないばあやも、早くそうなってほしい。

と思っている今、アンドロイドがなんでもやってくれるという社会が実現しているSFの世界で、アンドロイドが人間と同じ感情を持つにいたるとか至らないとかいうお話をされてもなあ〜(笑

どうしてアンドロイドが人間と同じ感情を持たないといけないのかの必然性がぜんぜんわからなかった。
エルザというアンドロイドが、「感情を持ちたい」と言って現れることで物語が転がっていく。彼女は「人間と平和に共存する道を模索する為、自分たちにも感情を与えてほしい」という。そういう問題と違うと思うんだけどな〜。
感情があると、ますますこじれるよ(笑
めんどくさいやん・・・

ただでさえ人間関係で疲れている人が多いのに、そこにアンドロイドの感情まで入りこんできたら、もうかわいいにゃんこの画像程度では癒されなくなるよ。機械にまで気を使わないとならなくなるから。

機械を作ったら、今度は人間と同じような自分で考える機械が欲しくなり、次は人間と同じような感情を持った機械が欲しくなるかしら…ユーモアくらいはもってほしいけどね。

と、ばあやはぜんぜん物語の中に入っていけないままにフィナーレを迎えたのでした。
だから、そのフィナーレがやけに楽しくて、うきうきしてしまった。
やっぱりこれよね〜、と。

そもそも時代設定が、20世紀半ばとあるけれど、服が20世紀初頭な感じ。
イメージとしては、シャーロック・ホームズの時代?
産業革命後のイギリス?

お話しとしては、「ブレードランナー」と「鉄腕アトム」と「サイボーグ009」(サイボーグとアンドロイドは違うのよね)と「A.I」あたりをごった煮にした感じに思えたけど。
「ブレードランナー」くらいわかりやすく、そして切なくしてほしかったなあ。

天才科学者アルバートの隠れ家のメイドたちの動きは、最初はアンドロイドぽかったけれど、どんどん人間ぽくなってきて、2幕なんて、どれがアンドロイドで、人間だっけ?とばあやは混乱してしまった。すでに感情を持っているし…(笑

というわけでストーリーを追うのがめんどうになったので、ジェンヌさんたちに注目。
満を持してのセンターを務めた瀬戸かずや(あきら)。
声も、スタイルもよくて、ステキだった。
でも、途中から、水美 舞斗(マイティ)が舞台の上でキラキラ輝き始めると・・・どっちが主役なんだっけ?と思ってしまった。
あきらは、きっとすごく性格のいい人なんだろうな。

マイティは、このぐちゃぐちゃとめんどうな話を回す役をよくこなしていたと思う。
今回の作品は、役者たちの負担がすごく大きいと思った。だって、わかったような、わからないようなシーンが多かったから。二人だけの会話で「感情を持つことがどうたら、こうたら」言っているシーンも多かったし。

ラストは、あきらの長口舌でしめくくり。よくがんばったと思う。
でも、言っている内容がぜんぜん頭にも、心にも響かなかった。
それはあきらのせいではなく、あんなに長いセリフで話をまとめようとするのが間違っているのだ!
セリフでまとめちゃいかんよ。

花組の若手のみなさん、みんな歌も演技も、とっても上手。
ばあやは、一人ひとりみんなに感心しまくった。

特に英真さん側の役をやっていた和海、羽立たち4人。そして、総統役の亜蓮。難しい役を的確に演じていた。

二人のヒロインも、どちらも◎!
特に桜咲の歌声、話し声には、人を癒す力があるねえ。

そして、天真みちる。美城さんが退団しちゃうけれど、ひょっとしたら、あとを継ぐのかな?
安心して見ていられる。

みなさん、お歌がとってもお上手。
最近は、全体に歌のスキルがアップした?

谷貴矢さん、次回は、もう少しばあやでもわかるような作品にしてね。

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2016年08月26日

「神なるオオカミ」

2016年(今年やん…)製作の中仏合作の映画「神なるオオカミ」
TSUTAYAでふと目に留まったので。

日本では絶滅してしまったオオカミ。
生態系の頂点がいなくなったおかげで鹿もイノシシも増え放題。
人間が増えてどんどん山野を浸食している間は、そのバランスの悪さが顕在化しなかったけれど、今や、森は荒れ果て(一応緑豊かに見えてはいるけれど)、人の暮らしがケモノたちに脅かされる事態に・・・

日本は山がちな国だから、その荒廃ぶりはわかりにくいけれど、映画の舞台になったモンゴルは草原がほとんどだから、とってもわかりやすい。

この映画では、オオカミは徹底的に美しい気高い生き物として描かれている。
本能に従い、大自然の中でその役割をはたしている。
人間もその大自然の一部であるかぎり、オオカミとは対等に命を張り合う。

が、そこに外から、金と生業を求めて人間がなだれこんできたときに何が起こるのか。
お定まりの自然の破壊。そして、オオカミの生息を脅かす。
どこでも同じことを繰り返していくのが人間。

舞台は、文化大革命の時代。辺境の地に下方されたインテリ青年が、オオカミに魅せられてしまう。
オオカミの子どもを間引いていくことに耐えられず、1匹の子犬(オオカミの)をこっそり育て始める。
都会の男というのは、どこの国も同じだな〜。
やたらと感動するけれど、自分の価値観は捨てずに、草原の民の暮らしを引っ掻き回していく。
そこに、政府の役人(下っ端だけど)が主任として赴任してきて、開発を推進していく。

この両者の愚かさが、同じ量で描かれているのに好感をもった。
迷惑するのは草原の民とオオカミ。
でも、結局、草原の民は、開発者と手を組み、新しい時代を築くことに踏み出していく。

中国とフランスという現実派の民が作った映画だなあ。
日本だと、もっとウェットな内容になっちゃいそう。

25年ほど前にモンゴルに釣りに行ったときに、現地で人を襲うようなケモノはいないと言われたので、イトウ釣りに夢中になっていたけれど、この映画をみて、あれ?モンゴルにオオカミがいるやん・・・

ググってみたら、いる。準絶滅危惧種だけれど、いる。

ということは・・・あのときもいたのか。。。
誰もいない川べりで魚を釣ったり、草原でうろうろしたり、漆黒の闇の中で星空を眺めていたりしたっけ。

オオカミのいる自然、いない自然。
ずいぶん受ける印象が違うものだ。

ところで、映画の中でモンゴルに中国の役人(漢人)が来るのも気になって、これもググってみて驚いた。
近代のモンゴル史は、僧侶が数万人単位で処刑されたりと虐殺の歴史でもある。
この映画の草原の民たちと漢人たちとの関係性に納得。

25年ほど前に行ったときは、ウランバートルは淋しい街だったけれど、現在は、きっと近代的なビルが立ち並んでいるのだろうなあ。
近代化と人の幸せ、近代化と自然の在り方、いろいろなことを考えされられる映画だった。

ぜんぜん眠くならなったから、☆☆☆☆☆


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2016年08月22日

「海街diary」と「誰も知らない」

是枝監督の作品を続けて2つ見た。

「海街diary」
見ている間、何度もうるうるしてしまった。
ほかに女をつくって家を出ていってしまった父。
その父に反発して、やはり家を放りだした母。
残った鎌倉の古い家に暮らす3人姉妹。そこに亡くなった父が遺した母違いの妹を受け入れて…
というお話。
両親がいなくなっても、祖母が丁寧に暮らした家があり、そこで3人と一人の新しい暮らしが育まれていく。
家族が肩を寄せ合い、思い出をつくっていけば、そこにちゃんと家族の物語が紡がれていくのだな〜としみじみ。
末の妹が少しずつ居場所としてこの家に馴染んでいく様子が丁寧に描かれていて、彼女が、その家までの階段を上っていくようなシーンに出会うたびに思わず涙腺が緩んだ。
知らない家族の話なのに、なぜか懐かしくなって仕方がないという不思議な映画だった。
小津タッチの気負わない、静かな映像と会話が心地よかった。

「誰も知らない」
こちらは、無責任な母が父親の違う子どもを4人も生んで、お金を置いて、長男にすべてを任せて出奔してしまうという実話をもとにしたもの。
2DKくらいの古いアパートの1室が、子どもたちの唯一の居場所。大家に大勢の子どもがいることがバレテはいけないので、下の3人は窓から顔を出すことさえ母親に禁じられてしまう。
出生届を出していないから、学校にも行けない。いや、母親は学校に行っても仕方がないと行かせない。
母のいない日中は、4人の子どもたちだけの世界。やがて母が子供たちを置き去りにしていなくなってしまったら、ますます4人だけの暮らしに。
それでも4人は、不自由をものともせず、暮らしていく。
福祉関係に訴えれば?という大人もいるのに、4人でいたいからと、長男は12歳(ということになっている)の知恵を駆使して、弟と妹のめんどうをみる。
目の離せない驚きの内容だった。
ラストも、彼らは淡々と「誰も知らない」世界の中で生き続けていくことを選択する。
YOUが、あまりにもぴったりの母親役で、リアリティがありすぎ(笑
それにしても、子どもたちの演技の自然なことに驚く。
次男は福くんかと思ったら、違う子だった。
柳楽くんがカンヌ映画祭で最年少で主演男優賞を受賞ということだったけれど、これは取っちゃうよね。

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2016年08月21日

衝撃的な「シン・ゴジラ」

「シン・ゴジラ」、すごい映画だ!
怪獣映画だと思ったら大間違い。
社会風刺の映画なのだ。

だから、子供向きではない。
たぶん見てもわからない。子どもにはつまらない映画だと思う。

冒頭、海が沸騰し、なにが起こっているかわからないところから、完全に引き込まれた。
ゴジラに、ではなく、人間たちのドタバタぶりに、だ。

3.11直後の日本政府は、これ以上にドタバタだったんだろうなあ。

この映画のすごいところは、ゴジラに一切の感情移入を観客にさせないところにある。
目玉をむき出しにしたまったく可愛げのかけらもない生物として描くことで、「敵」というのもに対処するとはどういうことかが鮮明になる。

国を守るとは、防衛とは、外交とは、組織とは…が次々に突き付けられていく。
ものすごくよく練られた展開で、見ている間中、なぜかワクワクしてしまった。

このワクワク感はなんなのかしら。

ひえ〜、面白いやん!!!
これこれ、こういう映画を待っていたのよ!
と拍手喝さいしたい気分だった。
ある種のシミュレーション感満載。隣のアホな国とか、広大な領地を持っているのにもっと欲しがる大国とか、仮想敵には困らないもんね。

人間の罪業を一身に背負ったゴジラが醜いのは当然。
あれは人間そのものなのだ。

星新一のショート・ショートに、大きな穴が発見され、どこまで深いかわからないほど。そこに人々がいろいろなものを投げ込むようになった。巨大な底知れないゴミ捨て場だ。ある日、空から、ゴミがポツンと落ちてくる。ふと、あのショート・ショートを思い出した。

やしおり作戦なんて、突然言うから、「なに?それ?」と。
観客は、みんなわかっているのか?
スサノオノミコトがヤマタノオロチを退治するときに飲ませた酒のことだそうで・・・

どこまでも日本にこだわった、日本への愛にあふれた映画だ。
もし、若くしてみたら、自衛隊に行かねば!と思ったかもしれない。
が、かなり組織論的なアプローチが多いから、子どもにはわかんないかもなあ〜。

早く無人の飛行機をたくさん作っておかないとね〜。
ゴジラより、手ごわい敵が日本の回りにはたくさんいるから。

私のお気に入りは、石原さとみちゃんの米国大統領特使。
さとみちゃんも、いつの間にか三十路近くなって、妖艶になってきたのね。
英語をがんばっていて、よくやった!

ネイティブの日本語のできる女優がやればよかったという意見もあるけれど、やはりここはさとみちゃんで。
祖母が広島出身という設定が泣かせる。
オリンピックをみていると、国籍がずいぶん曖昧になってきつつあると実感。
愛ゆえにいろいろな人種がミックスされて、生まれた場所、育った場所、そこで出会った人々に支えられて、その国の一員として最善を尽くす。

さとみちゃんの役どころは、なかなか意味深だと思う。
ラストは、シン・ゴジラ2を予感させる終わり方になっているから、次回は大統領にさとみちゃん、日本の総理に長谷川くんがなっている状況というのがありかも。いや、ぜひ、それでお願いします!(笑
謎の博士も、そのままだしね。まるでポケモンの「博士に送る」の博士みたいだ。

庵野さんという人も、エヴァンゲリオンも、まったく知らないばあやですが、これはエヴァなるものを見なくっちゃと思った。
若い人が、こういう視点を持った人が作ったものに深く心を寄せているというところをきちんと理解していないと、本当の日本の行く末がわからないから。

シン・ゴジラで、ゴジラトークしながら、国防や、自衛隊について語る、っていいなあ。
でも、セリフがものすごく早くて、ついていくのが大変だったから、もう一度観ないとなあ・・・

これって、戦略?



posted by 風土倶楽部 at 17:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 極私的観賞日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月27日

東京宝塚劇場 花組「ME AND MY GIRL」

とっても楽しくて、ステキな舞台だった。

ぜんぜん期待していなかった・・・
なぜなら、2013年5月に梅芸で月組のミーマイを見て、すごくつまらなかったから。
ミーマイ=つまらん、と思い込んでいた。

演じる人でこんなにも違ってしまうとは・・・

明日海りお(みりお)は、2年前にエリザベートで寝てしまって以来、ちょっとご無沙汰していた。

今回のみりおビルは、最高にステキだった。
宝塚大劇場で観たヅカ友たちが、滑舌が悪くて、なにを言っているかわからなかったし、小道具の扱いがダメで、帽子を落としたりと、さんざん文句を言っていたので、みりおちゃん、大丈夫か・・・とハラハラして見ていたけれど、途中から、安心感に代わり、すっかり魅了された。

最初は下町の下品なにいちゃんだったのに、徐々に知性が目覚め、気品が出てきて、最後はとても魅力的な青年に変身〜!お見事!
かのちゃん(花乃まりあ)のサリーも、ビルのために身を引こうとする気持ちが手に取るように伝わってきて、いじらしかった。歌も、とってもうまい!

ききちゃん(芹香 斗亜 )のジョン卿は、とても気品があって、ステキなロマンスグレーのおじさま。
桜咲 彩花のマリアのレベルが高くて、かなり驚いた。歌唱も、声の迫力も、すばらしい!
価値観を押し付ける貴族のレディらしいふるまいが、舞台全体を回していた。

鳳 真由のパーチェスターも、コミカルな演技で場を盛り上げていた。

花組、よろしいですやん。

この日は、会場に蘭寿とむ、壮一帆、真飛聖、彩乃かなみなど早々たる顔ぶれのOGがいたようで、アドリブががんがん飛んでいた。当方はB席だったので、気配だけで残念〜!

『ME AND MY GIRL』
こんなに面白い夢のあるお話だったのね〜♡

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24日の夕方、新国立劇場の「マンスリー・プロジェクト」で別役実の「門」のリーディング公演があった。
私、不条理劇はダメだ・・・
セリフの中にキラっと光るものがあるのはわかる。でも、なにがどう繰り広げられているのか、ちっともわからない。演じる方はわかっているよね。
とても贅沢なひとときだとは思ったけれど、不条理劇は、私には合わないというのがとてもよくわかってよかった(笑


posted by 風土倶楽部 at 11:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 極私的観劇日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月21日

BSプレミアム「太陽」

「太陽」傑作だ!
こんな脚本が書ける人がいるとは!

蜷川幸雄の演出だった「太陽2068」が気になっていた。

近未来のSFではあるけれど、普遍的なテーマがたくさん盛り込まれていて、すべてのシーン、セリフに目が離せない。

そもそも設定がすごい!
正体不明のウィルスによって、太陽の光を浴びることができなくなったノクスと呼ばれる新人類。
反面、病気に強く、頭脳明晰。寿命が旧人類の何倍にもなる。

そんな人類が誕生したがゆえに旧人類は、旧型とか骨董的人種キュリオと呼ばれ、ノクスに牛耳られ、貧しい生活を強いられることになる。
が、太陽の下で食力の生産ができるのはキュリオだけ。

人は、すべてのものを手にすることはできない。ならば、なにを選択して生きていくのか。なにに誇りを感じて生きていくのか。
あらゆる根源的な問いが盛り込まれている。

夜の世界だけにしか生きられず、夜明けを見ることのないノクス。
ラスト近くにキュリオの一人が、夜明けと日の沈むのを感じられてこそ1日を生きたことになるのだというようなセリフがあった。1日をしっかり生きてこそ、本当の生を感じることができるのだと。
そして、なにものにも頼らず、自らの手で明日を生き抜いていこうという決意がキュリオに生まれる。

すごい脚本だ。

映画化されているので、こちらも見てみようかな。
神木くんが鉄平なら、かなり期待できそう。
でも、やはり舞台だからこそのセリフの際立ちってあるからな〜。

次回、舞台があったら、ぜひ、観に行こう!


posted by 風土倶楽部 at 09:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 極私的観賞日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする